第23話

 その後居酒屋では他愛のない話に盛り上がり、帰る頃には出来上がった三人は肩を組んで家に向かっていた。




「で、顔色悪いのか」


「あぁ……」


 翌日。

 聡の部屋で光秀は仰向けに寝転がっていた。

 腹の上には饅頭を置き、顔の横にはペットボトルのお茶。

 ……気持ち悪い。

 迎えた朝から頭痛と吐き気に悩まされ、立つのもだるい。そんな中で光秀は昨日の話の中で出た通り、聡と話をするために部屋を訪れていた。

 今度はなるべく早く、と思い行動に移したのだが、


「事情はわかったけどさぁ……」


 椅子に座る聡は言いきらずに言葉を濁す。

 ためらうなんて珍しい、と光秀は首だけ少し傾けて視線を向ける。

 目が合った。光秀のほうをじっと見ていた聡と。

 彼は短く息を吐くと、


「それって本人に全部話していいのか?」


 そう問いかける。

 対して光秀は弱々しく持ち上げた片手を軽く振るう。


「いいんだよ」


 いいんだよ、聡には。

 丸二年で培ってきた関係からそう判断する。それに、

 察するなんてこと出来ないだろうしな。

 色々とぼかして話を進めることも出来た。でもそれをしなかったのは、それをするとちゃんとした答えが帰ってこないと思ったから。

 だから光秀は昨日の事を全て話していた。周りに心配してくれている人がいることも、自分がそれほど心配していないことも。

 聡はそうか、と少しうなずいて、


「で、俺が大丈夫かどうかってことだよな」


「あぁ」


 光秀が答えると、聡はうんうんと唸ってから、


「……問題は、ない、な!」


 だろうな、と思い光秀は力なく横たわった。

 そして旅行のお土産の饅頭を頬張る。

 たっぷりと詰まったあんこは重く、下品なほどの甘味が襲ってくる。

 ただの土産物にそれほど期待はしていなかったが、名物に旨い物なしというくらいだ、あんまりうまくないなと、光秀は口から気持ちを漏らす。


「悪かったな」


「いや、ありがと」


 失言だったことに気が付いて、光秀は謝罪する。とはいえそんなことをいちいち気にするような人でもないためそれ以上いう気はない。


「邪魔したな」


 口の中を甘味でいっぱいにしながら立ち上がる。

 自分の部屋でもう少し寝よう。

 光秀はそのために聡の部屋を出るつもりだった。

 その様子に、聡は一言、


「あっ」


 何か思いついたようにつぶやく。


「……どうした?」


 足が止まる。けだるい頭を揺らさないように振り返ると、


「なぁ、夏休みみんなでどっかにいかね?」


「……」


 あいまいだなぁ、と思うが相手が聡なので追及することはあきらめる。

 光秀は考えるのも億劫に思い、ただ、いいんじゃね、とだけ答えて部屋を出た。

 そのまま夕方まで布団に入り、起きるころには最後に言った聡の言葉は頭の中にからすっかり消えていた。




 六月、初旬。

 リビングには住人が全員そろっている。

 つい先ほど食事を終え、先月の会計等の報告も終わっている。

 そして、今は、


「じゃあ、七月は海に行くってことで決定だけど……」


 壁に貼り付けられたホワイトボードの文字を棒で指しながら景子が言う。

 そこには、温泉、海、BBQ、プールなど様々な目的地が書かれている。

 中でも海には赤いマーカーで二重丸が引かれていた。

 それを見た後、景子が信一へと視線を向ける。


「ポチ」


「ポチいうな」


「キャンキャンいうんじゃないの。で、プールって海じゃ駄目なの?」


 そして皆が信一を見る。

 彼はそのことを一切気にしない様子で、


「別に。プールが楽でいいかなって思っただけだし、海でもいいよ」


「そう……」


 ひりつくような空気の中、景子が答える。

 皆、慣れたものだが未だに敵意のようなものを信一は撒き散らしている。ただ、その標的である景子は意に介さないどころか積極的に話を持っていくため、横槍を入れるのを躊躇していた。

