枇杷島ケイ編

第9話 「アド」レナリン問題

μ社とUAGの熾烈な争いは、もはや”戦争”の域を超えていた。敵対会社の管轄に入った自治体周辺にいやがらせ同然の広告地雷網で囲い込んだり、あるいは物流業界をぶち壊してまで過度な広告輸送競争を行ったり。何より一番深刻だったのは、二社はそれぞれの会社への支援を表明した政治家たちに莫大な広告収入アドセンスを与え、自らの駒としていることだった。


「しかしですなぁ、アド・レナリンは確かに薬にしてはちょいと副作用がきついというのは承知しておるのですが、ちゃんと用法要領を守らないからそうなるのであって、正しく服用すればどんな病気も直す文字通り百薬の長なのですよ。」

「アド・レナリンには強力な依存性があるとの報告がUAGラボの調査で分かっているんです、正しく服用していてる人にも、いずれは広告快楽中毒者アドホリックになる可能性が0とは言えない以上、一刻も早く中止するべきではありませんか。」


でっぷり太って椅子に深々と座りこみ、もごもごと言葉を垂れているこの狸おやじは自由広告党の議員だ。そして面と向かって論戦している人類尊厳党のやせぎすな議員に、この俺枇杷島ケイは秘書として勤めている。ちなみに自由広告党はμ社の、人類尊厳党はUAGの息がかかっている。しかし癒着ずぶずぶ度合いでいえばこちらの方が幾分かマシなので、俺は消極的選択をしたうえでこちらで秘書活動をしているという訳だ。


「仮に中止したとしても、この”アド”レナリンという怪物が出てきてから、市販薬メーカーは商売あがったりで全滅して、すぐに替えが利かないんですよ、そこはどうするおつもりですかね?」

「よく言いますね、あなた達自由広告党がアド・レナリン製造元のμ社と裏で結託して、市販薬メーカーを絶滅させたのを私たちが知らないとでも?」

「困りますな、そのような根も葉もない週刊誌ゴシップネタで議会を変な方向に誘うのはよしてくださいよ、それを言うならその研究データだって、UAGラボがあなたたちの発言に有利になるように数値を改ざんしたって噂が流れているじゃないですか。」

「そっちこそ週刊誌ネタで話をそらさないでくださいよ!!」


市議会は途中からヒートアップし、両党議員によるただの口喧嘩にレベルを落とした。だいぶ前からこんな感じでこの都市の議会は機能していない。だが彼らは支持からご褒美をもらうためにに形だけの議会を開き、互いをけなしあって問題をちっとも解決しようとしない。後はやはり癒着ずぶずぶの議長が頃合いを図って取りなすまでこの喧嘩は終わらないので俺は早々に議会の二階からの閲覧席から退席して、屋上の喫煙所へと向かった。この国にはもう人間のために政治をする政治家などいないのだ。


・・・


既にこの国の民主主義はμ社とUAGに乗っ取られている。一回だけ行った形だけの選挙の時、投票用紙の裏に風俗業求人サイトの「KUWANA」の広告が印刷されていた時点でこの国はもうだめだと内心諦めていたが、それでもまだどうにかできるんじゃないか、という”愛国心のなりそこない”をなまじ封殺できなかったこともあって、俺は政治家を目指して秘書になってしまった。


俺はそのことをもう何度目かもわからない後悔の念と共に、曇天模様の屋上で、俺は電子広告煙草アド・ヴェープの煙をため息交じりに吐き出す。空は白い雲と黒い雲が混ざっており、時おり微小構成体を含む黒い雲が文字を形作って”笠松のこうもり傘”の広告を1時間ごとに作り出す。ちぇっ、もううんざりだ、休みの時間くらい広告から解放してくれよ、と悪態をついたとき、それは目に入った。


「KUWANA」


ここは条例でアド・トラック走行禁止エリアのはずなのに、まだ懲りずに辻広告やろうってのか。広告によるお目汚しを食らってにきた俺は勢いをつけて屋上から階段を駆け下りていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る