第8話 告白否定
「簡単にいうと、俺はアロマンティック、恵美はポリアモリーなんだ」
……ん?
思考が固まる。言っていることがよくわからない。というより初めて聞いた単語に理解が追い付いていなかった。
それはみな同様のようで一様に頭に『はてな』を浮かべていた。
アロンマティック、ポリアモリー。ロマンティックなら何とかわかるがポリ、多数を意味する接頭語にアモリー、アモリーとは?
「……ちょっと待ってね」
そう言って信一は自身のスマホを取り出していた。先ほどの言葉を検索しているのだろう、しばらく画面を見つめていたかと思うと、テーブルにスマホをおいて、
「なるほどね……」
「なるほどじゃねえよ、共有しろよ」
光秀を挟んで聡が信一に話しかける。その意見には同意するが少しうるさく感じていた。
何か彼の中で答えが出たのだろうか、信一の表情はとても悪いものだった。内心で見下している笑みではなく興味を無くした無表情だ。
で、どういう意味なのだろうか。その答えは信一でも顕志朗でもなく、
「ポリアモリーはね、複数愛者って意味よ」
恵美だった。
先ほどまでの明るい笑顔ではなく疲労の見える笑いを張り付け、彼女は三人を見ていた。
彼女の言葉を繰り返し唱えてみる。複数愛者、とは。
何度か繰り返してみたものの、なんとなくしっくりこない。具体的なビジョンが浮かんでこないからだ。
雑に言うならばハーレム、囲い込み、側室などなど。現代社会では縁のない言葉が通り過ぎていく。それであんな目をするのだろうか。
混乱しているとはっきりわかる。助けを求め聡のほうを向くが彼はもう考えたくないといった感じで手遊びに集中していた。しまったな、人選を間違えた。
対面に見えないように肘で信一を小突くと、間髪入れずに小突き返された。
「とりあえず僕としては好きにすればいいっていうのが正直な感想かな。僕に被害がなければだけど」
信一が信一らしい言葉で話を締めてしまった。そして小声で、後で、とたしなめられる。
そして、
「でも、良かったよ。変な宗教とか詐欺じゃなくて」
その声色は高く、場の雰囲気を和ませようとしているのが見て取れた。
らしくない、とそう思う。彼がそういう態度をとる時はだいたい良くない傾向にある時がほとんどだ。
何か気に触ることがあったのだろうか。だとするならば彼女らの発言がきっかけだろう。
冷えきった場はそれ以上持ち直すことはなく、三人は加えて少し話をしただけで退室することになった。
「どうかしたか?」
帰り際横一列に歩きながら、聡が問うてきた。正面を向いての発言に、誰に向けたものか判断がつかず黙ったままでいると、
「うーん、すごいなぁって」
信一の言葉を、額面通りに受け取ることが出来ない。案の定、
「恋愛感情ない、誰とでも寝ます、そんな事を人前で言う勇気は僕にはないかな」
「そういう言い方するか?」
「僕はするよ。セクシャルマイノリティがかっこいいと思ってる思春期の子供の戯言だってね」
その答えを聞いて聡はため息をつきつつ、そうか、と短く呟いた。
嫌な感じだ。信一の言うことは分かるし、自分の心の中でしこりのように納得していない部分があるのも事実だ。だがそれを積極的に否定する物言いは強すぎるのでは無いかとも感じてしまっている。
記憶に残っているのは恵美のあの目だった。憂いのある、弱々しいその目が、信一の言うイメージと乖離していて、どうしても友達の言葉に頷けないでいた。
「じゃあ、ルームシェア辞めんの?」
「……辞めないかな」
少しの迷いのあと、信一は予想に反した答えを出した。
じゃあなんでそこまで、と思わなくはないが、同時に同じように気になっていた身としてはそのことで追及する事ははばかられた。
「一人暮らしとしてもルームシェアとしても経験値が上だしね。過度に絡んでこなければいい関係を築きたいとは思ってるよ」
それに、と一言添えて、
「今から一人暮らしの準備したってあの設備は無理だしねー。大型の冷蔵庫に収納、食器、家電でしょ、あとは三口コンロ。流しも広いし、聡の極小キッチンに比べれば天国かな!」
あはは、と笑って相槌をうつ隣でその家の住人は不貞腐れるように歩を早めていた。
この中でまともに料理ができるのは信一だけだった。たまに聡の家でご飯を作ることがあったがその度に調理中ずっと文句を言う聡の姿を見てきただけに、その喜びようが本心である事は容易に分かる。
なんにせよ、二人はルームシェアを選択したのだ。少し寂しい気もするし、まだ心配なところも残っているがそこは聡が上手く回してくれるだろう。
と、
「──みっちゃんはどうする?」
何気ない一言に足が止まる。言葉が指している事柄がすぐには結びつかず、
「えっと、なにが?」
「ルームシェア」
その単語に対する答えは決まっていた。だからすぐに答えるため口を開き、
「……」
かすかすの息だけが漏れて、声帯が振るわない。しばらく努力してみても何故か音を発することが叶わない。その事に大きく舌打ちをして、
「……考える」
「ありがとう。楽しみにしてる」
その笑顔に負けたような気がして、光秀は先を行く聡の背中を追いかけた。
疎外感か、金銭が理由か、どちらにせよ女々しい自分の姿に嫌になる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます