第19話
「じゃあ全員の意見が出たところでまとめましょうか」
景子が手を叩き、皆の意識を集める。
そして、各々が今思っていることに近い意見に手を挙げるよう指示をする。
「……賛成が三、保留が三、反対が一、ね」
集計し、顎を指で挟んだ景子は、
「私は賛成にする理由があるの。だから賛成多数ということでいいわね」
「……節度を持ってもらえれば」
景子の視線の先には唯一の反対票を上げた由希恵の姿があった。
しぶしぶ、といった感じで話す彼女にそれ以上誰も何も言わない。
皆、視線の向ける先が不安定で会話もない。
「もぅ、まだ話すことあるんだからそんな沈んでないの。次読むわよー」
景子は残った紙片を手に取ると、
「『トイレは座ってしましょう』、しなさい、以上、解散!」
強引に話を締めた。
男性陣がはーいと返事をする。
そして、信一、顕志朗がいち早く席を立って自室へと向かっていく。次いで恵美、聡などゆっくりとした足取りだが同じように退席する。
「みっちー」
光秀も帰ろうとしたとき、後ろから声を掛けられ足を止める。
景子だ。他に誰もいない。
いまだ席についたままの彼女は、
「ユキのこと、見てあげてね」
「いいけど、なんで俺が?」
疑問を口にすると、景子は腕を軽く組んで、
「私は少数派の味方しかできないから。それに保留にしたうちの一人は私の彼氏でしょ? 私に近しい人じゃ相談するにも気を使うと思うし、何より聡じゃあ……」
「あ、あぁ」
景子の言わんとすることはわかる。聡に相談したとしても、わからんの一言で終わるような気がしてならないから。
でも、もう一人いるはずなのに。
そう考えた光秀を見透かすように、
「しーにお願いするのもいいんだけど、それだと味方が増えないでしょ? 心理的に頼れるところを増やしてあげたいの」
景子は力なく笑っていた。
そして、
「彼女も馬鹿じゃないからすぐには問題にしないはず。ゆっくりでいいからお願いね」
「……わかりました」
景子の信頼に光秀は荷が重いと感じていた。
同時に、負い目もあった。二度と同じようなことがないように、考えていかなければとも。
二日後。
自室にて光秀は課題をこなすため机に向かっていた。
ほとんど書き終えたレポートは末尾に言葉を添えるだけ。が、そこに至って数十分筆が進んでいない。
……いつ話すかな。
頭の中は目の前のことではなく、由希恵のことばかり。
ペンを回しながら今後の行動案を考える。
由希恵は夜にバイトを入れていることが多く帰ってくるのも深夜に近い。そんな疲労困憊の中では話を聞く気にはなれないだろう。それに、
急に二人で話がしたいってのもなぁ……
先日あんなことがあったばかり。異性に対して猜疑心があってもおかしくはない。
結局いい案が浮かばず、光秀は小さく唸る。
その時、
コンコン。
「はい、どうぞ」
ドアのノックの音に、返事をする。
かちゃりと開いたドアから、足音が二歩、床を伝わってくる。
「やっほ」
「……信一か」
顔を見ずに光秀は答える。
近寄る音が耳に入る。それでも背を向けたままでいた。
「レポート?」
「あぁ、もう終わるよ」
ペンを置いて光秀は答える。半分本当で半分嘘。
ふーん、と耳元で声が響く。
近いな、と思っても何も言わない。
代わりに、
「なんの用?」
「遊びに来ただけ」
信一がそういうと、ベッドに腰掛けただろう鈍い音がする。
しばらくの間光秀は彼を無視してレポートへと向き合っていた。
とはいえ持つペンは紙に触れることなく宙をさまようばかり。
「みっちゃんの百面相面白かったなぁ」
「誰のせいだと」
額を押さえていたところ、信一が声をかけてくる。
光秀はペンを置いて、体を信一へと向ける。
淡いピンクの寝巻き姿の彼は、
「ははは、ごめんて。でも皆もっと他人に興味ないと思ってたよ」
笑いながら、浮いた足を遊ばせている。
「どういう意味だ?」
「一応いい意味。相手のこと、同居人のことを考えられているってことだから」
