第70話 Mob Ruiner Ⅵ

「おやまぁ♪困るんですよねぇ。おやおやまぁまぁ♬血気盛んなお年頃なんですかねぇ?ふはッ♪それとも使命感に燃え滾るってヤツですかねぇ?ふふははッ♬そんなにあっちっちーなら、さぞかしお相手ともアツアツなのでしょうね?」


「うっさいッ!うっさいうっさいうっさいッ!死にたいの?死にたいのよね?死にたいんでしょ?えぇそうね、死にたくなりなさいッ!」


 完全に挑発にハマり、怒髪天を衝く程に怒り絶頂に達した少女の蹴りが、まるで舞踏ぶとうを舞うように幾重にも放たれていく。怒りと言うバフで盛られたそれは、並の人間や魔獣であれば文字通り骨が折れる程の強烈な蹴撃の連続だった。

 だが、フードの男には当たらない。故に全ての蹴りは凶悪な轟音を立てながら空を切るだけだ。



「おやおや♪死にたくさせてくれるのではなかったのですか?おやおやおやおや♬口がと足もなるんですかねぇ」


「アンタのその減らず口、いい加減に閉じなさいッ!」


「ぷぷッ♪図星を突かれて怒っちゃいましたか?ぷぷぷぷッ♬、あぁはしたない、


「そんなッ!アタシの体術がことごとく躱されるなんてッ!頭ったまに来るコトばっか言うクセに、コイツ、本当に何者なの?でもま、仕方が無いわね。そっちがその気ならこっちだって!」


パララララララララッ


「ぎょッ♪自分の肉体に自信がないから今度は銃器の出番ですか?ぎょぎょッ♬まぁ、そんな貧相な身体と貧相な銃器じゃ、ワタクシはなぁんも感じませんよ?」


「うっさいッ!もう、死になさいッ」


パララララララララッ


「まぁ♪遊んであげたいのはなんですよ?まぁまぁ♩でも今は遊んであげてる暇が、山あり谷ありありません。おや♪だからお楽しみのところ、大変申しワケあるでしょう?おやおや♩それでは誠に勝手ながら失礼させて頂きますねぇ。お嬢さん」


「待てッ!せめて一発殴らせろッ!」


「おやおや♩はしたない。おやおやおやおや♪はしたない」


 こうして少女の事を挑発しまくるだけ、フードの男は消えていった。それは本当に文字通りだった。だからこそ跡形もなく余韻も残さずに、存在すらも最初から無かったかのように……。



 ウージーが解き放った弾丸も、少女のバフ盛怒りの豪脚も、ついぞ当たる事はなかった。全ての攻撃が虚空に向けて放たれただけで、それらが止まると直ぐに静寂がドアを開けた様子だった。



「消えた?!アイツ、一体何者だったの?ってか、言いたい放題言ってくれやがって、次見付けたら絶対にぎゃふんと言わせてやるんだからッ」

「それにアタシは……アタシは、絶対にんだからーーーーーーッ!!!!」


 少女は最後までフードの男が何者だったのか分からないままだった。そればかりか散々揶揄からかわれた挙句に、取り逃がした少女の顔には悔しさがにじみ出ていた。

 それはもう、天気よりも先に自分から、大粒の雨が零れ落ちてしまいそうだった。




 クリスは固有個体ユニークを目指して邁進まいしんしていた。廊下の左右にある部屋には、それぞれ小鬼種ゴブリン達が詰めていた。

 拠って「何事も無く通り過ぎさせてくれる」なんて事は一切無い。あるハズもない。そんなに人生甘くも易しくもない。

 結論、クリスは襲われた。


 更に付け加えると前に進もうとするクリスは、当然の事のように挟撃された。

 近距離戦ショートレンジで襲い来る小鬼種ゴブリンには、長剣ロングソード汎用魔力刃ソードの二刀流で薙ぎ払っていく。射手相手には汎用魔力刃ソード汎用魔力銃ガンへと切り替えて、魔力弾で応戦していった。

