第5話 秘密

 離婚を切り出されてから数日後、Aさんは冷蔵庫のお茶に睡眠薬を入れた。

 旦那が風呂上りに飲むとわかっていたからだ。

 夜中、AさんはBさんの部屋に行った。

 そして、腕に何本か注射をした。

 この人は、もう起き上がれないだろう・・・。Aさんは嬉しくなった。


 ◇◇◇


 次の朝、Aさんは旦那を放って会社に出かけた。

 玄関に靴があったけど、朝は声を掛けないのが普通だったからだ。


 夕方家に帰ると、Bさんの靴がそのままだった。

「パパいる!」

 長男は喜んだ。

 そして、玄関から走って部屋に入っていった。


「パパ!どうして寝てるの?」


 AさんはBさんに声を掛けた。

「具合でも悪いんですか?」

「ああ、ちょっと起きれなくて・・・今、何時?」

「7時半です」

「あ、、、1日寝ちゃったのか・・・まずいな」

「お腹空かない?何か食べる?」

 AさんはBさんが起き上がれないのを知っていたから尋ねた。

「うん。すごい腹が減ってて・・・その前に、トイレに行きたいんだけど・・・さっきからずっと我慢してて」

 AさんはBさんに肩を貸して、トイレまで連れて行った。

「急にどうしたのかしらね・・・・」

「すごくだるくて・・・ずっとめまいがするんだよ」

「そう。ゆっくり休んでくださいね」

「うん・・・明日も会社行ける気がしない」

 旦那は弱気になって、いつもより多弁になった。


「Bさん、ずっと忙しかったから・・・体調を崩しちゃったんじゃない?夕飯、どんなものがいい?」

「そうだな・・・カップ麺」

「わかった。待ってて」


 Aさんは嬉しかった。旦那が家にいること。自分を必要としていることが。

 長男はBさんの部屋の床に座って動かなかった。


「僕。ここでご飯食べる!」

「じゃあ、こっちに持って来ようか?」

「うん!パパ。大丈夫?一緒に食べよう」と、息子。

「うん。大丈夫だよ」父は頑張って笑顔で答えた。

 まるで、初めて家族になったみたいだった。


 Aさんは、カップ麺の中にも睡眠薬を入れた。

 これで夜はぐっすり眠れる。Aさんはカップラーメンを箸ですくって夫に食べさせた。


 そして、夜中に旦那の部屋に行き、昨日と同じ注射を打った。

 旦那は翌朝も起きれない。

 その次の日も、その次の日も。同じことを繰り返した。

 Bさんは体調不良で欠勤が続いた。


「病院行こうかな・・・」

「じゃあ、往診の先生に来てもらいましょう」

 Aさんは近所にある、Googleの口コミ☆1つの病院に問い合わせる。

「ちょっとうつ病みたいなんですけど・・・往診をお願いできないでしょうか」


 すると、ほどなくして、インターホンが鳴った。

 ぱっと見は普通に見える、50くらいのお医者さんがやって来た。


「うつ病の症状ですね」

 その人は言った。そこの病院は、1名でできるだけ多くの診療科を標榜していたところだった。そして、うつ病の治療薬の処方箋を書いてくれた。Aさんはほっとした。Bさんは頭が朦朧としているから、素直に受け入れていた。そして、お医者さんから診断書を書いてもらうと、会社に連絡して、休職することになった。


 Bさんは、もはや起き上がることもできず、介護が必要な状態になってしまった。トイレに行けないのでオムツ。Aさんは献身的に介護をした。体を拭き、オムツを交換して、お尻を拭く。性処理もしてあげた。AさんはBさんを独占できて、毎日が充実していて楽しかった。


 子どもたちは、寝たきりでもお父さんが家にいて嬉しいと言って、毎晩、寝るまでBさんのベッドの側で遊んでいた。Bさんは次第に、一生懸命面倒を見てくれるAさんを信頼するようになっていった。子どもたちもかわいい。自分は何て幸せ者なんだろうか・・・。外で浮気なんかして馬鹿だったと反省するようにまでなった。


 Bさんは、会社から電話が来たら出られるようにと、妻にスマホのパスコードを教えて対応してもらうようになっていた。Aさんは、夫に届くLineをチェックして、元カノからメッセージが来ても既読スルーして返事をしなかった。すると、しばらくして『もう中絶しました』という独り言が送られてきた。

『よし!』と、Aさんはガッツポーズをした。

 

 もう、Aさんは私たちのもの・・・。


 Bさんの容態は改善せず、仕事を辞めなくてはならなくなった。

 一家の稼ぎ手はAさんだけだった。

 Aさんは何から何までやらなくてはいけなかった。子どもの送迎。旦那の介護。Aさんはそれでもいいから、旦那を誰にも取られたくなかった。


 3年経ったある日、Aさんは過労で倒れてしまった。


 会社で倒れて、そのまま救急車で運ばれて入院することになった・・・旦那に薬を飲ませないと、正気に戻ってしまう。Aさんは焦ったが、さすがに病院を抜け出すことはできない。


「主人が寝たきりなので・・・今すぐ帰らないと」

 Aさんは訴えたが、母親が許さなかった。

「じゃあ、私が変わりに薬を飲ませに行くから」

「私じゃないと駄目なの!」

 Aさんは泣き喚いた。その姿は周りから見ても異常だった。

 でも、主治医も無理だと言って止めるので、最終的には観念した。

 もう、終わりかもしれない・・・。Aさんは覚悟した。

 

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