第45話 Rumbling Executioner Ⅰ

 少女は目が覚めた。それは「唐突に」だった。


 「何かの夢を見ていた」なんて事もなく、「夢の中で起こされた」なんて事もない。何かの契機きっかけがあって目が覚めたのではなく、「目を覚ます」事が自然の流れであるかのような、そんな自然な目覚めだった。



「あれ?ここは?」


 その自然な流れからは一転するかのような少女の言葉だ。自然な流れで普通に眠りにち、自然な流れで目が覚めたのであれば絶対に出て来ないであろうその「言葉」が、その異常さを物語っていた。



「アタシは一体?ってか、ここはアタシの部屋じゃないッ!!えっ?えっ?何が起きてるの?」

「装備も着けていないし……。これってアタシの寝間着よね?」


「あれッ?そう言えばアタシ、死んだような気がしなくもないし、死んでなくても重症くらいには傷を負ってた気がするんだけど……」

「傷がどこにもないし痛くも痒くもないわね」

「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。やっぱりアタシ、リビングデッド生ける屍だったのかぁ……。はぁ」

「これからどうやって生きていこう。ハンターから狩られるハントされる側に回る事になるなんて想像もしてなかったわ」

「アタシの討伐依頼クエストなんて出てないわよね?」


 少女は狐につままれた様な感じだった。さっき起きた時に見た光景の直前にある記憶は炎龍討伐戦だ。そしてその記憶に残る最後の映像は、目の前に迫る炎龍ディオルギアの爪だった。


 少女は自分の顔や腕、脚、お腹、胸にお尻などを。手が届く範囲で触れる所は全てしていた。

 それは別段変な意味ではないが、芸当でもある。

 拠って誰かに見られていたとしたら、恥ずかしくて死んでしまってるかもしれない。


 もしも仮にそうなったら、「炎龍でも殺せなかったのに」と笑い草になるだろう。

 そして少女は自分の胸を触ってから深いため息を1つだけ吐いていたが、その点について触れてはいけない。


 気を取り直して身体中のあちこちを触っていったが、大きな傷どころかかすり傷や火傷の跡すらない凄く身体だったと自分で自画自賛してみたりもしていた。それはまぁあくまでも、独り言の範疇で……だが、多少なりとも心は痛かった。



 当然の事だが少女は記憶の中の迫ってくる炎龍の爪を思い出すなり、自分は死んだハズだと思っていた。だからこそ冗談を口にしながらも、しかしない。

 本気で思っていないが、フラグを突き立てようとしていた感じがしなくもない。



 そこで少女は前向きに発想を転換する事にした。例えばあの時の闘いで傷を負った自分が、何年も寝ていて目覚めたなら「傷がなくても当然だ」と思い込み、ベッドから立ち上がるなり廊下へと出ていった。


 その仮説が正しくなくては本当に、リビングデッド生ける屍だと認める事になるかもしれないからだ。


 然しながら何年も寝たきりだったなら筋力が衰えている為に、産まれたばかりの子鹿みたいに歩けないハズなのだが……まぁ、そこまでは考えが回っていなかった。


 拠って数年を経て目を覚ました少女の姿を、爺やサラやレミが見たらきっと驚くだろうと心を踊らせて廊下に出たワケである。



「ねぇ、誰かいる?」


「は〜い。ちょっと待って下さ~い。今いきます〜」


「えっ?!普通の反応過ぎるッ。なんという……。うっ」

「デバイスでやっぱり「アタシ討伐依頼クエスト」の発注がないか確認しないどだわッ。はぁ」



-・-・-・-・-・-・-



「あ、あれは一体!?あれはお嬢様なのですか?い、一体お嬢様の身に何が?」

「ま、まさか、そんな……」

「いえ、そんなハズは……」


『無事だったか、執事殿!』


『おぉ、これはクリス様。ご無事で御座いましたか』

『ご心配をおかけ致しました。当方は無事で御座います。この通りピンピンしております。シソーラスが護ってくれましたので』


『ところで、アレは一体なんなのだ?』


 爺を見付けたクリスは急いで駆け寄って来てくれた。炎龍ディオルギアの息吹ドラゴンブレスの直撃を受けていた為に、安否が心配だったからだ。

 結果としてクリスの心配は杞憂に終わっていたが、爺の横には既に原型を留めていないシソーラスがあった。


 だが現状はそこまでなごやかなモノとは言えなかった。それは2人の視線の先にあった。

 炎龍ディオルギアのその直上の空中には、左右で白と黒に分かれたが浮かんでいたのである。


 視界に映る十字架のクロスされている横の棒が、左右それぞれ上へと弧を描きながら昇っていく。そしてそれが1つになった時に強烈な光が闇夜を照らしていった。

 2人は強烈な光に因って目を開けていられず、目を閉じずにはいられなかったのだった。


 光が終息し何かが崩れる音が響くと、2人は漸く目を開ける事が出来た。するとその十字架のあった下には、中心から左右に真っ二つに泣き別れた炎龍ディオルギアの躯が横たわっていたのである。


