第80話 Whining Cheeper Ⅱ

ぴーんぼーんぱーんぽーん


「あと30分で各種防壁の展開を行って参ります。館内にいるお客様は速やかに退館して帰途きとについて下さい」


「繰り返します——」



 少女がセブンティーンをかっ飛ばして、公安に着いた時には既に退館を促す館内放送が流れ始めていた。

 そして少女は2Fまでダッシュで駆け上がると、受付のミトラに声を掛けていった。



ぽーんぱーんぽーんぴーん


ばんッ


「にゃにゃなんにゃッ?!」


「ねぇミトラッ!マムはいる?」


「い、いるハズだにゃ?どしたのにゃ?」


「そう、ありがとッ」


「——って、アレ?どこにいったにゃ?」


きょろきょろ


「あっ!もうあんにゃ所に!はぁ……。相変わらず、せわしにゃいにゃあ」




こんこん


「入っておいで」


がちゃ


「そろそろ来る頃だと思ってたよ」


「もう、分かっているの?」


「コレの事だろう?」


 マムは少女に対して1枚の画像を投影していった。それは少女が見ていた画像より、より鮮明で細部まではっきりと分かる画像だった。

 そしてその画像を見た少女の脚からは力が抜け、その場に座り込むようにして身体が崩れていった。



「やっぱり、これは、水龍の剣アクアリンクルソードなのね」




 かつて、1匹の古龍種エンシェントドラゴンが神奈川国の1つの街を襲った。それに因ってその街は壊滅的な被害がもたらされ、そこに住まう人々は自らの「死」を覚悟しなければならない程にまで、切羽せっぱ詰まらされていた。



 神奈川国に所属するハンター達は公安、ギルドを問わず、その全てが緊急要請エマージェンシーを受け取らされた。

 その結果、神奈川国内の全てのハンターがその古龍種エンシェントドラゴンに挑まなければならなくなったのである。


 もっと早く接近に気が付いていれば、他国に要請デマンドが出来たのだが……、過ぎたコトを言っても何も状況は変わらないし、悔いた所で破壊された街並みが戻って来る事もない。



 その古龍種エンシェントドラゴンに挑んだハンター達は、巨大で強大な力の前に為す術も無く打ち倒されていった。

 然しながらそんな緊急要請エマージェンシーに駆り出された、1人の新米ハンターに拠って事態は急速に終息していく事になる。



 その新米ハンターは右手に一振りの刀を持ち、左肩に口径89mmの連装式ハイパーバズーカをかついで、たけり狂う古龍種エンシェントドラゴンに対して特攻していったのだ。


 その連装式ハイパーバズーカは実弾を撃つ事は一切出来無い。その代わりに、魔術を使う為の回路が2つの砲身内にそれぞれ刻まれている。

 これは実弾兵器では無く、魔術兵器の類に当て嵌まる——そういった代物だった。


 何故にそんな高価なモノを新米ハンターが持っていたのか問題視される事はなかったが、それらの武装で古龍種エンシェントドラゴン相手に新米ハンターが立ち向かったのは事実だった。




 魔術回路を搭載しているハイパーバズーカは、詠唱に掛かる時間を短く済ませる事が出来る上に、更にはその魔術回路が威力を増幅させる効果も持っている。

 そしてその砲門が2つ。


 拠ってハイパーバズーカに拠る魔術砲撃をかなめとして、相手の隙を付いて刀から「型」を放つという攻撃スタイル。

 その荒々しい闘い方に、付近にいたハンター達は声を失っていった。



 一方で壮絶な闘いに因って、街は破壊し尽くされる事になるが、そのハンターが古龍種エンシェントドラゴンを1ヶ所に押し留めた事で、多くの人達が避難に成功し結果として多くの人命が助かる事になった。


