第22話 風紋の魔女

 旅を続ける私達は"風紋ふうもんの魔女"が住むとされる塔を見上げていた。

 彼女に会う為には雲を突き抜ける高さの塔を昇らなくてはならない。

 面倒だから下で待っていようかな、と考えていると隣から自信満々の声が聞こえた。


「オレの魔法で一気に飛ばしてやるよ」

「……あっ」


 言うが早いか私達の身体が浮き上がり、みるみるうちに上昇していく。

 こんなことをする必要はないのだけど空を飛ぶ経験はなかなかできないし、折角だから身を任せよう。

 急いで最果ての地に向かっても、どうせ魔王は不在なのだから多少は道草を食ってもいいだろうし。

 やがて、見えない何かに阻まれてこれ以上の上昇ができなくなった。


「どうなってやがる!」

「どうもこうもない。人の敷地を飛び回る虫を排除するだけ」


 姿は見えず、聞き慣れない声だけが聞こえる。

 見えない風の刃がエレクシアの頭部を掠め、数本の髪が舞う。

 レクソスは剣を握りつつも抜かずに声を張り上げた。


「ボクはレクソス! 王立グランチャリオ魔法学園の生徒で魔王討伐の旅をしています。攻撃をやめて下さい!」


 無情にもレクソスの声は風に流され、次々と風の刃が襲いかかる。

 私にとっても空中戦は初めてであり勝手が分からないけど、とりあえず視覚を頼りにしている彼らを助ける為に雨を降らせることにした。

 これはただの雨だ。回復も防御も攻撃もできないけど、これで風の刃は見えるようになるだろう。


「誰が殴るしか能がない女よ!」


 出現させたビリヤードボールサイズの火球を打ち、風の刃を攻撃しているエレクシアは根に持つタイプなのだろうか。

 まだまだコントロールは甘いけど、私のレインシューターを真似ることができるようにはなっているようだ。

 彼女もまた成長しているようで嬉しくもあり、悲しくもある。


「魔王討伐に手を貸しやがれ、"風紋の魔女"!」

「何故、人の敷地を飛ぶ虫の言うことを聞かなければならない」


 まずは彼女の居場所を特定し、引きずり出してから説得を試みようとしたのだろう。

 レクソスの放つ雷属性攻撃魔法は塔に向かって一直線に進む。しかし、彼女とは相性が悪かった。


「勇者の卵か。大したことはない」


 レクソスの雷撃は彼女の風属性魔法とぶつかり消滅する。

 特殊な雷属性魔法は風属性魔法に弱く、土属性魔法に強い関係にある。つまりこの場ではレクソスは役に立たない。

 その分、頑張っているのがエレクシアだった。火属性魔法はいとも簡単に風の刃をかき消していく。

 効率は悪いと思うけど、魔力切れを気にして戦えている点は賞賛できる。


「シュナイズさん、私を地上に降ろして下さい」


 しばらくぶりに地に足をつけた私は塔の扉を開き、優雅にティーカップを傾ける彼女に頭を下げた。


「はじめまして、"風紋の魔女"。ウルティア・ナーヴウォールと申します。お話を聞いていただけませんか」

「ほんとに水属性魔法使い? 殺意が強すぎる」


 失礼しちゃう。

 殺意なんて抱いているつもりはないのに。面倒だからさっさと話をつけたいだけなのに。

 両手を挙げている無表情な彼女と共に外に出るとレクソス達も降りてきた。


「あの一瞬で塔を制覇して魔女を脅したの!?」

「えげつねぇ。本当にパーティーの回復役とは思えないぜ」


 回復役に徹したつもりはないし、えげつないことをしているつもりもない。

 私の周囲には失礼な人しかいないのか。

 "風紋の魔女"に事情を説明すると旅の同行は快諾してくれたけど、彼女の口から出た言葉は残酷なものだった。


「一緒に行くから、君がこの塔に残って」

「……は?」


 この塔は風属性魔法使いが常駐することで自然現象の均衡を保っている。

 彼女がここから去ると異常気象が止まらなくなってしまうのだ。

 ゲームでは彼女の魔力だけを置いて行った筈だけど、今回はどうだろうか。


「よろしく」

「ちょっと待てよ! そんな話聞いてねぇぞ!」

「なら行けない。選択肢は二つしかない」

「貴女の魔力だけを置いて行くことはできないのですか?」


 別にシュナイズと入れ替えれば良いだけの話だけど、気づくと口が動いていた。

 第三の選択肢を与えた私を睨みつける彼女の髪が逆巻く。


「これだから水の魔法使いは嫌い。わたしは何百年もここに閉じ込められてる。そろそろ代わって欲しい」


 見た目は十代だけど、実年齢は何歳なのだろうか。

 私はそんな設定は知らない。もしかすると攻略本や設定集には書かれていたのかも。

 面倒な話になってきたのでレクソスに耳打ちして早々に話を切り上げて立ち去るように提案したけど、彼は諦めなかった。


「何か方法がある筈だ。ボクは彼女を救いたい」

「私達の目的は魔王討伐であって、"風紋の魔女"の解放ではありません。ですが、シュナイズさんを置いていき、パーティーを入れ替えるのであれば文句はありません」

「ちょっと、ウルティア! なんでそんな酷いことが言えるのよ!」

「では、彼女を諦めて四人目の魔女の元へ向かいましょう。いつ魔物が王国を襲ってくるか分かりませんし」


 魔王は不在でも魔物達は生き続けている。

 根本的な解決を目指すのであれば魔物が生まれる場所を特定し、できることなら破壊することが得策だろう。

 まぁ、そこまでやるつもりはないけど。

 とにかく早くこの話を終えたかった。


「レクソスが考えるって言ってるのよ!」

「レクソスさん一人に責任を負わせる気ですか? この決定は私達全員の責任です。シュナイズさんはどうしたいですか?」

「……オレはお前らと行きてぇ。こんな所で待ちぼうけなんてやってられるかよ。オレもお前らと一緒に強くなって、一緒に戦うんだよ!」

「と、いうことですが……」


 レクソスはしっかりと頷き、"風紋の魔女"へ頭を下げた。

 彼女は何事もなかったかのように無表情のまま、手をひらひらと動かし始める。


「期待してないから別にいいよ。でも人の家に土足で入るような真似と、選択を誤るようなことはしない方が良いと思う。今みたいにみんなで話し合って決めて」


 最後に向けられた意味深な視線が気になるけど、三人目の魔女勧誘にも失敗した私達は次の目的地に向かって歩き出す。


「魔王に会ったらよろしく。ま、会えたらの話だけど」


 これまた意味深なことを呟く彼女は静かに塔の中に戻って行った。


 それにしても私はシュナイズをどうしかったのだろうか。

 今はリーゼに聞けないから、悶々とする日々を過ごすことになってしまった。

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