第79話 Whining Cheeper Ⅰ

「待って!待って、置いて行かないで」 / ——誰だろう?誰だか知らない子供が走っている。


「待ってよ……待ってよぅ、アタシを置いて行かないでぇ」 / ——あぁ、アタシだ。アタシが走っているんだ。


「ねぇ、お父さん!ねぇ、お兄ちゃん……何で?何で、アタシを置いて行っちゃうの?」 / ——何だろう、この感じ?アタシ、何で追い掛けているんだっけ?


「置いて……かれちゃった。アタシ、1人になっちゃった。みんな、みんなぁ、どこに行ったの?」 / ——そうだった、アタシは1人ぼっちになっちゃったんだ。みんな、アタシの前からいなくなっちゃったんだ。


「お父さん、お兄ちゃん。1人にしないって約束したのに」 / ——アタシはこれからどうしたんだっけな?よく思い出せないや。



「お母さん……」




 少女は目が覚めた。いつになく寝覚めが良いとは言えなかった。夢見が悪かったからだろうか?

 でも見ていた夢の内容すら、もう少女は覚えていなかった。

 覚醒目覚めと共に微睡まどろみの世界の記憶は、頭の中からスッパリと失くなっていってしまうものなのかもしれない。



「涙?!アタシ、泣いてたの?最近、情緒不安定なのかしら?ダメね、もっと気を強く保たないと」

「でも……アタシだって本当は弱い女の子だもん……」


 少女は自分の頬を伝う涙に驚いていた。そして自分自身の事について「全て分かっている」という自信が、揺らいで行くのをベッドの上でただ1人、弱音を漏らしながら感じていた。




 キリクが神奈川国からち、既に1週間が経った。キリクが屋敷を出て行った後で、少女は直ぐにマムの元に行きキリクから聞いた事を話す事にした。

 少女はマムに、キリクが請け負った依頼クエストの内容について調べて貰いたかったからだ。

 だが、マムからの解答は「その依頼クエストはこっちには要請デマンドが来ていないから、調べる手段が何も無い」という内容に留まっていた。


 だからこそ少女は1人、キリクの無事を祈る事しか出来無かった。




「季節外れの台風が進路を西南西に向けてこちらに来ています」


 そんなニュースがまことしやかに流れ出したのは、それから更に1週間が経った頃だった。


 今は1月、季節は冬。海水温は冷たく北半球で台風が発生する要因はどこにも無い。更にはその北半球に位置するこの国に、惑星の持つ自転と気流の流れすら無視して、台風が中部太平洋から列島に近付いて来ているという事は、真実味が無い以上に現実味が全く無い事象でしかなかった。

 有史以来、観測された事がないハズのそんな事象であり、台風という現象に於いては、あり得ないとしか言いようがなかった。


 だが、更に1週間が経ち2月になろうとしているこの寒い時期に、そのニュースは現実となって列島に激震げきしんもたらしていったのである。



「警告!!太平洋上から、列島に向かって、威力と速度を上げながら超巨大な台風が接近しています」

「今後、超大型の台風は進路を西列島に上陸が予想されています」

「瞬間最大風速は……」


 ニュースはそれ以降、その話題で持ちきりになっていった。



 国が幾つも成立し割拠かっきょしている現代に於いて、ニュースは魔導工学に拠るミュステリオンを主体に持つ、ネットワーク上で配信される事になっている。

 第2次世界大戦以降に普及しつつあったTVネットワークと、既存のラジオ放送は惑星融合の際にインフラとして成立しなくなっていたからだ。



 月に設置されている統合演算装置・ミュステリオンは、デバイスの管理・統括を行っているだけではなく、惑星に於ける様々な事象を観測し、蓄積するデータベースとしての機能も有している。

 ただし、通常時はその観測データにアクセス出来る権限は限られている為、許可されなければ覗く事も出来ないブラックボックスだ。


 ただしさざめく災禍カタストロフ級の破壊をもたらす魔獣の出現や、大規模災害(大規模森林火災や津波、地震など)の発生に対しては、国家規模での対策が必要になる場合も多い。

 拠ってそれらの場合は、対象となる国家に対して警鐘けいしょうを鳴らした上で、その情報をデータベースに載せてニュースとして配信するという「ニュースネットワーク」を構成していったのだった。

 そして、戦争などの有事が起きた際には、そのニュースは全世界に向けて一斉に配信される。


 人々はそういったニュースが配信されるとデバイス以外の「端末」を用いても情報の確認が出来るようになる。デバイス以外の端末とは主に廉価版デバイスや、PCと呼ばれるツールを指している。

 それらに対してもミュステリオンの持つ、データベースに対するアクセス権限が一時的に解放されるのである。


 そして、そのニュースは見るだけの一方通行型では無く、自身から情報をネットワーク上に発信する事も可能なニュースネットワークになっている。


 魔導工学に拠って発展した世界は、そうやって進化を遂げていたのである。




 少女はキリクが依頼クエストに向けて発ったと、風の噂で聞いていた。それからしばらくは心配の余りに、「何も手を付けられない状態」になるくらいまで落ち込んでいった。

 そして「何も手を付けたくない」と自室で塞ぎ込んでいたのだが、ある日を境にまるでき物が落ちたように、積極的に依頼クエストを受注していったのである。



 周りの者から見たら少女の姿は、リビングデッド生ける屍と見間違える程に見るに耐えられない光景だった。然しながら「忙しさで辛さを忘れる」という少女の行動は、少女に取っては理に適った行動だったのかもしれない。



 少女はそんな忙しさの中で、本当にふとしたで、そのニュースの内容を人から聞いたのだ。

 誰から聞いたかは忘れてしまったが、「季節外れの台風」という言葉が、妙に少女の心に引っ掛かったのだった。



「季節外れの台風?そういえば、キリクが超大型のハリケーンがどうとか言ってたわね……」

「屋敷に戻ったら少しだけ調べてみようかしら」


 少女は心に引っ掛かった「季節外れの台風」から、キリクの話しを思い出していた。


 そして自室に戻ると、ミュステリオンのニュースネットワークから「季節外れの台風」についての情報を集める事にしたのだった。



「こ、これは!……う、嘘……でしょ?」

「そ、そんなッ……あぁ、ダメ!こうしちゃいられない」


 情報を集めていく少女の瞳に、1枚の画像が目に止まっていた。

 少女は折れそうになる心を必死に奮わせると立ち上がり、装備を整え急いで公安に向かって行くのだった。




 少女がいなくなった部屋の端末PCには、1枚の画像が映し出されていた。

 それは古龍種エンシェントドラゴンと思われる生物に、1本の剣が刺さっているかどうか、かすかに見えるくらいの画像だった。




 外はもうだいぶ薄暗い。冬至が過ぎてから1ヶ月そこそこじゃ、日が延びた感覚はまったくと言っていい程無い。

 拠って外が段々と暗くなっていく反面、主がいなくなった部屋の中で端末PCのモニターだけが明るく輝いていた。

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