第100話 Origin Fearer Ⅳ

「爺、何があったのか、教えてもらえるわよね?」


「当方にはお答えする事は出来ません」


「そう、何も教えてくれないのね……。じゃあ、アタシが話しをするわ」


ごくんっ


「爺、アナタが「輝龍」だったのね?」


「はぁ……。いつから、気付いておられたのです?」


「確信したのは、さっきの爺の手当てをした時よ。爺のお腹の左側から背中に至る傷。あの時、アタシが刺し貫いた「輝龍」と同じ位置にある傷だったんだもの」


「成長されましたな、お嬢様」


「やっぱり爺が?」


「当方は友と約束致しました。お嬢様の「面倒を見る」と。だからこれまでこのお屋敷にいさせて頂きました。そして、お嬢様は当方が探していたお方で間違い御座いませんでした。だから、結果としてお嬢様の一撃をこの身に受けた事を後悔は致しておりません」


「約束?」


「左様で御座います。旦那様と奥様とのお約束で御座。います」


「父様と母様との……約束」


「お嬢様、近い内に必ずこの星に再び「虚無の禍殃アンノウン」がやって参ります。当方は……、輝龍としての当方のお役目は、その「虚無の禍殃アンノウン」を止める事にあります。——止めなければならないのです」


虚無の禍殃アンノウン……」


「ですが当方はそのお役目を負っておきながら、以前起きた「虚無の禍殃アンノウン」を止めるコトが叶いませんでした。……そればかりか、力ある者をついに発見する事も出来ず、それは地球とテルースに住まう大勢おおぜいの生命をいたずらにむしばまれる結果を齎す事に……」


「爺……」


「だから、今度こそ、必ずあの「虚無の禍殃アンノウン」を止めなければなりません」


 少女は黙って見て見ぬフリをする事も出来たが、そうしないコトにした。白黒ハッキリさせたかったのもあるが、その「輝龍」が爺であれば尚更、今まで培ってきた関係が壊れるのを防ぎたかったからだ。

 だから見て見ぬフリが出来るワケもなく、少女は問い詰めるようなコトをするしか選択肢を選べなかった。



 そんな少女の思いを知ってか知らずか分からないが、爺はその身に宿る後悔を少女に対して話し始めていった。




 それは、名も無き1つの生命体として生を受けた。最初のそれは決して生命体とは言えない、たった1人の男が生み出した1つの想像や妄想、妄念とも言えるナニカだった。


 だが、そんな1人の男が生み出した「ソレ」は、地球上で起きた大戦期の混乱を経るコトで明確な存在となる。人々の負の感情の影響を一身に受け、急速に且つ密かに実体化して凶悪なまでに貪欲に具現化していった。




 「ソレ」は人々の恐怖をかてとした。絶望を栄養にした。

 涙や怨嗟えんさを一心不乱に食べた。怒りや悲しみを食料として肥えた。


 ありとあらゆる負の感情を吸収し、本来ならば数十年から数百年の年月を掛けてゆっくりとその身を成長させるハズが、僅か数年で肥大化ひだいかさせてしまったのだ。


 当時の地球はそれ程までに負の感情が溢れ返っており、それが原因だったと言える。



 そうやって成長した「ソレ」は、並行世界にあった惑星「テルース」にアタリを付けたのだ。



 「ソレ」は貪欲にエサとして吸収出来るモノを探した。肥大化させ過ぎた身体は地球上の負の感情だけでは足りず、その身を満たしてくれる新たなエサを求めていたからだ。

 そして、新たなエサである「マナ」を見付けた。



 だが地球にはマナは存在していない。拠って「ソレ」は更なる力を求める為に並行世界という「境界」を越え、テルースというマナが溢れる惑星を捕食しようと考えたのだった。



 だが、その試みは失敗に終わった。テルースが虚無の禍殃アンノウンから護る為に産み出した、抑止力である「惑星ほし御子みこ」の力に拠って。しかし「ソレ」は諦めが悪かった。

 言い換えるならば諦めるコトを知らなかった。



 地球という惑星に住まう1人の人間が産み出した妄念を事の発端にして、恐怖や絶望といった負の感情に拠って力を蓄えた「ソレ」は、「惑星ほし御子みこ」の力を以ってしても完全に消滅させるコトは出来なかった。


 拠ってまんまと逃げ果せた「ソレ」はテルースに深く根を下ろし、マナを吸い上げて急速に力を取り戻し、以前よりも強大になっていった。




 マナという新しいエサを得てから、早い段階で「ソレ」の力は臨界に達した。よって「ソレ」は再び新たなエサを欲した結果、自身の事を産み出した地球と、現状に於ける棲家であるテルースを結ぶ「パス」を、マナ由来の力で繋いく事にしたのだ。


