第30話

 半端者を笑いに来たのは誰かと、光秀が思っていると、


「お、寝てんのか?」


 入ってきたのは聡だった。


「起きてる」


 光秀はドアのほうへ体を向けると、そこには入り口付近で立ち止まる彼の姿と、そしてその後ろに景子がいた。

 二人してなんのようだ、と思っていると、


「やっほ」


 部屋に入る二人の後ろから信一が来る。

 そして、


「いやぁ、この部屋も久々っすね」


「待て待て待て待て!」


 追加で詩折と、申し訳なさそうに身を縮めて入ってくる由希恵の姿につい声が大きくなる。


「え、まじでなに?」


 総勢六人が部屋の中にいる状況に驚き、光秀はベッドから起き上がる。

 状況がわからず、とりあえず先頭の聡に目を向けると、


「話があるんだ」


「全員?」


「いや、俺と景子は同じ要件だけど、他は……」


 聡が後ろを見渡すと、三人がそろって首を横に振る。

 その光景に光秀は嘆息してから、


「……とりあえず、座れば?」


 ただ投げやりにそう答えるしかなかった。




 それほど広くない部屋に六人の男女が円になって座る。

 光秀はドアから一番遠いところに座っている。そこから入室順に時計回りに座ったため、左隣には聡が、右隣に由希恵がいた。


「じゃあまずは俺の話からさせてくれ」


 聡がそう切り出す様子を全員が見つめていた。


「二つ、光秀と信一には先に伝えておきたいことがあってな」


 そこでいったん区切り、息を整えていた。

 そして、景子のほうを見ると、彼女が小さく頷くのを見てから、


「景子と別れた」


「えっ!?」


 驚嘆の声を上げたのは信一だった。

 ただそれ以上言う前に聡が話を続ける。


「で、来年の四月にここを出る」


 ……そう、か。

 光秀はぐっと目に力を入れて彼をにらむ。

 同じように目線を外さないで語る聡に、本気なんだなと確信する。


「……一応理由を聞くわ」


 ベッドに腰かけながら光秀はいうが、その返答自体にはそれほど興味がなかった。

 決心したら揺るがない奴だから。これまでの付き合いでそれくらいわかっていた。

 それでも聞いたのは、景子の様子が少しおかしいと思ったから。

 聡はただいつものようなに笑いながら、


「会社から海外出張の候補に入った。ヨーロッパのどっかに五年。帰ってきたらだいぶ優遇されるって言うから立候補しようと思ってる」


 幸い後押ししてくれる先輩もいることだし、と付け加えて。

 急に大きくなった話に驚くが、それも聡らしい、と光秀は思う。

 ただそういうことだから、


「景子さんは連れていかないのか」


「あぁ。自信が無い」


 切り捨てるような言葉に景子の肩が反応する。

 納得してないのか?

 事前に話し合い、結論を出したと思っていた。が、それにしては景子に落ち着きがないように見える。

 だから、光秀は、


「らしくねぇなぁ」


 左の拳を握りしめて、聡の右胸に押し当てる。


「お前は馬鹿で無鉄砲で無神経で一直線だから根拠の無い自信で満ちてればいいんだよ」


「ボロくそじゃねえか」


 聡はその手を払い除けると、膨れっ面になっていた。

 いい気味だ、そう思うし、言えてどこかスッキリした気持ちになる。

 聡の言動にやきもきさせられるのは正直楽しくは無い。が、思慮深い彼はもはや彼では無いのだ。

 だから光秀は笑みを投げかけて、


「もう一回、ちゃんと話してみろよ。一方的に伝えるんじゃなくてお互いしっかりとさ」


 どうせ聡のことだから、伝えるだけ伝えて、そして景子は渋々ながらも頷いたのだろう。短くない付き合いがそれで終わってしまうのは悲しいと、光秀は思ってそう口にした。

 その上で、

 まぁ、別れるかもなぁ。

 不思議とその発想を受け入れる自分がいることに、光秀は少しだけ狼狽える。

 海外に行くと言った以上、聡はもう引く気はない。おそらく会社にもそう伝えていることだろう。

 そして、景子が着いていくかどうかだが、ルームシェア前なら分からないが今なら着いては行かないだろう。少なくとも、恵美が子供を産んで落ち着くまでは。

 頼りすぎたんだ、彼女に。それに答えるだけの度量があったために結果として縛り付けることになってしまった。

 そして、そこから巣立とうとする聡を最後には暖かく見守ることだろう。

 結果としては同じかもしれないが、最後まで憂いを残して欲しくないと光秀は考えていた。

 聡と景子はお互いを見つめ合ている。

 それを見て、もう大丈夫そうかな、と判断した光秀は対面に座る信一へと視線を向ける。


「で、信一は何の話?」


「えっあぁ、うん」


 信一は伏せた顔を上げると、歯切れの悪い態度でまた、目線を下げてしまう。

 話せる状況じゃないか、と光秀は思って、


「まぁいいや。明日話そう」


「ごめん……ありがとう」


 珍しくしおらしい様子に調子が狂う。

 先延ばしにしてしまったことを申し訳なく思うが、切り替えて光秀は詩折を見る。

 彼女は人の話を聞いている間、ずっと細かく頷いているだけだった。それだけに、なんの時間用なのか分からずにいた。


「詩折は、皆がいても問題ない話?」


 そう尋ねると、


「大丈夫っす。元々皆に言おうと思ってたっすから」


 

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