 2人からすれば空に浮かんでいた十字架が「何」なのかは分からなくても、「誰」がやった事なのかは朧気ながらに分かっていた。

 なんでそうなったのかは皆目見当もついていなかったが。



-・-・-・-・-・-・-



 クリスは自分が放った2本目のLAMが当たらなかった事。更には炎龍の様子が可怪しい事に気付いた時から、早々に戦線を離脱していた。

 その行動は、以前までのクリスなら考えられなかったが、それは少女と出会った事で良い意味で変わった結果だった。


 その後のクリスは少女と炎龍ディオルギアの死闘とも呼べる闘いを遠目に見ていたが、その表情には悔しさがにじみ出ていた。



『此の身にもっと力があれば、もっと強ければ、共に戦えるのに……』



 だがしかし事態は急変し、少女が炎龍ディオルギアの爪の餌食になったのを見たクリスは、自分の生命を捨ててでも少女を助ける為に駆け出していた。

 の・だ・が、駆け出した矢先にシソーラスからの砲撃が繰り広げられ、その脚にブレーキが掛かる事になる。


 シソーラスの砲撃はクリスの目に衝撃を植付け、耳に耳鳴りを植え付けていた。そしてその結果、クリスの勘が「近寄ったら死ぬ」と告げていた。


 それら一連の砲撃で崩れていく炎龍ディオルギアを見て、クリスは正直なところ「勝った」と思いその場で飛び跳ねて喜んでいた。少女の事などスッカリ忘れて。

 勝利の舞で小躍りする程の喜びをクリスは感じていた。少女の事などサッパリ忘れて。


 しかしそれは束の間の喜びに過ぎず、炎龍ディオルギアの異常な行動でシソーラスが燃えていくのをクリスは見てしまった。だからクリスはシソーラスの救出に動いたのである。

 少女の事などシッカリ忘れて。



 爺はシソーラスから逃げ出すのに必死だった。

 クリスはシソーラスに向かって走っていた。


 だからこそ2人は、炎龍ディオルギアの息吹ドラゴンブレスを止めた少女の行動の一切を、見ていなかったのだった。



 2人がそれに気付いたのは2人が合流する直前の事。クリスと爺は自分達の視界の端にそれぞれ光を見た事で漸く気付いたのだ。


 そして各々が自分の目で空に浮かぶ禍々しい/神々しい十字架を見たのである。



-・-・-・-・-・-・-



 少女は意識の無いまま立ち上がると、目にも映らない速さで炎龍ディオルギアの直下まで来ていた。


 少女はそのまま腕を頭の上で交差クロスさせると、左右それぞれの手から禍々しい「剣」と神々しい「剣」をそれぞれ顕現けんげんさせていく。

 そしてそのままの体勢で炎龍の下顎目掛けて「体当たり」という名の突撃を仕掛けていった。


 下からの突撃という不意を突かれた炎龍ディオルギアは、息吹ドラゴンブレスの暴発を引き起こされながら、その視線は空を仰いでいた。


 少女は体当たりをした後で、更に炎龍ディオルギアより高く上昇すると、頭の上で交差させていた腕を水平に開いていく。


 この姿こそが2人が見た十字架の正体だ。


 少女は左右の手を弧を描くように自分の頭上へと引き寄せていく。その左右の手のそれぞれには禍々しい漆黒の黒い剣と、神々しい光を放つ白金プラチナ色の剣が握られていた。


 少女が両方の手を頭上で引き合わせると2本の剣は混じり合っていく。それは禍々しくも神々しくもある、なんとも形容しがたい1本の、天まで届く強烈な光を放つ光の柱(の様なモノ)を形成した。


 そしてそれを少女は、そのまま有無を言わさず振り下ろしたのである。



 2人は目撃した。十字架から光が失われていくを。


 2人は理解した。十字架の中心にいた少女が、光を失い落下していくを。


 2人は駆け出した。そのまま落下している少女を助ける為に。


 2人は手を差し伸べた。少女が為すがまま地面に叩きつけられる事がないように。


 2人は泣き出した。少女が傷1つなく無事だった事に。




 辺りからは炎龍ディオルギアが放った、炎の残滓ざんしことごとくが消えかかっていた。周辺に光源となる物は、燻ってる火種くらいしかない。

 しかし空には幾つもの星が幾重にも重なり合って、ところ狭しと競うようにきらめいていた。




 時計の時刻は既に深夜2:00を回っている。こうして夕刻から始まった炎龍討伐戦はこれをもって閉幕と言えるだろう。



 だがッ!話しはこれで終わらない。

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