 よって遅々として歩は先に進ませてもらえなかった。


 クリスの今までの経験の中で、こんな乱戦は今までに経験した事が無いと言える程の壮絶な闘いだった。そんな経験の中でクリスは急速に且つ、急激に力を付けていく。

 そしてクリスの身体は斬り伏せた小鬼種ゴブリン達の返り血と、魔力弾の爆発で舞う粉塵に因って、ドロドロのグチャグチャに汚れていった。


 然しながら常人であれば、多少の経験で著しく成長する事は滅多にない。拠ってこれはクリスが「龍人族ドラゴニア」だからなのか、それとも死線を潜り抜ける事で「野生の勘」が研ぎ澄まされたからなのかは分からない。


 だが結局のところクリスは、小鬼種ゴブリン達の行動がある程度まで予測出来るようになっていた。それは希少レア能力スキル未来予測グローリーグランブルの発現予兆とも言い換えられた。



 遅々として進まないながらも、クリスの足は着々と終着点に向かっていた。幸いな事に致命傷も深手も負っていないが、かすり傷程度は全身の至る所に付けられており、多少のヒリヒリ感が生きている事を実感させてくれる、煩わしいアクセントになっている様子だった。


 目の前には固有個体ユニークがいると思われる部屋の入り口があり、その手前には2匹の将軍化中鬼種ゴブリンジェネラルが行く手を遮っていた。



 クリスはこの階にいた全ての小鬼種ゴブリン達を屠り、中鬼種ホブゴブリン達を斬り刻み終わっていた。階下や他の建物から増援に来た小鬼種ゴブリンすらも、殺し尽くしたのだった。

 こうしてクリスの後ろの廊下は既に、小鬼種ゴブリン達の死骸で埋め尽くされていた。



「残るはお前達のみだ!いざ参るッ!」


があぁぁッ ががあッ


 クリスは目の前に立ちはだかる、2匹の将軍化中鬼種ゴブリンジェネラルに向かって特攻していった。




 少女は急速に光点が消えていくのをバイザーで確認していた。あまりにも急速過ぎるので心配になった程だ。だが心配はしても様子を見に行く事はしなかった。

 何故ならば後片付けがあるからだ。


 ᒪ字型の建物に映る光点が残り5つになった段階で、少女は改めて結界モードに切り替え、結界が把握している残存数を確認する事にした。


 バイザーが索敵する光点は生命活動の有無で明滅するワケではない。個体の中に内包されている「オド」や個体が集めている「マナ」などの、魔力の状態で見極めている。


 その結果、瀕死の状態でオドが切れかかっている者や、魔術や装備などで魔力を隠している者はバイザーには反応がない。


 一方で、結界モードはミュステリオンからのバックアップに拠って様々な角度から多種多様な測定している。要は「誤差が無い」と言える。

 結果、結界モードが示した数は「24」だった。



「結構、残ってるわね。地道に1匹ずつ潰していくしかないかぁ?ガルムファミリア達、聞こえる?外の警戒は3体にするわ。2体はこっちに来てアタシの手伝いをして」


がるっ がうっ


 少女は2匹のガルムファミリア思念伝達テレパスで呼び寄せると、敷地内でまだ生存している小鬼種ゴブリンの探索と止めに向かわせる事にした。


 残りは壁の外に配置したままにして、少女も生き残りの探索に向かって建物内へと侵入していくのだった。




どごぉぉおんッ


「どうだッ!これで残りはこの部屋だけッ?!なッ!?」


 クリスは将軍化中鬼種ゴブリンジェネラルごと、部屋の入り口を文字通り「ぶち抜いた」のだった。結果、2匹の将軍化中鬼種ゴブリンジェネラルは息も絶え絶えになっている。


 クリスは2匹の将軍化中鬼種ゴブリンジェネラルに対して龍征波動ドラゴニックオーラの技、「突閃激しくぶつかるモノ」を放ったのだった。

 放たれたその一撃は、将軍化中鬼種ゴブリンジェネラル2匹を巻き込み、そのまま入り口の扉に直撃するとクリス共々部屋の中へとなだれ込んでいった。



 クリスが部屋の中に入った直後、その翠色の瞳に映ったモノは迫り来る爆裂炎槍フレア・ランスだった。


 クリスは自分の体勢的に、迫り来る爆裂炎槍フレア・ランスを躱す事が出来無い事を悟っていた。だが決して死を覚悟して諦めたワケではなかった。

 拠って、クリスは咄嗟に龍征波動ドラゴニックオーラを纏った龍鱗剣スライスナーヴァで、その魔術を受けとめたのである。灼熱の爆裂炎槍フレア・ランスの熱がクリスの肌と、髪をジリジリと焦がしていく。



