第99話 Origin Fearer Ⅲ

「あーあ、結局、キリクとあんまり話せなかったなぁ……。でも、アタシ/// にへっ。遂に大人の階段を……むふふ」

「うふふふむふふふふ。でぇへへへへへへ」


 これは少女の病室からの帰り道のコト。少女は自分がしたコトに対して、今となってはあまり後悔はしていなかった。

 だが、あまり話せなかった事に関しては後悔していた。しかし一方で、キリクとのキスは顔を綻ばせるどころか蕩けさせており、あまりにも糖度が高そうなその表情は、擦れ違う病院のスタッフや患者達にある意味で恐怖心トラウマを植え付けていった。



-・-・-・-・-・-・-



「さてと、アタシはもう帰るわね。最後にキリク!貴方の刀はアタシが回収してちゃんと保管しているから、安心して。流石にハイパーバズーカは見付けられなかったけれど……」


「……」


「それと、キリクはアタシに「自分は負けず嫌いだ」って言ってたわよね?それだったら、その「負けず嫌い」で、そんな怪我なんて早く克服しなさいよねッ!……そんな落ち込んでるキリクなんて、アタシは見たくもないし、アタシが好きなキリクじゃないんだからッ!」


「……ッ!?」


「刀が振るえなくたって、父様から教わった「型」は全ての武器に精通してるいるわ。武器は刀だけじゃないでしょ?それに父様からキリクもハンターの心得を教わったでしょ?それだけは絶対に忘れないで」

「——だから、自暴自棄になったり生命を粗末には絶対にしないで。アタシはキリクが生きていてくれたコトが、ホントにホントにホントーーーにッ嬉しいんだからッ!」


 少女はキリクを励ますつもりで次々に言の葉を紡いでいった。それはさっきまで言いたくても言えず、旅立っていった内容だった。

 でも、恥ずかしさのせいか、今日はどこかちょっとツンツンだったと言えるかもしれない。


 ちなみに去り際に言の葉を紡いだ時の少女の表情はとても悲しそうだったが、その表情をキリクには見せずに少女は立ち去っていった。



 一方のキリクは、遣る瀬無い気持ちで一杯だった。そして姿を見る事が叶わない少女の、遠ざかっていく足音だけを聞いていた。




「なぁ、リュウカだっけ?助けてくれて、ありがとうな」


「うん。リュウカはリュウカ。ところで、それ、食べていいか?」


「あぁ。オレは見ての通り食べれないからな」


「腕、痛い?」


「そうだな。でも今は心が痛い」


「心痛い?医者呼ぶ?」


「あはは。そうじゃないよ。ほら、食べるなら食べな」


「もらう。ありがと」


ぴりっ


「んッ!?んんッ!!んんんーーーッ!!」


「ん?どうした?ノドにでも詰まらせたか?」


「う、旨し」


 キリクは窓から見える空を見ていた。少女が病室に来た時からもう既に2時間近く経っていた。

 淡く青い色の空に浮かぶ白色は、オレンジ色と混ざり合って灰色の影をその身に落としている。陽はだいぶかたむいて来ているようだ。

 あと1時間もしないうちにマジックアワーが訪れるだろう。



「ところで、リュウカは帰らないのか?もう夕方になるぞ?」


「リュウカ、キリクの面倒見る。それに、リュウカ、帰る家もう無い。だから、ここにいる」


「そっか……」




 セブンティーンは低いエグゾーストを奏でながら道路との境界にある門を潜り抜け、敷地の中へと入っていく。そして、少女は玄関先でセブンティーンを降りると、扉を開け屋敷の中に入っていった。



がちゃり


「あれ?今日も?」


てってってってっ


「あるじさま、おかえりー」


「今日はレミがお出迎え?爺とサラは?」


「お帰りなさいませ、マスター。遅くなりました」


「あぁ良かった。サラ、レミ、ただいま。ところで爺は?出掛けてるの?」


「執事長は、昼過ぎ以降、部屋から出て来られてません」 / 「お爺の部屋をノックしても返事がないよ?」


「えっ?!……分かったわ、ありがとう2人とも」


「それでは、これからお食事のご用意をして参りますので、何かありましたらお申し付け下さい」 / 「レミもお手伝いするー」


てってってってっ


「爺、どうしたのかしら?こんな事って今まで無かったわよね……ちょっと様子を見にいった方が良さそうね」


 少女は爺の事が急に心配になっていた。そしてその足は気付くと爺の部屋へと向かって駆け出していた。

 どうにも背中が

 そんな悪い予感がしていた。



こんこんこんッ


「爺、入るわよ!」


がちゃ


「ッ!?うそ……でしょ?爺、爺ッ!しっかりしてッ!えっ?血?」


「うっ」


「爺ッ、しっかりして爺ッ!大丈夫、爺ッ!!」


てってってってっ


「あるじさま?どうしたの?大きな声したけど?」


「レミ!来ちゃダメッ!」


びくぅっ


「レミ、そこから入ってこないで。そして、救急しッ?!」


「なりません、お嬢様」


「爺!意識が戻ったのね?直ぐに救急車を呼ぶから、待ってて」


「なりません、お嬢様ッ!」


「でも、そのケガ!血も出てるじゃない!」


「当方は大丈夫です。ご心配かけて申し訳御座いません」


「わ、分かったわ。救急車は呼ばない。レミ、お湯を沸かして持ってきてもらえるかしら?あと、救急箱もお願い」


「分かった、あるじさま」


てってってってっ


「爺、本当に大丈夫?レミが持ってきてくれるまでじっとしてて。でも良かった。本当に良かった。うっうっ……」


「お嬢様……」


 少女は意識を失い腹から血を流して倒れていた爺の姿に取り乱さずにはいられなかった。だが生きている事が分かると大粒の涙が盛大に頬を濡らしていく。

 その涙は頬を伝わり爺の顔へと滴り落ちていった。


 爺は少し微笑んだ表情で、止まる事のない少女の涙を拭っていた。




「みっともない姿を見せてしまい、申し訳御座いません、お嬢様」


ちゃきッ

しゅっしゅっしゅっ

ちゃきッ

きゅッ


「爺、大丈夫?簡単にだけど処置は終わったから、あとはベッドでゆっくり休んで」


「ですが、うっ」


「ダメよ、爺。ちゃんと身体を休めて」


 レミは言われた通りタライに入ったお湯と救急箱を持って来てくれた。ちょっと足元がモタついていて危なっかしかったが、それでも頑張って持って来た。


 少女はレミが持って来てくれたモノを使って、爺の傷口の処置を慣れた手付きで行っていった。だが、処置を進める内に少女は爺の腹の傷口を見て驚きを隠し切れなかった。


 そして、爺は少女の様子から観念したような表情になっていた。

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