第3話 未練残思
今年の冬は珍しく雪が積もっていた。
最後の大雪からしばらく日が経っても残雪が残りその寒さを物語っている。
人肌恋しい季節だな、と光秀は思った。
月日が経ち、テスト期間が終わって今は春休み。たまに短期のバイトに行くくらいで空いた時間のほとんどを家で過ごしていた。
入っていたサークルも辞めていた。こっぴどく振られた元カノと、顔を合わせたくなかったからだ。
日がな一日PCで動画を見たりゲームをするだけ。一時期頻繁にチャットの通知を伝えていたスマホも、今ではその鳴りを潜めている。
そんな日々も四日程で飽きてくる。その度に外に出てみては宛もなくさまようばかり。気まぐれに入ろうかなと目に付いた喫茶店は、いつかデートで使おうかと考えていた場所だったことを思い出して踵を返すこともあった。
結局あの後誰かと交際することは無かった。未練があるという訳ではなく単純に気になる相手が見つからなかった。
暇だ、と小さく呟く。
近頃ではベッドから出るのも面倒くさい。一通り生活に必要なものは手の届く範囲に置いてあるため、トイレと食事くらいしか立ち上がる必要がない。
人として腐っていくような感じを覚えるが、何かをやる気も起きない。
何となくスマホを弄りながら微睡む。脳内で十秒カウントして、
「こんなことじゃダメだろ」
上体を起こす。
急に動いたせいで身体の節々に痛みが走るがむしろ心地よいくらいだった。
何かしよう、それだけしか頭になかった。
とはいえどうするか、と部屋を見渡す。八畳ワンルーム、キッチン付きのバストイレ別。家賃七万は仕送り無しでは生活が出来ない。
ふと、壁にかけてあるカレンダーが目に入る。翌日が不燃ごみの日であることを思い出して、
……掃除でもするか。
長期休みに入った辺りで掃除をしたきり、何日もそのままだったことを思い出す。ほとんど動いていないが床には細かい埃などがあることだろう。
フローリングワイパーを手に床を滑らせていく。部屋を半分程回ったところで真っ黒になったシートを見てちょっとした達成感を感じ、顔がほころぶ。
シートを変えつつ掃除を進めていく。その中で部屋の隅に積んである雑誌に気がついた。
ファッション雑誌やデートに使える飲食店などをまとめた物だ。今となっては無用に等しいが捨てるタイミングを逃してそのままになっていた。
……
少し思索した後、光秀は一番上の雑誌を手に取りペラペラと流し読みしていた。
ただその目は、紙面より先を見ていた。
元カノとの記憶を思い出す。思い出は無責任なもので面倒だったことや大変だったことよりも楽しかったことばかりが浮かんできていた。
ものの一分足らずで一冊を眺め終わり、閉じたあと元の場所に重ねる。まだ脳裏には思い出ばかりがこびりついていたが、
……やっぱ、まだ好きなんだなぁ。
そう思う。そして、
……失恋って結構、ショックとかないもんなんだな。
個人差はあると思う。ただもっと引きずるかと想像していたがそうでは無いことに少しだけ驚いていた。
どうしてだろう、と考える。今回は普通に愛想をつかれたのでは無く他に好きな人がいた。その事を悔しいとは思えなかった。
何故だ。取られたのに何故そこまで落ち着いていられるのか。彼女は自分の物──
「違うな」
人は物では無い。小学生でも理解していることだ。
彼女は選択し行動しただけ。何かを捨てて何かを拾う、その天秤が釣り合っていなくても責任を取るのは彼女自身でしかない。
聞くところによれば、今の彼女の立場はあまり良くないらしい。大学生らしく遊んでいるという意見もあれば、不必要に人を傷つけただけと言われることもある。噂がどこで発生したか不明だが尾ひれがついて彼女の人物像を他人に伝えていた。
どうして、なぜというワードが浮かんでくる。
だから彼女の立場に立って考えてみる。自分には本命とキープの異性がいる。本命の異性の気持ちはわからないがキープの異性からは確かな好意を感じている。
安牌なのはキープのほうだ。心情は本命のほうだが。
この選択肢を間違えることはできない。だとすれば――
「ん?」
ふと、口から声が漏れていた。
引っかかったことがある。時間を巻き戻して考える。
間違えることができない、と誰が決めたのだろうか。なぜ間違えてはいけないのだろうか。そもそも間違いとはなんなのか。
思考が出来の悪い編み物のようにこんがらがっているようだった。
世の中意地を通して本命と結ばれた人もいるだろうし、妥協した人もいる。それと幸不幸は必ずイコールとはならない。
別に選択肢を間違えたからと言って人生が終わるわけでもない。一つの道が閉じて新しい道が出来るだけなのだ。
人生幅があるほうがいいと誰かが言っていた。この世の至上の物は愛であると何かに書いてあった。
だとするならば、
「……両取り」
ひとりごちた後、光秀は首を横に振る。
突飛な発想だ。久しぶりに頭を使ったせいで知恵熱でも出たのかもしれない。
ちらりと見た時計は昼を指していた。
あぁ、ずいぶん長い間考え込んでいたようだ。ちょうどいい暇つぶしになったかな。
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