「そうか……」
その言葉に光秀は小さな声で答える。
結局何が言いたいか分からずそんな返答しか出来なかったから。
それ以上話そうとしない信一に、
「一つ、聞いておきたいことがある」
「なんで恵美とセックスしてるか、でしょ」
「なっ!?」
そのあまりに配慮のない言葉に、光秀は固まる。少しの気恥しさと言い当てられたことによる困惑で口を半開きのまま、カスカスと息が漏れる。
それを見て信一は笑い、
「初心な女の子じゃないんだから言葉だけで反応しないでよ」
そして一息ついて、
「皆には言ってないけど、いや、恵美だけには言ったかな、顕志朗さんには聞かれてないから言ってないはず。知ってるかもだけど」
本題に入らず遠回りする言い方にじれったいと思う。
そこを堪えて話し始めるのを待っていると、信一は急に目に力を入れて光秀を見た。
「僕、多分バイなんだ」
「バイってあの?」
光秀が疑問を口にすると、くすくすと笑い声を上げて、
「あの以外が思いつかないけどそうだよ。女性も男性も恋愛対象として見れる」
「そ、そうか」
「引いた?」
表情を変えず、信一は問うてくる。
引いた、って言われてもなぁ……
光秀は答えに迷っていた。初対面でいきなり言われたらそりゃ引いたであろう。が、信一とはもう丸二年一緒にいる仲だ。それなりに信頼関係があるから引くよりも受け入れる気持ちの方が強い。
それに、
多分、ちゃんと話がしたいんだろうな。
信一は背筋を伸ばして足を揃えて目線を逸らしたりしない。その真剣さが伝わって茶化す気にはなれない。
だから、
「引いたって言うか……困ってる」
こちらも本音で対応しよう、と決めていた。
困る、とは言ったがそれは信一だけに向けた言葉では無い。ルームシェアの住人全員に向けたのだ。
問題を抱えた奴多すぎるだろ。
ポリアモリーにアロマンティック、トランスセクシャル、バイ・セクシャル。今まで縁のなかった言葉たちが頭上を飛び交う。一つだけでも理解するのに時間がかかるというのに立て続けに話をされ、光秀は疲れていた。
それが表情に出ていたのか、信一は両手を振り、
「あ、安心して。聡もみっちゃんもタイプじゃないから!」
「……あぁよかったよ」
随分と曲解した発言に光秀は深く肩を落とす。
ただ信一の話はそこで終わらず、
「ほら、僕って線が細いからさ。ぐっと抱き締めてくれるような力強くて背の高い人が好みなんだ」
「お、おう」
嬉々として語る姿に言葉が出ない。
わりとどうでもいいな、と心の底から光秀は思っている。
信一が言うことを、男子同士が女性の身体的特徴の好みを言い合うようなものと同じに捉えていた。男性に向けられた異質なものではなく、一般的な性癖として。
それはそれとして話に興味はわかないけどな。
だから、
「で、それと恵美とがどう繋がるんだ?」
光秀は話を戻すように口を挟む。
それを聞いて、忘れてた、と小さく呟いた信一は、
「まぁ、だからさ。こういう話って基本的には隠して生きているの。それをあんな簡単に話すのが信じられなくてね」
「あの時はこっちから聞いたんだし、隠してたら不信感持ったままになってただろうからしょうがなかったんだろ?」
「それでもさ」
短く、話を切る。そして、
「隠すものだよ。隠さなきゃいけないんだ」
信一は軽く目を閉じる。
ゆっくりと呼吸をしている。その心中を光秀は察することが出来ないが、
「辛いなら話さなくても──」
「ごめん、大丈夫だから」
目を開いた信一の顔は少しだけ青くて、
「今思えばただの嫉妬なんだってわかるんだ。ただあの時はチャラいっていうかかまってちゃんだと思ってた。まぁ話を聞くうちに違うってことが分かってね。そしたら僕のことも受け入れてくれるようになって、まぁずるずると。付け込まれたってわけじゃないけど距離感ミスったなとは思ってます」
「お前なぁ」
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