 それでも気分がいいものでは無いため、何とかしたいとは思っているのだが、

 ……なんか、違うんだよなぁ。

 光秀は違和感を感じていた。

 嫌いならば、律儀に反抗しなければいいだけの事。なのに信一は必ず話に乗る。

 その結果がわかっていないはずもなく、では何故、となるがそこが分からない。

 そして結局違和感で終わってしまうのだ。


「……変なの」


「ん、何かあった?」


 景子が尋ねてくるのに、しまった、と光秀は思う。意図せず思っていたことが口から出てしまい、慌ててなんでもないですと、身を縮こませるしかない。

 それに一瞬訝しげに眉を寄せた景子は、次の瞬間には何事も無かったように、


「じゃあ、免許持ちは手を挙げて」


 と言いながら自分も手を挙げる。

 それに続いて光秀、そして詩折も挙手をしていた。

 それを見て景子は、うん、と一回頷いて、


「んじゃ、三人交代で行きましょうか。実家から車借りておくわね」


「いいっすけど……教習所出てから運転したことないっすよ。それに高速もシミュレーションすから自信ないっす」


 詩折の言葉に光秀も頷く。

 大学合格とともに教習所に通わされて取った免許だが、自分の車がないため本人確認書類としか効力を成していない。

 実家に帰った時など無理やり運転させられることもあるが助手席に乗る親からは、


「見てて危なっかしい」


 などと勝手なことを言われ、どうしても苦手意識があった。

 水を差すような真似をして申し訳ないとは思っている。が、それでも八人の命を預かるには荷が重い。

 それを知ってか、


「大丈夫よ。基本は私が運転するし、それになるべく遠出はしない方向でプラン立てるつもりだから。皆もそれでいいわよね?」


 景子が見渡すと、みな賛同するように頷く。

 それを確認して、


「じゃあ細かく計画決めたら報告するとして。顕志朗と、そうね、ポチ。この後話し合いよ」


「はぁ!? なんで僕なのさっ!」


 ひと際大きな声を上げる信一に何人かの方が跳ねる。

 それを見て申し訳なさそうに下唇を噛む様子に、景子はため息をついて、


「まったく、急に興奮するんじゃないわよ」 


 それに反応しそうになった信一はこらえて目線だけで訴える。

 しばらく二人のにらみ合いとなったが、先に話始めたのは景子だった。


「顕志朗は会計だから当然として、あんたなーんにもやってないでしょ」


「それを言うならほかの皆だって……」


「バーベキューの案と買い出し、誰がするの?」


 とどめとばかりに景子が問うと、信一はそっぽを向いてリビングから出て行ってしまう。

 その後ろを景子が追いかけ、続くように顕志朗も退室していく。

 残された面々はお互い顔を見合わせている。

 そして、


「いやー、やっぱり仲悪いっすね。あの二人は」


 最初に口火を切ったのは詩折で、


「そうね。仲良くやれるといいと思うんだけど」


 次いで恵美がそれに賛同する。

 その時、


「ん? 仲悪いってなんのこと?」


 そう言ったのは聡だった。

 とうとう行きつくところまで行ったかと思う光秀だったが、他全員の視線を浴びた聡は言葉を続ける。


「あれ、照れ隠しだぞ」


「どう見たらそうなるんだよ?」


「どうって、どう見てもそうだろ」


 何言ってるんだ、光秀はそういう寸前で言葉を止める。

 照れ隠し。

 もしそれが本当ならば、


「でも何に照れてるんっすか?」


「知らね。教えてくんなかったし」


 相変わらずの適当な返しに笑いが起こる。その理由がわからないようで聡は首をかしげていた。

 それにしても……


「照れ隠し、か」


「どうかした?」


 ぽつりとこぼした光秀を恵美が覗き込むように見る。

 それに対して手を軽く振って何でもないというが、

 それが本当なら、難儀なもんだな。

 頭に浮かぶのは信一のこと。バイである彼の好みは、

 ……背が高くて、力強い人。

 光秀の知っている中で一番当てはまるのは景子だ。

 そしてそれは聡がいる限り実らないことがわかっている。

 だからなのかもしれない。ああいう風にわざと突き放すような態度をとっているのは。

 そうしないと、欲張ってしまいそうになるから。

 難儀だ、もう一度光秀は小さくつぶやく。

 視界の隅で笑う聡には決して聞こえないように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る