第47話 女子会2
「あのね、料理するのに一番大事なのはその食材を使い切れるかどうかなの。腐らせたら汚れるしスペースだって取るし。調味料とかもそうなんだからね。ちゃんと計画して作っていかなきゃ──」
くどくどと説教する恵美は片手間に買ってきた食材を吟味していた。
テーブルに並べられた食材たちは、そこにどうにか収まる程度の量だった。八人がけのテーブルだと言うのに今にもこぼれ落ちそうなものもいるのを見ると、明らかに買いすぎである。
また、種類も非常に富んでいて、肉、魚、野菜に果物といった素材から、缶詰、スパイス、レトルト、果ては冷凍食品など終着点不明で迷子になったラインナップだ。
その中で実の状態と冷凍のスライスになったアボカドを両手に持った恵美は、嘆息と共にその両方をテーブルに投げ出す。
そして、
「……信一の気持ちがわかる気がするわ」
ぽつりと呟いた後、獲物を取る鷹の目になる。
「まず三日分の献立を決めてから買い物。料理はその次よ、わかった!?」
小動物と化した二人は、勢いに気圧されてただ頷くことしか出来ない。
その間も恵美は食材を並べ替えをしながら、
「──八人分には足りないけど、今日四人で食べるには少し多いわね……」
「あの、何してるんですか?」
「献立作りに決まってるでしょ。あ、ここの冷凍野菜、質が悪いから別の所のにした方がいいわよ」
由希恵の質問に一瞥もせず答える様は、極度の集中力でそれ以上聞くことを躊躇わせる。
しばらく恵美が行う食材の仕分けをただ眺めていると、ある程度構想が練り終わったようで、恵美は視線を上げる。
そして、テーブルの上を二分すると、右側を指さし、
「じゃあこっちは一旦冷蔵庫に閉まっちゃって」
「分かりました」
約三割が今日は不必要とされていた。
景子と二人で冷蔵庫に食材を閉まっている間、恵美は詩折を呼んでまな板や包丁などの調理器具の準備をしていた。
「さて、まずは何を作るかの前にやることがあるわ――」
テーブルの上にはまな板と包丁が二つ。それ以外には何もない。
由希恵は景子と並んでまな板の前に立っていた。テーブルを挟んで正面にいる恵美は腕を組んで、二人を見つめたまま、
「――それはなんでしょうか?」
急にクイズ形式になったことに由希恵は困惑する。
恵美は口を一文字に結んでそれ以上話す気はないようだった。どちらかの回答を待っていることは容易にわかる。
想定と違った進行に、疑問だけが大きく膨らんで質問に集中できない。その間に景子が、
「んー、包丁を研ぐ、とか?」
目の前にある刃物に注視しながら答えると、恵美は嘆息して、
「それは最後か空いているときにやっておきましょうね」
「じゃあ何よ」
若干馬鹿にされたことに腹を立てた景子が、頬をわざとらしく膨らませて尋ねる。
棘のある言い方にも意に介さず、恵美はただゆっくりと流しを指さして、
「正解は……手洗いでした!」
「そんなの当たり前でしょ?」
あたり前のことを聞いて拍子抜けした景子の機嫌が悪くなる。ただのポーズであることは皆わかっていたが、由希恵も気持ちは景子と同じだった。
その時、
「甘いっ!」
「おわっ……なによいきなり」
バンッと恵美がテーブルに拳を叩きつける。その反動でまな板が跳ね、包丁が転がる。
恐怖を感じて体が硬直する由希恵は浅い息を吐くと、恵美は目をフクロウのようにまんまると光らせて言う。
「まずは手洗い。それを習慣づけないとちょっとぐらいいいやってなるから。どんな時でもそれだけは絶対守って」
「わ、わかったわよ……」
「絶対だからね。調理中もいっぱい手を洗う機会があるんだから面倒くさがらないでよ?」
しつこいくらいに念を押す恵美に、飽き飽きといった表情を浮かべる景子が背後にあるキッチンへ向かい、手を洗う。
ハンドソープを二回プッシュして泡立てる。後ろからの視線を感じてか、丁寧に指の股まで時間をかけて念入りに洗うと、
「ほら、これでいいでしょ?」
タオルで拭いた両手を突き出すように恵美に見せる。
やりすぎなくらいしっかりと洗っていたため、ぐうの音も出ないだろうと由希恵は思っていたが、予想に反して恵美の表情は暗い。
その目は景子の手ではなく、顔のほうへと向いていて、
「基本的に全然ダメです」
「ちゃんと洗ってたじゃない!」
「爪の根本、手首は特に洗い残しが多い部分です。それを念頭に置いて二度洗いを習慣にしてください」
その声色は非常に落ち着いていて、一ミリも冗談を言っているわけではないと語っていた。
が、それでも面倒くさいな、という気持ちが湧いてくるのを由希恵は感じていた。
景子は一度鼻を鳴らした後、素直に恵美の指示に従う。
それが終われば、今度は由希恵が先の言葉通り丁寧に手を洗う。
こんなこと毎日してたら手が荒れそう、そんな雑念だけが脳裏にあった。
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