おとなりの神様

@sunahukin2239

第1話 桜明高校の「かみさま」

「最近、桜明高の方で神様が出たらしーよ」

今は昼食の時間、いつも一緒に「弁当組」として教室で弁当を食べてる仲の小泉小春は、真面目な顔をしてそう呟いた。

確かに今日は春にしては暑い日だった。午前中は体育で校庭6週くらい走らされて、体力の無いこの娘には辛い時間だったことは容易に想像できる。また、午後にあるのは国語だけで、もう眠るモードになってしまい頭が働いていないのかもしれない。

そうはいっても、

「いくら春が阿呆の子だからって、流石に神様は見えるようにならないよ」

───サンタさんの存在くらいなら信じてそうだけど。

「やえちゃんひどい!私じゃなくてみーちゃんが言ってたんだもん。ほんとだよ」

「美紀が? あれに信心深いイメージなんてないんだけど」

美藤美紀は私達の友人で、世の中を舐め腐ったような生活をしている。ちなみに今日は登校していない。「走る気分じゃない」らしく、その実昼休みになってから起きたという連絡が来ていた。

怠惰なヤツではあるが、頭はそれなりに良い。というよりかは無駄なことを考えるリソースを省きたい人間だ。このメルヘンあたまとは違って学校の怪談も、心を持つロボットも、もちろん全知全能の神様だってその存在を信じることはないだろう。

「かわいそうに…疲れてるんだね。保健室まで着いてってあげようか」

「だからホントにホントなんだって!」

怒らせてしまった。これ以上は良くない。

健全で善良な友人関係の潤滑油は引き際の良さだ。愛のあるイジりも度を過ぎればいじめになってしまう。

「ごめんごめん、今日だってちゃんと体育でも走りきってたもんね。えらいえらい」

えへへーと、小春は破顔する。アホの子ではあるけど、こういった単純さはとても生きやすいだろうなと思える。

おっといけない。こうしている間にも小春は話したかった事を忘れるかもしれない。三歩歩けばのニワトリではないけど、6周も走ってれば忘れっぽくなっててもおかしくないだろう。

「じゃなくて、神様の話。ホントってのは一体どういう事なのさ」

「あのね、みーちゃんによると神様は人だったんだって」

一体どういうことだ。全く了見を得ない。

そういえば世界史の授業でやった気がする。キリスト教においてはイエスの神性と人性は同一に宿っているとする説が有力となっていくのだ。

「問題です。ローマ帝国の頃のキリスト教では最終的に誰の説が採用されたでしょうか」

「アタナシウス派!」

「正解!えらいえらい」

 小春の頭を撫でてやるとえへへーと

 いけない…私達の悪い癖だ。話の方向性が適当な方向に向きすぎる。

「ごめん、話逸らしちゃった。あのね、小春ちゃん。人から聞いた話を人に教えるときはね、いつ、誰が、どこで、何を、どうしての5Wで伝えないとちゃんと分からないんだよ」

 私が小学生に言い聞かせるみたいに教えてやると、春は少々頭で整理を付けてから話し始めた。

「あのね、みーちゃんって電車登校でしょ。多分1週間前くらいだったかな。途中の駅に桜明の最寄駅もあるから、どっちの生徒もたくさん乗ってるじゃない。それで、いつもはどの車両でも、桜明までの駅はどっちの生徒も同じくらいの数が乗ってるらしいんだよね。だけど、その日は違って、たまたまみーちゃんが乗った車両にはウチの生徒が一人もいなかったんだって」

「へえ、それは珍しいこともあるもんだね」

 いつもはどちらの生徒も同じくらい乗ってるはずというのは、いささか感覚的ではあるけれど、利用者自体も大体同じくらいの人数なのだろう。それが1車両に片方の学校の生徒が固まるというのはよっぽど、集団行動の得意な生徒たちなのかもしれない。

「確かに、あっちの制服は白を基調としたセーラーで、対するうちは黒のブレザーだ。一目見れば全員同じ学校だって分かるし、普通なら気まずいから違う車両に行くよね。ま、美紀はそんなこと気にしないだろうけど」

「うん、私だったら絶対嫌だけど、みーちゃんはあんなだから…座れる座席が空いてたから、何も気にせず寝るために座りに行ったって」

 怠惰に生きるための努力は欠かさないのが彼女という人間だ。恥も外聞もきっと消えたというより、生まれつき持っていないような気がする。

「でさ、話に戻るけど。みーちゃんは眠ろうとしてたみたいだけど、その日は眠れなかったみたいで。で、ずっと目瞑ったまま周りの声聞いてたんだって。最初は普通に、学期明けにあったテストの話とか、最近できた新しいスイーツの店の話だったり、まあ私達と似たような感じだよね」

