第12話 戦略的広告抹消兵器問題

μ社によるナバリィタウン電撃急襲作戦は俺たちによって未然に防がれた。”アヨガン”というたった一言でぼとぼとと崩れ落ちるその様は、これを画策した狸親父の末路を表しているようだった。


実は俺の左目は義眼なのだ。だが、ただの義眼ではない。UAGラボが独自に開発した疑似網膜を搭載した、特製の眼球型記録装置だ。それが記録した狸親父の言動、μ社の広告兵器群の映像記録は、奴を豚箱へぶち込むには十分すぎる材料であった。俺が秘書職の給料10年分をはたいてまで仕込んだ疑似網膜もようやく役に立ったという訳だ。


マスコミのカメラマン共に囲まれた自由広告党の事務所からUAG都市警察と共に狸親父が連行されてきた。UAG管轄下のこの街においてμ社への利敵行為を行う事は、この街でアド・トラックを走らせるよりも重い罪に問われるはずなのだが、なぜか奴は余裕そうな表情で警察官ロイドにおとなしく従って事務所の階段を窮屈そうに降りている。その光景がどうも気に食わなかった俺は警察に少し時間をもらって、こいつに話しかけた。


「てめぇもいよいよおしまいだな、狸親父。クーデターをみじめにも防がれた上にぶた箱行きとは、お似合いの末路だ。」

「ははは、枇杷島君もきついことを言う。・・・確かに、今回は油断した私にも落ち度がある。潔く負けを認めよう。だが・・・」

「だが、なんだ。」

「これくらいでへこたれるほど、私は甘くないよ。枇杷島君。私はこれでも顔が利くんだ。半年もたたないうちにこの事務所へ戻ってくるだろう。しかしその暁には・・・人類尊厳党員に一人欠員が出るだろうね。」


やはり政治家というものは大したものだ、このような状況に置かれてもまだいろいろと根回しが効くらしい。だが、秘書に欠員が出るという事だけは本当だった。この件でいよいよ俺は政治家としての夢を一旦胸の中にしまうことにした。とにもかくにも、この広告共を蹴散らさなければ何も変わらないからだ。すでに辞表は党本部に内容証明郵便で届けてある。


「あんたが手を下さずとも、俺はもうこの仕事から足を洗うつもりだ。」

「おや、それはまたどうしてかね。この功績で君は市議会議員のステージに上がれるのだぞ、短い間だけだがな。」

「どっちかの二大広告社の奴隷になって政治するのはごめんだ。俺はあいつらと共にこの街を出ていく。」


俺が目線を向けた先には、既に武装化改造を施してあるアド・トラックをアイドリングさせて、事の成り行きを見守っている二人の姿があった。狸親父もそれを見て何かを察したのか、鼻を鳴らして俺に向き直った。


「そうか、まあせいぜい気を付けるが良い。それと、今回は上手くいったかもしれないが幸運はそう長続きはしないぞ枇杷島君。既に君とあの二人は二社からマークされている。要注意人物としてな。行く先々で手厚い歓迎をもらうだろう。健闘を祈るよ。」

「ご忠告どうも、くそったれ。」


俺は狸親父に最後の悪態をついて、その場を離れようとした。・・・が、一つ試したいことがあったのを思い出したので再び狸親父の方に向き直り、


「ああ、悪い、あんたに一つ大事なことを言い忘れてた。」

「なんだね、命乞いでもしたくなったかね。」


死んでもするかそんなこと、と言いたくなる衝動を抑えて俺は言った。


「餞別代りに、俺とあの二人が、μロボットを全滅させた、魔法の言葉を教えてやるぜ・・・それはな・・・」


俺は脂ぎった狸親父の耳元にそっと近づき、その言葉をささやいた。その言葉を聞いた瞬間、奴は硬直し、瞳孔が開いたのを確認する。どうやら見込みは当たったようだ。


「んじゃ、あばよ!!ポリ公、後は頼んだぜ!!」


そういうと俺はその場から走り去り、トラックのキャブに急いで乗り込んだ。


「わりぃ、待たせたな!奴らが追ってくる前に出してくれ!!」

「枇杷島さん、最後、あいつになんて言ったんですか?」

「なあに、あんたらがμロボットどもにやったことをまねただけさ。」

「え、でもあの言葉は広告兵器にしか通用しないはずですが・・・」

「もし奴が、あの不健康な体をアド・レナリンの成分で無理やり持たせているとしても?」

「・・・まさか!!」

「そのまさかさ。でも、あんまり直に見ない方がいいぞ。橋井さん、フルスピードで。」


橋井は黙ってうなずくとトラックのスピードを上げて早々にナバリィタウンから走り去った。俺は横目でミラー越しに口から大量に錠剤アド・レナリンを吐き出して埋もれていく男の姿を認めた。それが俺が見た、狸親父の最期であった・・・





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