第8話 父ちゃんはいくよ・・・

街はすでにアド・ファイターの空襲を受けて火の海と化している。こういうことも考えて町ではよく合同防災訓練というものをやっていたが、UAGの完璧な防空網に守られていたこともあって、ほとんど形だけの訓練だった。だが、μ社はこともあろうに精鋭部隊のミュースカイを連れてきて防空網をたやすく破り、UAGの町に報復攻撃を加えたのだろう。


「ねえ、ドアを開けてよ父ちゃん。」


しかし奴らの攻撃対象は、あくまでも”広告”でしかない。人間はただ二社の争いに巻き込まれているだけなのだ。二社は基本、人は殺さない。人間は時に効率の良い広告になる。だから大事な”広告材料”を殺すのは非効率なのだ。その気になれば、か弱い子供だって広告汚染人間にすることが出来る。そう、目の前にいる私の一人息子ハルタも、奴らによって・・・


「開けてよ父ちゃん開けてよ、父ちゃんも広告まみれになろうよ。楽しいよ。」

「は・・・ハルタ・・・」


既に全身をびっしりとウジャマダ茶の広告瘢痕アド・ケロイドに侵されているハルタの声はキャブのスピーカーから聞こえてきた。広告構成体ナノマシンを利用してラジオ回線から話しかけているのだろう、だがそれがハルタはすでにこの世のものではないという何よりの証左でもあった。ハルタだけではない、後ろからおそらく街の住人であったものが前からも、横からも、後ろからもこのトラックにぞろぞろと集まっているのだ。


「橋井さん、奴らこのトラックの広告に集まってきてます!!早く逃げましょう!!」

「し、しかし・・・今動いたらハルタに・・・」

「あの子はもうハルタじゃない!広告汚染人間なんだ!橋井さん、早く!!」


トオル君のいう事はよくわかる。わかっていても・・・どうしてもアクセルを踏みだす気にはなれなかった。ハルタはなおも私にゆさぶりをかけてくる。


「父ちゃん、僕に嘘ついたよね。」

「・・・!」

「僕の前で見栄を張るために、喧しいアドトラックの運転手じゃなくて、長距離トラックの運転手なんだって嘘ついて。」

「すまなかった、ハルタ、父ちゃんは確かに嘘をついた、でもな、ハルタ・・・」

「本当に謝る気持ちがあるなら・・・開けてよ。」「そうよあなた、心から謝るなら、態度で示しなさいっていつも言ってるでしょ。」


なんてこった、さか江まで汚染されたのか。ハルタと同じくさか江にも広告瘢痕がむごたらしく浮き上がっている。ハンドルを握る手に冷や汗が流れる。もうこの街の住人で、私以外に生き残っている人間はいないというのか・・・ああ、なんてこった。


「あとは貴方だけなのよぉ。貴方さえこっちへ来ればぁ、皆μ社に入れるのよぉ。」

「開けてよぉ、父ちゃん、一緒に広告汚染されようよぉ・・・」

「開けろ」「開けろ」「開けろ」「開けろ」「開けろ」「開けろ」


住人全員が私に開けろ、の大合唱で私に脅しをかけてくる。


「やめろ、やめてくれ!!」

「父ちゃんが開けてくれたらやめてあげるよぉ」「意地を張らないで早く楽になりなさい、あなたぁ」「またみんなで一緒に暮らそうよぉ」


うぅ・・・ハルタ・・・

精神攻撃に焦燥しきった私はとうとうハンドルから手を放してしまった。弱弱しくドアの取っ手に手をかけようとする私に、すかさずトオル君がばっと飛びついて制止しにかかる。


「だめだ!橋井さん、開けちゃだめだ!!」


ガチャ・・・


しかし、もう遅かった。私はとうとうキャブのドアを開けてしまったのだ。待ってましたとばかりに広告汚染人間たちがドアをしまらないようにがっ、と掴んで運転台に上ってきた。ああ、自分で開けるなと言っておきながら・・・私自身が開けてしまうとは・・・これから私とトオル君は奴らの好き放題にされて、広告汚染されてしまうだろう。私はそれでもかまわないが・・・無関係のトオル君を巻き込んでしまった・・・ごめんよ、トオル君。そう心の中でつぶやいて、私は目を閉じた。




「アヨガン!!」




だが、結局私は広告汚染されずに、トオル君と共にこのひびだらけの廃棄国道を走っている。トオル君が放ったこの一言で、広告汚染人間たちは突然ばたりばたりと倒れてしまったからだ。もちろん、ハルタやさか江も・・・・


「俺はある人から、この言葉と共に魔法の装置、アド・クリーナーの情報をもらったんです。これさえあればこの世の喧しい広告共を消し去ることが出来るんです。橋井さん。良ければ一緒に探しましょう。・・・死んだ息子さんや奥さんのためにも。」


私はトオル君の言うとおりにした。どのみち行く当てもなかったからだ。私は彼と共にあの地獄を潜り抜けたその足で、アド・クリーナーとやらを探しに行く。広告さえなければ・・・こんなことにはならなかったのだから。息子と妻をこんな目にした、この喧しい広告(アド)どもを蹴散らせるなら、何だってする。そう固く誓って、私は、夕暮れの廃棄国道を飛ばすのであった。





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