 ここまでの話だと、一切「神様」とやらの面影はない。

「途中まで、ずっとそんな感じだったみたいで。何分経ったか分からないくらいで、会話の中に『かみさま』に呼びかける声が混じり始めたんだって。みんな敬語で、その『かみさま』に同意を呼びかける?みたいな話し方だったって言ってた。それで、『かみさま』が何かを言うとみんな揃って『流石はかみさまです!』みたいになって。気づいた時には寝ちゃってたみたいで、終点に着いちゃってたらしいよ」

 小春はこれで話は終わりだという風に、持ってきたパンを食べるのを再開した。

 だけど困ったな。ちゃんと最初から最後まで話を聞いたはずなのに、一切理解ができていない。なんだその「夏の不気味な話特集」みたいな、不気味なことは起こっているけれど一切その内情は明かされず、ただ視聴者に謎を残していくだけの話みたいなのは。

「ねえ、春。ここまで聞いて思ったけど、それって夢の話じゃないの」

 だって最後に「美紀は眠ってしまい終点まで寝過ごした」という事実があるのだ。そもそも眠れないと冒頭に言っていただけで、途中から半分寝落ちしてしまい、半覚醒によって周りの話が変なふうに聴こえて夢に出てきてしまったというのがオチだろう。どうせ。

「私もそう思って聞いたんだけど、『いや、本当に神様がいたんだ』って言って聞かないんだよ。それで結局、やえちゃんにも訊いてみようって事になったんだ」

「そうは言ってもね…今の話だけで私に何を判断しろと。そもそもなんで本人が聞きにこないのよ」

「みーちゃん、一回誰かに話した話題はあんまり自分ではしたくないんだって。話に尾ひれをつけて大きくしちゃうのが嫌だとかなんとかって」

 絶対に面倒なだけだと思った。彼女には、話題を消費アイテムのようなものと考えている節がある。使うのにもMPを必要とするタイプの。

「まあ、いいけどさ。私も暇だし、とりあえず考えてみようか」

 小春はパンを食べ続けている。さっきから全然進んでないし、食べるペースが遅すぎる。

「こんな曖昧な話だし、そもそも考察できるとこなんて大してないと思うけど。美紀にはまた今度話を聞くからそっちは置いといて。そもそも『かみさま』ってのは桜明の生徒の誰か、それもその車両に乗っていた生徒の一人だよね」

 小春は首を傾げている。食べながら考え事をできるタイプじゃないな、これは。

「春が話してくれたじゃん。誰かが『かみさま』に質問すると、『かみさま』が何か返答をして、みんなが『かみさま』を称賛してた。これを考えると、『かみさま』は他の生徒から信頼されていて、『かみさま』の言うことには誰も反論したりしない。そういう関係性が見えてくるね」

「んー。わかった。たぶん」

「じゃ、話を進めるよ。とは言っても、これだけの情報じゃ想像できるのは次の話までだと思う。一体どうして、『かみさま』はそう呼ばれるようになったのか。私が考えてるのは二つ。人気のある生徒にそういうあだ名を付けてみんなで呼ぶっていうような遊びってのが一つ。もう一つは、その生徒が何か奇跡的なことをして、本当に神聖な存在として扱われているのか。状況はそのどっちかだろうし、まあ普通に考えて私は一つ目の方だと思うよ。ちょっとしたお嬢様学校での、微笑ましい遊び。良いじゃんね」

「私は二つ目だねー。ロマンがあるよ。しかもこんな近くの学校で凄いことが起こってるのかもしれないって思うとワクワクするし!」

「ま、勝手に想像してる分には自由だからね」

 あくまで、私の理性的な面としては前の説を考えているが、そりゃまあ奇跡を起こせる存在が身近にいるかもしれないと言うのは面白い。

 それに一つ、不思議なことも残っている。

 一般客だって利用しているであろう電車で、同じ学校の生徒だけで車両を埋めるというのは非常に大きな集団で行動している必要があるだろう。電車の1車両なんて、座席には40人座れるし、立つ人も含めると100人くらいはいるはずだ。

 そんなにも多い人を引き連れている、惹きつけているのだとすればそれは相当にカリスマ性のある人物だ。だって全校生徒の1/10に近い人数だぞ。ウチの生徒会長だってそれなりに人気のある人間だけど、流石に無理だろう。

 まあ、詳しい話は美紀自身に聞いてみない事には分からない。

「春、今日って用事あるかしら」

「なにもないよー」

「じゃ、今日は美紀の家行こっか」

「看病しに行くの?みーちゃん風邪引いたらしいもんね」

「え、なにそれ。私には体育が嫌いなので休みますって連絡きたけど」 

 話が食い違った。まさか、休む理由すら消費アイテム性なのか。流石に一貫性がなさすぎるだろう。

「今の話、ちょっと気になるから美紀にも聞こうと思って。覚えてると良いけど」

「じゃ、たい焼きでも買ってこっか。みーちゃん起きてるかな」

 そんなこんなで、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。

 結局、小春はパンを食べきれなかったし、美紀は返信が来ないので多分寝ている。

 変わり映えのしない日常に、少し非日常に踏み込めるような気がして、私は少し楽しくなっていた。

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