「ぐっ、があぁぁぁぁぁぁぁ」

「こんのおぉぉぉぉぉぉぉおッ!」

「だぁぁぁぁぁりゃぁぁッ」


ごしゅんッ


 クリスはえた。だが何かの能力スキルを使ったワケではない。

 ただ単純に気合いと根性で吼えていただけだ。


 クリスは渾身こんしんの力を振り絞ると力技で強引に爆裂炎槍フレア・ランスを弾いていた。弾かれた爆裂炎槍フレア・ランスは壁へとぶつかり、周囲に炎を撒き散らしていった。

 こうして盛大な炎を上げて部屋は燃やされていく事になる。



 部屋の中に残るは3匹。その内の2匹、SC化中鬼種ゴブリンメイジはクリスに対して次々と魔術を放っていく。


 対するクリスはここに来るまでの無理がたたっており、かなり疲弊していた。息は上がっていて身体が非常に重かった。



「やらねばならない。負けるワケにはいかない!必ず此の身が倒し切ってみせるッ!」

「いざ、参るッ!」


 クリスは精神が肉体を凌駕していた。

 その意志が身体を突き動かしていた。

 その決意が長剣ロングソードを取らせていた。



 クリスはここに至るまでの戦闘で、龍征波動ドラゴニックオーラを使い過ぎている自負があった。拠って目測としては「使えるのはせいぜい残り1回」と心の中で呟いていた。

 だからこれ以上の無駄遣いは出来ない。使うなら渾身の一撃に全てを乗せるべきだ。昨日少女に言われた事が身に沁みる程、痛感していたクリスだった。

 と言う事だ。



 クリスは迫り来る魔術を体術のみで躱していく。少女の猿真似さるまねだが直進してくるだけの魔術を躱すだけであればそれで何も問題は無かった。


 クリスは魔術を躱し、1歩また1歩とSC化中鬼種ゴブリンメイジに近付いていく。その鬼気迫る気迫に、SC化中鬼種ゴブリンメイジは1歩また1歩と後ずさっていく。



 クリスは不意に速攻を仕掛ける事にした。そして、不意を突かれたSC化中鬼種ゴブリンメイジは、そのままクリスの「突き」によって穿つらぬかれていった。


 残る1匹のSC化中鬼種ゴブリンメイジは、明らかに狼狽ろうばいしていた。その結果、近付いて来るクリスに対して背中を見せて逃げ出したのである。

 しかし、最後のSC化中鬼種ゴブリンメイジは、相手クリスに背中を見せた段階で絶命した。何故ならば、この部屋にいる最後の小鬼種ゴブリンに因って1口で丸呑みされたからだった。




 部屋は煌々こうこうとした炎に因って燃やされていた。その暴虐とも言える極悪の炎は、SC化中鬼種ゴブリンメイジを丸呑みにした、この部屋の「主」を照らし出している。


 クリスは照らし出された「主」の姿に拠って、額には脂汗あぶらあせが吹き出し、背中には悪寒と共に大量の冷や汗が流れていくのが分かった。



「こ、これが、固有個体ユニーク……なのか?ここ、こんなモノが魔獣と呼べるのか?ほ、本当に小鬼種ゴブリンなのか?」


 クリスの声は未だかつて無い程に震えている。そして身体もまた震えが止まらない。

 手に持つ長剣ロングソードは震えによって、「カチャカチャ」と不規則に音を立てていた。


 それらは全て、この部屋の「主」が放っている、禍々しい力に曝された結果であったと言えるだろう。

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