 マナ由来の力であるから本来であればそれは魔術に該当するだろうが、それはもう既に「魔術」と呼べるモノですらない。その魔術は「魔法」と呼べる域にまでに達していた。

 それは、凝縮され景色を歪ませる程にまで濃密に肥大化した、魔力の塊だった。




 一方でその事に気付いた「惑星ほし御子みこ」は、「ソレ」に対して再び抑止力になるべく闘いを挑んだ。だが、「ソレ」が作り上げた「魔法」に対し、「惑星ほし御子みこ」は抑止力となれずに、朽ち果てるしか出来なかった。



 闘いに破れたとは言っても、「惑星ほし御子みこ」もタダではやられなかった。拠ってその身が朽ち果てていく最中に、「ソレ」に対してくさびを放っていた。

 そしてその楔は「ソレ」の成長を止める抑止力として働き、再び「魔法」が発動するまでの時間を稼ぐ事には成功していた。


 だが、それが精一杯の出来る事であり、地球とテルースを結ぶパスを外すコトは不可能だった。




 こうして地球側は知らない内に……、テルース側はという状況で、「ソレ」に因る準備はもう既に整っていた。

 だからこそ、来るべくして来る事アンノウンはもう確定事項だった。



 だが「来るべくして来る事アンノウン」が確定事項だとしても、「惑星ほし御子みこ」の力があれば防ぐ事は出来るかもしれない。

 だがその生命はもう既にない為に、輝龍は新たな「惑星ほし御子みこ」を探さなければならなくなっていた。



 楔が刺さっていると言っても、それがいつまで保つかは分からない。だから時間に猶予はなかった。

 輝龍は刻一刻と迫って来ているその時に向けて、焦りながら捜索したがなかなか見付ける事は出来ずに難航していた。



 しかしながら、時間のない中で探した結果、見付かったとしても力を使えなければ意味は無い。

 例え行使出来たとしても弱ければ意味を為さない。それは躯が1つ増える事と何1つ変わらない。



 それでも輝龍は必死に探し回った。そして見付からないまま時は無情にも流れ、遂に楔は強大な力を留めておくコトが無理な状態になった。こうして楔は弾けて砕け散った。

 僅かに残っていた残滓でさえも、引き抜かれてしまった




 こうして、来るべくして虚無の禍殃アンノウンは来た。起きるべくして起きてしまったのだった。




 結果として輝龍アールジュナーガ・ウィステリアルは、2つの惑星が融合するという悲劇を、惨劇を止める事が出来無かった。



 そしてその惨劇の後に、「ソレ」は眠りに付いた。だが、虚無の禍殃アンノウンから始まるその後の戦乱も含めて、犠牲者は数十億にも上る。

 その犠牲になった者達は既に、「ソレ」のエサとなってしまっている。


 更には今もテルースに根を下ろし続けている「ソレ」は眠りに付きながらも強欲にマナを吸い上げ、貪欲に惑星上の人々の負の感情を吸い上げて力を蓄えている。



「再び「ソレ」が目を醒ますまでの猶予ゆうよは、残念ながら残されておりません」


「事情は理解したわ。この星がこうなった理由はそれだったのね」

「——でも、そうしたらアタシは、「ソレ」を倒せばいいのよね?もしも「ソレ」を倒したら、世界は元に戻るの?融合した2つの世界は元に戻るのかしら?」


「それは、当方にも分かりません。当方が分かる事はただ1つだけで御座います」

「——虚無の禍殃アンノウンの「先触れ」だけで御座います」


「そう、分かったわ。まあでも、そうなったらそうなったで、後は各自、この星に住まう人々に判断は任せる事にするわ!「惑星ほし御子みこ」は飽くまでも抑止力なんでしょ?だったら2つの惑星が戻ろうとしてバラバラになろうと知ったこっちゃないわ。面倒見切れないモノね」

「ま、実際にそうなったら「魔法」なんだから、誰にも止められないと思うけど」


「ははは、まったくもってその通りで御座いますな」


「まぁそれに、惑星そのものを捕食しようとしてるんでしょ?そんなスケールがデカい話しなんだから、それを止めるのだって一苦労じゃないッ!その上で星に住まう全ての人の面倒まで見てられますかっての!」

「だから、アタシは「ソレ」を倒すコトに専念するわ!ううん、絶対に倒さなきゃいけない。その後に何が起きようとも……ね」


 少女の瞳に宿る意志を、爺はとても強く感じ取っていた。


 更に付け加えるならば、その意志の強さはかつて、泥にまみれながらも闘い抜いた、少女の父親の面影を密かに落としていた。



「友よ、当方は幸せ者だ。今度こそは、当方の使命を全う出来るかも知れないのだから」

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