第29話 Humble Battler Ⅰ

 「ひゅッ」と風を切る音がして、少女の目の前を矢が通り過ぎていく。当然の事ながら空気に刺さる事の出来ない矢は、少女にかわされると地面へと突き刺さっていった。

 この状況が既にかれこれ10分以上続いている。従って一方的な防戦に嫌気が指しているのは言うまでもない。


 既に少女に向けて撃ち込まれた矢は200本は下らないだろう。地面に突き刺さる矢の本数から察するに、常に3~4人程度に狙われているみたいだった。

 ただし今までに飛んで来ている矢の多さから、敵の人数は変更されている可能性がある。


 少女は体術で飛んでくる矢を躱していく。矢は当たりこそしないが、狙われ続けるのは嫌気を通り越して流石に無い気持ちにさせていた。

 しかし気持ちを萎えさせるといった意味であれば、矢は次々と刺さっていたのかもしれない。

 ちなみに想い人との関係を執り成してくれるキューピッドの矢なら、少女は喜んで刺さりにいっただろうが、それは余談だ。



「反撃がしたい。もしくは、せめて無力化さえ出来れば」

「でもッ!」


 そんな事を考えていた。少女の実力ならばそれは可能な限り不可能ではないが、躊躇ためらっていたと言える。



-・-・-・-・-・-・-



『なんだそれは?さっき執事殿が渡してくれていた物か?』


 屋敷を出てからしばらく走った後の事。車が停められて尚且つ見晴らしのいい場所を見付けた少女はそこにセブンティーンを停めていた。


『これは「ご飯」って言うのよ?知らないの?』


『そんなコトは分かっているし知っている』

『それよりもここで昼食にするのか?』


『えぇ、そうよ。お昼にしましょう。お腹も空いたでしょう?』




『それにしても山道ねぇ。シソーラスの方が良かったかしら?』

『オフロードはセブンティーンには向いていないのよねぇ』


『あの街に行った時の此の身は、途中から徒歩で山道を進む事を諦め、街が見えるまで背中の翼で空を飛んでいったからな』

『だがそもそもそのなんだ、車というものに乗ったのも此の身は貴殿のが初めての体験だったのだが、なかなか悪くはないと思うぞ?』

『しかしまぁ、空を行くのもいいものだ!どうだ?空を飛んで此の身の村に行っては?』


『アタシとしてもそれが出来れば苦労はしないのよねぇ。はぁ』


 クリスの提案は少女にとって確かに魅力的だったが、それが出来ない事を少女は重々承知していた。


 何故ならば少女が自分で持っている装備は最小限度でしかない。身に着けられるモノとデバイスに収納出来るだけのモノだ。

 要はLAMを始めとする残りの大多数の武装はセブンティーンの中に入っている。

 だからこそ空を行く事ははばかられるとしか言いようがない。


 然しながらシソーラスではセブンティーンみたいに虚理で編んだ収納スペースがないので、走破性は良くても武装という大荷物を抱えている現状ではやはり逆立ちしても採用出来ない提案なのだが。



『おッ!意外と美味うまいな。あの執事殿は中々に見事だ』


 クリスは舌鼓したつづみを打ちながら言の葉を紡いでいた。


「まったく、人の気も知らないで」


『ん?何か言ったか?』


『いいえ、なぁんにも。まぁ、爺の手料理が美味しいのはその通りだけどねッ!』


 お弁当を見事に2人は、再びセブンティーンに乗り込んでいく。少女は大体の行き先は掴めていたが正確な場所までは分かっておらず、頼りのクリスは陸路ではどうやって行けばいいかと話していた。


 そこで「近くなったと思ったらクリスは空から入り口を探す」という事にしてセブンティーンを走らせていたのだった。


 「目的地まではもう少しのハズだ」という安直な願いの元に。




『おっ?あの山の形は見覚えがある気がするな』


「山なんて全部同じような気がするけどなぁ…」

『まぁ、クリスがそう言うなら空から探してもらえるかしら?』


『うむ、承知した!探してこよう!』


 唐突にクリスから紡がれた言の葉に反応した少女は、山道の途中でセブンティーンを停めた。


 国境が近いからだろうか?それとも道幅が狭いからだろうか?はたまた夕方に近付いているからだろうか?

 少女は暫く対向車と擦れ違った記憶が無い事を思い出していた。



 クリスはセブンティーンから降りると翼を羽ばたかせ大空へと舞い上がっていく。

 少女はその光景を少しの間見ていたが「このままここに停まっているワケにもいかないわよね」と心の中で呟くと、クリスが戻ってくるまでセブンティーンを停めておいても大丈夫そうな場所を探す為に再び山道を走っていった。



 少女が暫くセブンティーンを走らせると少し開けた場所が見えてきた。そこにセブンティーンを停め、クリスが戻って来るのを少女はポツンと待っていたが、クリスの戻ってくる気配が一向に無い事からちょっとだけウロウロしてみる事にしたのだ。



「あれ?何だろ、ここ?」

「なんか、雰囲気が他と違うような…?」


 少女は道路ぎわにちょっとした違和感を感じ取った。それはとても些細な事ではあったが、気になってしまった以上は

 少女の持つ大いなる好奇心の前に、少女が勝てるハズもなくその違和感に触れてみる事にしたのだった。



「ッ?!これは?」

「これが、認識阻害インヒビションの結界かしら?」

「何が「村の者以外は気付く事が出来ないようになっている」よッ!アタシも気付けたわよ!全く、龍人族ドラゴニアはホントに大丈夫なの?」


 少女は違和感に触れた。然しながら正確には触れられなかった。

 何故ならば少女が触れようと手を伸ばすと、そこにあった樹木は一斉に視界から消え木々に挟まれた小路こみちが現れていったからだ。


 少女は悪態を付きながらも、そこに足を踏み入れるか逡巡していた。



「やっぱり、これが龍人族ドラゴニアの村への入り口かしら?」

「でも、多分侵入はいったら怒られそうよね?」

「ま、いっか!怒られたら「ごめんなさい」すればいいよね?うんうん、クリスみたいなのがたくさんいるなら、許してくれるハズよッ!!」

「それにアタシは依頼クエストで来たんだから侵入はいる権利くらいあるわよッ!うんッ!」


 少女は独自理論を展開した。それでも少しばかりの警戒感を交え、目の前に現れた小路に足を踏み入れと辺りを見回しながら進んでいったのだった。

 それはまるで閑静な住宅街を徘徊する泥棒の様な、と言うよりは前人未踏の大地に初めて足を踏み入れ好奇心から探索をしている、のようだった。



パパパシゅッ


しゅたたたッ


「はぁ、やっぱりこうなるのね」


 少女の足元に3本の矢が刺さっていった。少女はご多分に漏れず警戒をしていたのだが、少しばかりの警戒感では仕事をしなかったようだ。

 拠って飛んで来た矢に反応出来ておらず、その結果として少女の目の前に矢が刺さっていた。


 矢が飛んで来た方向…それは当然の事ながら少女の正面からだ。そして矢の突き刺さった角度は、前方の木の上から少女の足元を狙ったと告げていた。

 然しながら矢を放った者達の姿は確認する事が出来ない。いやまぁ、だがそれは当然のコトだ。


 更にはバイザーのアラームが鳴らなかった事から殺意はないのだろう。恐らく初手は警告の代わりなのかもしれない。

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