第3話 アドの大木(みえみえの木)

なぜだろう。みんながさかさまに立って俺を見ている。世界がさかさまになっている・・・いや違う、俺がさかさまなのだ。俺はさかさまになって吊るされていた。

そして、その理由が分かったとたんに俺ははっとした。・・・ここはみえみえの木だ!!


かつて、μ社が開発に失敗して村に押し付け同然で払い下げた植物広告実験体の成れの果て、みえみえの木はがなぜみえみえの木と呼ばれているかはその姿を見ればわかるだろう。特に俺みたいな思春期真っ盛りの男が、あの煽情的な”ボン、キュッ、ボン”のグラマラスな女体を模した幹に発情するなという方が苦痛だった。しかも”みえみえ”なのだ。その・・・いろいろと。


「ね~ェ、お兄さん、顔を必死にそらしてるそこの逆さのお兄さん?・・・あたしが見える?」

「みえない・・・みえないよ!!」

「んもう・・・いけずぅ。本当は見えてるくせに・・・」


ゆらゆら、ざわざわ、ぼゆんぼゆん、がりっがりっ、たゆんたゆん。

よせっ、そんなわざとらしく揺らしたところでお前はただの木だ、ただの木なんだ!


「ふふふ、いつまでそう意地を張れるかしら・・・あらまあ、まで張っちゃって。」


ああ、くそう、だから男は嫌なんだ。こんな状況ーーいやこんな状況だからこそか?ーーになってまで固くしちまうなんて!!


「苦しい?ふふっ、苦しい?・・・意地なんて張らずに、たった一言”見える”っていうだけで楽になれるのにィ・・・」


もし、奴の誘惑に乗って「見える」なんて呟いてもみろ、奴は目ん玉から花粉ナノマシンを送り込んで人間の視覚域を一瞬で支配して、死ぬまで広告しか見えなくされてしまうんだ。俺の前にみえみえの木につるされて、「みえる」と言った男は目をつぶっても視覚を占領する広告に耐えられなくなってすぐに自分で首を吊ったんだ。それが、ツルマ爺さんなんだ!!


「言っちゃえ・・・見えるって、言っちゃえ・・・」

「みえない・・・みえない・・・」


だめだ・・・もう頭に血が上ってまともな思考が出来ない・・・


「トオル!!早く見えるっていえ!!」

「お前が見えるって言わないと、みえみえの木から広告収入がもらえないんだよ、そうなるとあの広告が修理できないんだよ!!」

「ちょっと!!あいつを捕まえたら、分け前の半分やるってあたしに言ったじゃん!!」

「あれはあの看板修理費用から差し引いたうちの、半分をやるって意味だよ。」

「そんな!話が違うじゃん!!」


ああ・・・爺さん、俺あんたの言っていたことが少しわかった気がする・・・こいつら俺の事よりも、広告のことを心配しているんだ、同じ人間よりも、広告の事を・・・こんな世界間違ってる。その通りだよ爺さん・・・


ああ、なんか爺さんとの思い出が急に鮮明になってきた・・・これが走馬灯ってやつなのかな・・・爺さんは村の為に自分からみえみえの木につるされに行ったんだ、その前夜、俺は爺さんに最後の別れを言いに来た。ほらばっかり拭いてたけどなんだかんだで爺さんが好きだった俺は分かれるのが嫌でわんわん泣いたっけ・・・

そん時に爺さんは、俺との餞別代りに二人だけの秘密のおまじないを教えてくれた。

『もしトオルが、これくらい悲しい時、つらい時、困ったとき、苦しい時。この言葉を言うのじゃよ?この言葉は、全てが上手くいくようになるおまじない。お前を助けてくれる、おまじない。その言葉は・・・』


俺はその言葉を思い出した。気づいたら、その言葉を大声で叫んでいた。

それが・・・すべての始まりだった。




「アヨガン(AYOGAN)!!」






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