第5話 両手に花なんて良いものじゃない
ウンディクラン寮を出て、教科書を片手に教室へと向かう。
今日も周囲からの視線は痛々しいが構わずに一番後ろの席を陣取った。
この学園の授業は基本的につまらない。そんなことをわざわざ説明するのか、と文句を言いたくなるような話が延々と続いて授業が終わるのだ。
私は教員が必死に解説している内容を十歳までに理解したからそう感じるのかもしれない。
座学は自主学習にすればいいと思う。そうすれば実技だけの授業になってきっと楽しいのに。
入学後しばらくして行われた学力テストではなんと一位だった。満点を取るつもりも学年一位を取るつもりもなかったのだが取れてしまったものは仕方ない。
それからクラスメイトの私への関わり方が少し変わったような気がする。
ぼっちから勉強のできるぼっちへ格上げされ、座学に関しての質問をされるようになった。
特に悪い気はしないので何でも答えていたら次は教員達からの風当たりが強くなった。
人生って上手くいかないんだな、と常々感じていたりする。
授業を終えてウンディクラン寮に戻る途中、ゲームの主人公で勇者候補生の少年、レクソスと偶然居合わせた。
「やぁ、ウルティア」
今日もそこそこのむくみ具合を維持する私にも分け隔て無く話しかける変人であり、私を名前で呼ぶ数少ない同級生の一人だ。
そして、なによりこのイケメン主人公は人との距離感の掴み方が異様に上手い。
「レクソスさん、私に何かご用ですか?」
「特に用はないよ。見かけたから声をかけただけさ。そういえば鼻を鳴らす癖は直ったのかな?」
「……えぇ、まぁ」
「特徴的な癖だから目立つからね」
癖のことは触れないで欲しいけど、ここで出会えたことは好都合だ。
このまま誘導してメインヒロインと接触させてしまおう。
ウンディクラン寮に向かう振りをしつつ、遠回りして隣接するサラマリオス寮の方へ向かう道中、次なる防壁が私の行く手を阻んだ。
「よぉ」
いま一番会いたくない人物が私達の前に立っている。
やめろ、やめろ。学園内で私に接触するな。
そんな想いは届かず、彼は挑発的な笑みをレクソスに向けた。
「こいつは俺と約束がある。悪いが付き添いはここまでだ」
「そっか。じゃあね、ウルティア。また明日」
腕を組んだ私は壁に体を預けて彼を睨み付ける。「学園では好きなようにさせてもらうからね」って言ったよね。
目の前で尊大な態度を取る彼の名はデュゥ・クワイタス。この学園の地属性魔法使いが入寮するノームレス寮に属し、私を名前で呼ぶ数少ない同級生の一人だ。
そして、自称魔王である。
更に補足すると私の幼馴染である。ちなみに私は彼をデュークという愛称で呼んでいる。
「イービル・ファンデーションの乗りが良くない。今すぐに直せ」
お気に入りのメイク魔法に禍々しい名前をつけないで欲しい。
そして乗りが良くないのは仕方のないことだと理解して欲しい。
土属性魔法は水属性魔法に優位な関係だから乗りが悪くて当然なのだ。それでも維持できているのだから、褒めてくれてもバチは当たらないと思うけれど。
彼は自分の顔を使い捨てパックでも外すかのようにめくり取る。
あぁ……自信作だったのに。
パックの下からは彼の本当の顔が現れた。
その顔は先程まで私の隣を歩いていた主人公かつ勇者候補生のレクソスと瓜二つで双子と言われても疑問を抱かないほどである。
おそらくネタバレだけど、勇者候補生のレクソスと自称魔王のデュゥ・クワイタスは兄弟だと思う。
実際にプレイしていたときの私は大層驚いたけど、この事実についての詳細はゲームの終盤にも明確に語られなかった。
しかし、一度ゲームをクリアしている今の私は別に驚くことなく受け入れ、彼の顔面偽装に手を貸しているというわけだ。
自称魔王というのは彼曰く、まだ魔王ではないらしい。
現在、この世界の魔王は不在らしいけど。
じゃあ、私が攻撃した魔王は誰で一体どこに消えてしまったのか。
そんな話はゲームになかった筈だけど、特に気に留めることなく私は彼の顔面を元に戻した。
「両親は元気か?」
とても魔王の口から飛び出す言葉とは思えない。
これが今のウルティア・ナーヴウォールと彼との関係なのだ。
「えぇ、おかげさまで。デュークの入学も喜んでいたから、いつでも顔を見せに来てあげて」
「そうしよう。だが、今の俺達の顔を見たら驚くだろうな」
確かにそうだ。
私達は全くの別人なのだから帰省するときはメイク魔法を解除することを忘れないでおこう。
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