第91話 Faraway Storyteller Ⅲ

バラバラバラバラッ


たったったったったったったったっ


「クリス大変」


「おっ?リュウカ殿、そんなに慌ててどうしたのだ?」


「クリス大変、クリス大変だ。大きな空飛ぶ魔獣が攻めて来た」


「なっ?!魔獣?本当か?」


「本当。魚取ってたら大きな音を立てて、大きな魔獣来た」


「大丈夫だ、リュウカ殿。此の身はハンターだ。そんな魔獣、此の身が追い払ってやる!」


大丈夫だいじょばない。相手大きい。クリス死んじゃう。リュウカ悲しい」


ぽんぽん


「大丈夫だ、リュウカ殿。此の身は負けない!ところで魔獣が来たのはどこら辺だ?」


「ここから北の浜辺」


「分かったそれじゃあ、魔獣退治に行ってくる。そうしたら今日はご馳走だ!」


「クリス、死んじゃダメ」


「大丈夫だ!いざ、参る!魔獣め、此の身が討伐してくれるッ!」


「へぇ?アタシが魔獣に見えるの?クリス、?」


「えっ?あっ?アルレ殿?」


 リュウカは大型ヘリコプターなど見た事もなかった。だから魔獣と勘違いしただけだった。そして、クリスはその存在に気付いていなかった。

 拠って、タイミングよく名乗りを上げて小屋を飛び出そうとした矢先に、ブーツで先駆けて小屋の手前までやって来た少女と鉢合わせしたのである。

 そして、その名乗りは少女に向かって言ったように見えるのは当然の事だ。




「貴女がキリクを助けてくれたのね?ありがとう。本当にありがとう」


「泣いてる?どこか痛い?」


「ううん、違うのよ。貴女に感謝をしてるから涙が出ただけよ」


「感謝をすると泣くの?じゃあ、クリスも感謝してる?」


「クリス?ああ、あれはただ痛くて泣いてるだけよ。気にしちゃダメよッ」


「分かった、気にしない」


「りゅ、リュウカ殿……おるるるるる」


「ところであの人、キリク名前?キリク大事な人?」


「えぇ、そうよ。もう2度と会えないと思ってたアタシの大事な人よ」


 少女はリュウカの手を取って、涙ながらに感謝を伝えていた。リュウカは少し戸惑った様子だったが、少女の気持ちがなんとなくだが理解出来た気がしていた。

 そしてクリスの事は放置される事になった。



 少女はワダツミから医師達やサポーターがこの小屋に到着するまでに、リュウカと話しをしておきたかった。

 それは、クリスがマムに言っていた内容が気になったからだ。



「島の住人が1人いる」


 クリスはマムに確かにそう言っていた。だから少女は上空からこの島にいる住人をデバイスで調べたのだが、光点を確認出来たのは確かにこの小屋だけだった。


 もしも、キリクとクリスを連れて神奈川国に帰れば、この島に取り残された目の前の女の子はどうなるのだろう。

 だから少女はリュウカに提案しようと考えた上で先行したのである。



「えっと、名前はリュウカであってるかしら?」


「そう。リュウカはリュウカ」


「ありがと、リュウカ。ところで1つ提案があるんだけど、いいかしら?」


「ていあん?何のコト?」


「ねぇ、リュウカ、アタシ達と一緒に来ない?この島で1人で暮らすより、アタシ達と一緒にアタシの国においでよッ!キリクを助けてくれたせめてものお礼がしたいの!」


「リュウカも一緒?でもこの島、父さん眠ってる。1人寂しい。リュウカいなくなる、父さん寂しい」


「リュウカ……」


きゅっ


「どうした?急に抱きつく、リュウカ苦しい」


「アタシもね、リュウカと同じで、父様がもういないの。随分前に亡くなってしまったの。でもね、その時は凄く辛くて、凄く悲しくて、死にたいって考えた事もあったわ。ご飯が喉を通らなくて、全てに無気力になってたわ。もう何もかもどうでも良くなっちゃってたの」


「……」


「だけど……そんなアタシを助けてくれたのはキリクだった。キリクが支えてくれたから、アタシは今も生きていられるのよ」


「キリク大事な人?」


「えぇ、そうよ。アタシはキリクが凄く大事。アタシはキリクを失いたくない。そして、そんなキリクを助けてくれたリュウカも同じくらい大切なの」


「キリク帰る。リュウカ1人。リュウカ大切に思ってくれる、嬉しい……。でもリュウカ一緒に行く、凄く悩む」


「この島は今までのリュウカの人生そのものだから、ここを離れるのは、お父さんとの思い出を失うって考えているの?」


「それもある。でも、リュウカいなくなる、父さん1人寂しい。それ凄く心配」


「リュウカはお父さんが大好きなのね?」


「リュウカ家族父さん1人。父さん、リュウカ守ってくれた。だからリュウカ、父さん守る。思い出大事、父さん大事」


「そうね、リュウカにとってお父さんは忘れられないわよね。アタシも父様は何年経っても忘れられないもの……。だけどね、リュウカ。リュウカのお父さんはリュウカのコトを守る為にここで一生懸命生きて来たんでしょ?」


「うん」


「そんな素晴らしいお父さんが、リュウカが1人ぼっちになって喜ぶと思う?お父さんが寂しいからって、リュウカまで寂しくなるのを喜ぶと思う?」


「父さん、喜ばない?」


「リュウカがお父さんの事を忘れなければ、いつまで経ってもリュウカの中にお父さんはいるのよ。だからお父さんは寂しくなんかないわ。それにね、自分の子供が1人ぼっちで生きていく事をお父さんは望まないと思うの」


「リュウカ1人、父さん喜ばない?」


「子供の幸せを望まない親はいないわ。だから、アタシがリュウカにお礼をさせて」


「リュウカ一緒に行く、迷惑掛からない?」


「そんなコトないわ」


「ホント?」


「えぇ、ホントよ!」


「分かった、一緒に行く。父さん、リュウカの中で一緒。父さん喜ぶ一緒に行く」


「ありがとう、リュウカ……」


「抱きしめる強い、リュウカ苦しい」


 リュウカは少女の腕の中にずっと抱きしめられたままだった。それはとても強い力でリュウカは少しだけ苦しいと感じながらも、そこには確かな温もりが感じられた。

 それはリュウカが1人になってから、ずっと感じられなかった温もりだった。


 そんなリュウカの頬に涙が一筋流れていった。ちなみにどうでもいい話しだが、クリスは1人しくしくと泣きながら床にずっと突っ伏していた。




 キリクの輸送は非常に慎重に行われるコトになった。


 医師達が小屋に到着すると、当然の事ながら小屋はギュウギュウ詰めになった。そこで医師、看護師ら数人を残して小屋から全員が追い出される事になるのは当然の成り行きだった。



 医師は触診に続き、持って来た医療用キットでキリクの現状を確認していく。

 そしてその結果、様々な事が判明した。



 先ずキリクは両腕と左脚を複雑骨折していた。また、身体中至るところの骨にヒビや骨折が発見され、折れた骨が複数の臓器を損傷させていた。

 拠って早急に手術が必要な状態だったのである。まさしく生きているのが不思議な状態と言えるだろう。



 しかしキリクを運ぼうにも、ワダツミを着陸させた場所までは多少距離があった。だからそこまで運ぶのはリスクが大きい。

 拠って、キリクの負担を最小限にするべくワダツミを小屋に対して出来るだけ近付け、少女とクリスが担架ストレッチャーに乗せたキリクを、揺らさないように空中でワダツミに乗せる作戦になった。


 慎重を期してキリクをワダツミに乗せた後で再びワダツミは着陸し、リュウカも含めた全員がそこから搭乗していく。

 斯くして全員乗せ終えたワダツミは高度を取り、神奈川国へと向けて飛び立って行ったのである。


 こうして、島は無人島になった。




 空は青く澄んでいて、気持ちのいい風が吹いている。ワダツミはその風に逆行する形で飛んでいるが、機体は揺れる事なくとても安定していた。


 これからまた、まるっと1日近く空の旅となる。帰る途中でエサヤ市から空中給油機が来なければ、神奈川国に無事に辿り着く事は出来ない。

 そんな長い長い空の旅。



 少女はキリクを無事に回収出来た事に安堵していた。そしてそれは風龍イルヴェントゲート討伐戦から、身体を満足に休めていなかった事も相俟って急速に睡魔となって襲って来ていった。

 拠って離陸と共に少女は微睡まどろみに堕ちていく。



 ワダツミの中にいる医師、看護師を始めとしたサポーター達も一様に疲れを表情に出しており、交代で休憩を取っている様子だった。



 クリスは少女が微睡む前に、既に高いびきを掻いて寝ていた。



 リュウカは最後まで島を窓越しに見詰めていた。その表情には不安も戸惑いも見る事が出来ない。

 そんなリュウカだったが、島のその姿が見えなくなるまで晴れやかな笑顔で見詰めており、最後の最後に別れを告げていた。



「マーハロヌイロア」

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