第49話 女子会4

 つい声を荒らげてしまった恵美は、しまったと思った時には既に遅く、


「ん、どうかした?」


「いや、なんでもないです。料理続けてください」


 コンロの前の二人が振り向いて様子を見ていたのに、恵美は慌てた様子をひた隠しにして答える。

 そして、


「もう、変なことしないでよ」


「変なこと言い始めたのはトッシーからじゃないっすかぁ。ひどいっすよ」


 詩折は抗議するとそのままそっぽ向いてしまう。

 いかにもな子供っぽい仕草に恵美は笑いを堪えていた。

 それだけに、嫌われていたという事実がチクチクと胸に刺さり、なかなか抜けてくれない。

 親の仇ほど嫌っているという訳ではないのだろう。気に食わない、好きになれないといった程度だと思う。

 誰にだって受け入れ難いことなど多分にある。今でも由希恵は恵美と男性二人との関係を良くは思っていない。それとこれとは別として考える余裕があるから仲良くやれているが、それでも壁を感じることは多々ある。

 それを詩折は三年以上ひた隠しにしていたのだ。自分ではない誰かのために。

 それほどまでに優しい子のために出来ることが何もないことが悔しく、恵美は、


「……いい人が見つかるといいね」


「どうっすかね。良さげに思ってた人も取られちゃったっすし」


 詩折の言葉が示す人物に心当たりはあった。それは恵美自身も懸想した男性で、その人が選んだのは詩折の一番親しい友人だ。

 上手くいかないな、と恵美は思ってしまう。略奪愛など詩折が忌避することは目に見えている。もう遅いのだ、何もかもが。

 だから恵美はその小さな背中にゆっくりと近づいて、腰に手を回す。

 万力のように徐々に力が加わっていくが詩折は嫌がる素振りを見せず、ただ受け入れていた。

 かける言葉が見つからない。きっといい人が見つかるなんて勝手な展望も、頑張れなんて無責任な応援も違うような気がして。

 でも何か伝えたくて、恵美は言葉ではなく行動で示すしかなかった。


「もう……甘えん坊っすね」


 そんな恵美に、詩折は小さくため息をついて答えていた。

 そして、


「さっき、嫌いって言ったっすけど、本当は大好きっす」


 背中越しに暖かさが伝わってくる。

 詩折は続けて言う。


「絶対に幸せになってください。うちの考えがぶっ壊れるくらい幸せに」


「うん、なる。絶対なる」


 恵美はそのまま腕の力を強め、詩折は腹部にある彼女の手をゆっくりと摩っていた。

 ありがとう、そう、恵美が言おうとした時、


「うーん、あんた達そっちの気もあったわけ?」


 想定外の方向から声が掛けられたことに驚いて、瞬間的に腕が締まる。


「うぐっ」


 その影響を直接受けた詩折が潰れたヒキガエルのような声を出す。

 耳元で響くその声にごめん、と身体を離した恵美は、テーブルを挟んですぐのところに立つ景子を見て、


「りょ、料理はどうしたんですか?」


「煮物だもん、後はしばらく煮込むだけよ。だからこの後どうするか聞きに来たんだけど……」


 そこで言葉を詰まらせる恵子の視線は、椅子に座る二人の顔を行き来していた。

 やましい気持ちはないため、詩折はしゃんと背筋を伸ばし景子へと目を向けている。その後ろから覗くように現れた由希恵は、恵美を一瞥した後、詩折のすぐ側まで来ると、


「……光秀さんは渡さないからね」


「ありゃ、聞いてたんすか」


「そりゃ普通に話してたら聞こえるよ」


 由希恵が小さく睨みを効かせると、失敗したなと頭を搔く詩折の姿があった。





「男共、帰ってくるの日を跨ぐかもだって」


 夕食後、スマホを見つめていた景子がそれをテーブルに置きながら言う。


「顕志朗さん、大丈夫ですかね?」


「さぁ? 生きてるとは言ってたけど」


 恵美の問いに曖昧な返事をすると、景子はお茶に口を付ける。

 その様子に、随分と過保護だなぁと思っていた由希恵が、


「そんなに体力ないんですか?」


 そう尋ねると、恵美はまぁね、と嘆息して、


「プール五十メートル行けるかどうかかしら」


「えぇ……」


 それを聞いて由希恵はただ身を引いていた。

 深窓の佳人ですらもう少し動けるのではないか、今までどうやって生活してきたのか、疑問に思う。過度な運動をしてはいけない病気と言った話は聞いたことがないのでそういう心配はないのだけれど、頼りにならない男性は魅力に欠ける。

 では自分の彼氏は頼りになるかと言われれば、贔屓目に見ても及第点。もう少し自信を持って欲しいと思ってしまい大差ないかも、と由希恵は密かに笑う。


「そういえばなんすけど」


 そう言ったのは詩折で、彼女は恵美を見ながら、


「婚姻届、いつ出すんすか?」


 その問いに直ぐに返答は無い。

 それもそのはず。恵美の手元には二枚の婚姻届があるからだ。

 ほとんど内容の同じ内容だが、唯一違うのが夫になる人の名前だった。どちらを選んだとしても三人で同居することは変わりないのだが、公的サービスを受けることを考慮して書類を提出することは決めていた。

 なお、保証人の欄は男性は聡と光秀が、恵美には景子と由希恵が署名していた。三者の両親に説明はしたのだが署名に承諾しては貰えなかったかららしい。

 そのため結婚式もない。だから本当に書類上の結婚でしかないのだが、


「うーん……」


 

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