 そして、そのハンターが参戦してから数時間が経過した頃に、その古龍種エンシェントドラゴンは完全に屈し、むくろを大地にさらす事になるのである。



 その時の古龍種エンシェントドラゴンは「中位」であり、五大龍ペンタドラゴンの一角「水龍アクアリンクル」と呼称される個体だった。

 そして、その「水龍アクアリンクル」を討伐したのが弱冠15歳のルーキー「キリク」だったのである。




 討伐し終えたキリクは水龍アクアリンクルの素材を使い、一振りの刀を造って貰った。水龍アクアリンクルの身体は淡いコーラルピンクの体色をしており、その素材から造られた刀の刀身はその水龍の体色と同じ輝きを放っていた。


 キリクはその刀を受け取ると、「水龍の剣アクアリンクルソード」と名付けたのだった。


 後に「何故、「刀」なのに「剣」なのか?」と聞かれる事があったそうだが、その時は「師匠から受け継いだ流儀だから」とだけ話していたのは余談である。



 キリクは水龍の素材から一振りの刀だけを造って貰うと、余った残りの素材は全て神奈川国に寄付した。

 ちなみに緊急要請エマージェンシーの場合は通常の依頼クエストとは異なる事から、素材は全て討伐成功者のモノとなる。



 水龍の素材は破壊し尽くされた街の復興に掛かる費用や、怪我人の治療費、家族を失った者達への見舞金などになったのである。


 その結果、それらの功績を讃えられ、キリクはルーキーでありながら「星」を与えられた。

 その翌年に忽然と姿を消すまで、キリクは「神奈川国の英雄」だったのである。




 マムが投影してくれた画像には、しっかりと淡いコーラルピンクの刀身が映し出されていた。




水龍の剣アクアリンクルソードが、刺さったままで、コイツが生きているって事は、持ち主のキリクは死んだ……の?」


「……」


「イヤよッ!そんなの認めない。絶対に生き残るってキリクは言ったもの。嫌よ……そんな……。アタシそんなの絶対にイヤよッ!」


「…………」


「だから……なんで、本当に……そんな、キリクぅ。うっうっ……うっ」


 少女の瞳は生気せいきを失ったかのようにくらく、その顔に悲しみに暮れる悲痛な表情を浮かべて、かすれるまで声を張り上げて、キリクが死んだかも知れないという可能性を一心不乱に取り乱して否定していた。


 それは仮に運命という物がモノあるのなら、それを全て呪うかのような悲痛な叫びだった。

 そしてその後に待っていたのは、声にならない声と止まる事を知らず、流れるだけしか能がない涙だけだ。



 マムは無い気持ちで、その光景を見ている事しか出来無かった。更にマムは、頼って来た少女に対して、何もしてやれなかった事の罪滅ぼしが、思い付かずにいた。



 少女のキリクに対する恋心にマムは昔から気付いていた。だからこそ、それを失った悲しみに対して、何か出来る事を必死に模索していた。しかし、何も見付からない。

 見付けられたのは安直チープな言葉だけだった。



「そろそろ落ち着いたかい?」


「マム、決めたわ!アタシ、キリクのかたきを取りにいくッ!今、アイツがいる場所はどこの国にも属さない、太平洋上よ。今なら、誰が挑んでも問題は無いわよね?」


「——ッ」


「この列島のどこにアイツが来ても被害はまぬがれないし、そうなってからじゃ他の国が名乗りを上げるハズだから、上陸させたらもう遅いでしょ?だから、お願い、アタシを行かせてッ!」


ぎりッ


「アタシにキリクの仇を討たせてッ!」


「おいおい、キリクはまだ死んだって決まったワケではないだろうに?それに、依頼クエストじゃないなら、サポーターは使えないし、国としても手助けは何一つ出来やしないよ?」


「いい……それで……いい……わ」


「それにアンタにあそこまで行く移動手段もなければ、仮に討伐出来たとしても、あんな図体なんだ、持って帰ってこれやしないだろう?」


「いいの!それでもいいのッ!マムッ!お願い……アタシを行かせて……本当に、本当に……一生のお願いだから……」


「はあぁぁぁぁぁぁ。分かったよ、アンタがこうなったらテコでも曲がらないからね。止めはしない。だが1つ条件がある!」


「条件?」

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