第26話 水沫の魔女
やっとの思いで辿り着いたのに、湖の
「どうするのよ?」
「ここまで来たら、もう勧誘しなくていいんじゃねーの」
「そうはいかないさ。女王陛下に顔向けができないよ」
「女王陛下も癖が強いと言ってましたし、このまま四人で最果ての地の偵察だけを行い、一時帰還するというのはどうでしょう」
このまま魔王城へ向かっても、中はもぬけの殻で収穫なしで帰ることになるだろう。
もう一度くらいは魔王の手先として登場してもいいと思うけど、それ以上は私の手には負えない。
この辺りでレクソスとエレクシアを結びつける決定的なイベントを起こさないと私のハッピーエンドが訪れかねないから少し焦った方が良いかも。
「でもなぁ」
「分かりました。私が中を見てみましょう」
「はぁ? どうやってよ?」
懐から取り出した小さなコウモリが三人の前ではばたく。
少しでも入れる場所があればアクアバットに任せられるけど、どうだろうか。
「なんだ、このちっこいコウモリ」
「私の使い魔、アクアバットちゃんです」
「使い魔!? あんた、使い魔までいるの!?」
そこまで驚かれるとは思っていなかった。
確かに
あとは規定された時間帯に規定された魔力を込めれば、その魔力に応じた使い魔を召喚できる。
アクアバットは小屋を見回り、入れそうな場所を探し始めた。
「このままだったらオレ達だけで魔王討伐に行くのかよ」
「そうなるだろうね」
「なんであたし達なのかな? 普通に考えて、ただの学生に行かせる!?」
ゲームの仕様だから仕方ないのでは?
それとも私の知らない事情があるのだろうか。
そんなことは言えないので黙って湖に手を浸けていると小屋の中から甲高い絶叫が聞こえた。
うちの子が粗相してないといいのだけれど。
閉ざされた小屋の扉が勢いよく開き、ゆるふわ系の女性が飛び出した。
密閉された家の中に突然コウモリが現れたら確かに驚くか。
「なんで、ダークシー・ウイング様がうちの中にいるのよ!」
私を含め、全員がポカンと口を開けている。彼女は一体なにを言っているのだろうか。
その子は私の可愛いアクアバットちゃんですよ。
「初めまして、ボクはレクソス。王立グランチャリオ魔法学園の生徒です。そのコウモリはボクの仲間の使い魔です」
「ダークシー・ウイング様が使い魔だって!? ふざけんな!」
見た目に反して過激な発言をする"水沫の魔女"が私に詰め寄る。
アクアバットちゃんは今日も自由に私の指に噛みつき、元気に吸血していた。
「このお方はねぇ! かつて勇者様が契約を結び、魔王との戦いでその身を穢された水の精霊王"ダークシー・ウイング"様なんだよ! 使い魔なんて下級生物と一緒にするな! このお方に序列とかないから! あったとしてもぶっちぎりの一位だから! って、血を飲ませてんじゃねーッ! 死にたいのか!」
喚き散らす彼女が落ち着く頃にはアクアバットは私の懐でスヤスヤと眠り始めた。
偉大な生命体の様だけど飲んですぐに寝るなんて、赤ちゃんと一緒みたいで可愛いという感想しか抱かないのだけれど。
彼女の話によるとダークシー・ウイングは勇者と契約を結んだ五大精霊王の一体らしい。
結構な量の血を吸われる日もあるけど、それで私と同じ魔法を扱ってバリエーションまで増やしてくれるなんてラッキーでしかない。
一生の友を得たと言っても過言ではないだろう。
今のところ危害を加える訳でもないし、大丈夫じゃないかしら。
「マジで吸血には気をつけろよ、新人水属性魔法使い。すっからかんにされて骨になるぞ」
「ご忠告感謝します。私もこの子の力を把握し切れていなくて驚かされてばかりです。骨にならないように与える血の量を調整します」
「……で、あんたらは魔王を倒す為にうちらに声をかけて回ってるって訳ね。残念だけど、うちも勘弁。面倒事はゴメンだよ」
煙草でも吸い始めるのではないかと思う程、やさぐれている彼女は見た目とのギャップが大きすぎて脳が混乱しているのが分かる。
「ここまで全敗なんです。なんでも良いのでアドバイスを下さい」
藁にも縋る思いのレクソスを哀れんだのか、"水沫の魔女"は私達に道を示してくれた。
それは「王国へ戻ったら中央図書館へ行け」という指示だった。
「そこにはうちの師匠がいるから好きなことを聞け。うちらよりも勇者と魔王について知ってる。ってか、今、魔王っているんだっけ?」
「「「――えぇ!?」」」
見事にハモった三人を横目に私も声を出しておけばよかったかな、と少し後悔した。
この話題は続けたくないなぁ。
「いや、あれ、今の魔王って何代目だっけ? うちらが学生の頃にはいたけど、どうなったんだっけな……」
「魔王不在とか有り得るのかよ!?」
「しかも何代目とか襲名システムなわけ!?」
「勇者がいないなら、魔王もいないとか?」
どんどんゲームのストーリーから逸脱していく彼らの会話に耐えられなくなった私は、咳払いを一つして会話に割り込んだ。
「とにかく、最果ての地へ行き、魔王が実在するのか確認すればいいでしょう。その後、中央図書館へ向かいましょう」
次の目的地に向かって歩き出した私の後を追おうとする三人を集めた"水沫の魔女"は彼らに耳打ちしているようだ。
残念ながら水の見聞魔法は微小な声も拾ってしまう。
それは、時に聞きたくもなく内容を聞いてしまう諸刃の剣でもあった。
今日もまたその剣が私を傷付ける。
「あんたら、あの女には気をつけな」
そうだ。みんな私に気をつけた方がいいよ。だって私は――
「ご忠告ありがとうございます。でも、ウルティアはボク達の大切な仲間です。彼女がいたからここまで来ることができました。たとえ、魔王に敵わなくてパーティーが解散することになってもウルティアはボクの大切な友人です」
「ボク達でしょ! ほら、さっさと行くわよ」
「あの女がヤバい奴なのは間違いねぇけど、一緒にいて飽きないんだよな」
私の耳は赤いのだろうか。それなら早く冷まさないと。
水属性魔法使いとして熱を帯びているところを見られるのは恥ずかしい。
「ふふん。っといけない、いけない」
無意識下ではまだ顔を出す癖を必死に抑え込み、私は頭から水をかぶった。
「うをぉ!? 急に水を降らすんじゃねーよ!」
「大丈夫か!? 突然どうしたんだ、ウルティア!?」
「えぇー、なにやってんのよ。早く拭きなさいって!」
「……別になんでもないですけど」
レクソス、エレクシア、シュナイズとの日々。
もしかして、これが私のトゥルーエンドなの――?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます