異世界に転生した『元』三十路教師。魔術の天才に生まれ変わって学園生活を満喫しながら、ついでに世界まで救っちゃうって本当ですか!?

雪國真白

#1 教師、転生

「先生さよならー! 先輩、今日ワクドナルドでも食べにいきませんか?」

「いや、今日は帰ってから課題するから無理だよ」

「そがんこと言わんで!ウチも一緒にいくけん! りょーたも行こ?」

「はぁ……たまには良いか」


 どこにでもいる学生達の何気ない日常。それを傍観している僕、『岡田おかだ 朋希ともき』は自分の大学時代を思い返していた。

 冴えない顔に地味な服、内向的でモテる要素など何処にもなく友達も少ない。仕事が終わってからの帰宅後はパソコンを触って過ごす日々で休日は家にこもって一人でゲーム制作に打ち込んだ。

 大学生活の大半を注ぎ込み取り組んでいた趣味のゲーム制作。その成果物をなんとなく就活に持ち込み、なんとなく内定を貰い大学を卒業した。

 その後はいくつかのゲーム会社を転々とした後、半年前からこの情報系専門学校でゲームプログラミングの講師として勤務している。


「あの子たちは帰ってしまったみたいですね」


 今年で三十歳も後半、冴えないルックスは更に磨きがかかり、結婚は正直諦めている。

 もしも、あの頃に友達をたくさん作っていれば、皆と共有できる趣味を作っていれば、今の人生とは違う道を歩いていたのだろうか。

 そんな事を考えていると、しゃがれた男の声が自分を呼んでいるのに気付く。回想から現実に引き戻され憂鬱な気分が一気に襲ってきた。


「あの……岡田先生、聞いていますか? 今日の提出課題について話があるので教務室まで着いて来てください」


 彼はこの学校のゲームプログラム学科主任の『高嶺たかみね 康一こういち』先生だ。見たところ如何にも不機嫌そうな顔で僕の顔をじっと見つめている。

 そして、促すようにゆっくりと教務室へと歩みを進める。いざ教務室に入るなり振り向き、物凄い形相でこちらを見てきた。


「岡田先生が本日出された課題の内容について、とある生徒から相談を受けました。課題が難しすぎるとの事だったので私も確認しましたが、確かに入学して半年しか経たない生徒に出す内容では無いと思えましたが、説明して貰えますか?」


 彼は低い地声を更に低くし、高圧的な態度でそう言い放った。

 新任の僕は教務室に居た他の先生からもあまりよく思われてないのか、皆僕に冷たい視線を送ってくる。しかし、ここは僕なりの指導方針があると弁解しなければなるまい。


「確かに一部の生徒には少々難しい内容だと言うことは重々理解しています。ですが知らない事を自分で調べ補っていく。そういった力、思考力がプログラマには必須だと私は考え出題しています」


 丁寧に説明したはずなのだが、高嶺は更に口を尖らせ表情を強張らせた。


「はぁ、確かに一理ありますが一部でも追いつけない生徒が居るなら即座にやめてください。ここでは私が主任ですから、私の指示に従っては貰わないと困りますから」

「ですが、それでは彼らの才能の花が開かないかもしれないんですよ!? 僕は多少難しい課題だとしても――」


 何とか分かって貰おうと試みる僕の言葉を遮るように、高嶺は声を荒げた。


「何度も言わせないでください。私が学年主任です、こちらの指示に従ってください」


 強い口調で攻めたてられる。こうも言われては僕ではどうしようもない。

 僕の受け持っている生徒には、類稀なる才能を持っている者が多数居る事を確信している。教員としてはその才能を開花させてあげたい気持ちがあるのだが、この主任が黙ってないだろう。


「……申し訳ありませんでした。次からは出題する前に高嶺先生に確認をして頂こうと思います」


 深々と頭を下げると、吊り上がった眉を少しだけ戻して高嶺は口を開いた。


「まったく……これだから左遷されてきた人間は。次から気を付けるようにしてください」


 ◇


 あれから3時間ほど経過し、定時から2時間過ぎて教務室には自分ひとりになってしまっていた。

 明日も仕事だ。そろそろ帰って疲れをとるべきだろう。僕は警備室に立ち寄り、自分が最後だと告げる。


「岡田先生、今日も最後ですか?」

「はい。生徒たちの課題が思ったより作り込まれていてですね」

「あんまり気負いすぎないでくださいよ。事故でもしたら大変ですし、ははは!」


 軽く言葉を交わして校舎を後にする。夕暮れの太陽はもう沈みきってしまいそうだ。


「もう遅いし、今日も晩御飯はコンビニ弁当かなぁ」


 独り言をぼやきながら交差点で信号待ちしていると、複数台のパトカーがけたたましくサイレンを鳴らしながら通り過ぎて行った。


「大きな事故か事件でもあったのか……?」


 その時、急に眠気が襲ってきて視界がぼやけた。目をこすりながら青になった信号を渡っているが、あくびが止まらない。


「おい!! あんた!!」

「キャーッ!!」


 その刹那、対岸で信号待ちしている男女の叫び声と、僕に向かって走り迫るトラックのクラクションが意識を現実へと引き戻した。

 どうやら僕は赤信号を青と見間違えてしまったようだ。

 しかし、トラックまではあと数メートル。スピードはかなり出ておりブレーキが間に合うとは思えない

 トラックの運転手の蒼白とした顔が見え、対岸の女性が顔を手で覆っている。走馬灯のように、笑顔で授業を受けている僕の教え子、大学時代の自分、そして数年会ってない母親の顔が次々と脳裏に浮かんできた。


「――ッ!」


 強い光と同時に強い衝撃が全身を襲う。痛いという感覚も全くなく、ただ宙を舞う自分の身体。そしてコンクリートの地面に叩きつけられる。

 全身の血の気が引いていく、視界が朧気になる。あぁ僕の人生、こんなもんなんだなぁ。


 ◇


 どれだけの時間が経ったのだろう。思考にかすみがかかったような感覚だ。

 ここは何処なんだ?あれからどれ程の時間が経ったのだろうか、そもそも僕は生きているのだろうか。

 目を開けても視界が真っ白でまぶしく状況が上手く掴めない。ここがあの世とでも言うのだろうか。


「──────────!」


 聴覚も膜が張られていかのような、厳密に言えば耳に水が入ってるような感覚で上手く聞き取れない。しかし、女性の何やら嬉しそうに話しているように聞こえた。


「──────────?」


 それに続き、男性の声も聞こえてくる。

 そして、少しずつだが眩しかった視界が元に戻る。だけど、あらわれた視界に言葉が出なかった。

 仰向けの僕を男女と思わしき人物ふたりが上から覗き込んでいる。そして、男女の姿が異様に、いや明らかに大きいことが分かる。

 かく言う僕は布のようなもので包まれているようで、妙な生暖かさを感じていた。


「なんだこれ、どうなってるんだ?僕はさっきトラックに…ってこれは夢か?」


 言葉にしたはずが、どう考えても言葉になっていない。

 驚きと恐怖の狭間とも言える気持ち悪い感情から少しずつ冷静になってきたところで、視界も徐々に鮮明になってきた。

 そもそもこの人らが大きいのではない、僕が小さくなっているのではないのか。


「──────────!」

「──────────!」


 まさか……。いや、そのまさかしか考えられなかった。

 口から発した声は言葉にすらなっていない、更には彼らが何を喋ってるのかすら理解ができない。

 もし夢じゃないとするなら、状況からみて僕は赤子に生まれ変わってしまった……のだろう。



 ◇


 あれから数日が経ち、ある程度理解できたことがある。

 まず、ここはこの夫婦の家である可能性が高いという事。それは部屋の中にあるキッチンと思わしきスペースを見れば明らかだった。

 それから、この世界は元居た世界とは全くの別物だと言うことだ。使われている言語も全く違うし、文明レベルは現代と比べるとかなり低く、僕が知っている限りだと中世ヨーロッパに少し似た生活様式だろう。

 部屋を照らす明かりはろうそくではなく、ランタンの様なガラス容器に赤黒い鉱石のような物から灯る炎が温かい光を発している。


 体の方はと言うと、赤子であるため当然なのだが筋肉が発達してないため、歩く事は疎か立ち上がることさえできなかった。

 食事も自分から摂ることは当然できないし、視聴覚には若干違和感がある。

 これだけ不自由で、誰かに常に面倒を見てもらわないと生きる事すらできない状況下に置かれると、泣き喚く赤子の気持ちというのが痛いほどに理解できた。


 しかし、このご夫妻には実の息子がまさか前世の記憶を持っている事と中身はおっさんだということを知れば、ひどく悲しむに決まっている。

 幸せそうなご夫婦……というより今の両親には前世の記憶を持ってしまっている事を隠して生きていくのがせめてもの自分ができる行動の一つだろう。


 ◇


 それから更に半年ほど経ったある日、僕は離乳食のような物を食べさせられていた。

 米とは違うが、少し甘味のある穀物を湯がいたお粥のような物だ。自分の喉が未発達だからなのだろうが、飲み込むときに違和感があり、注意して食べないと詰まりそうになる。というより何度か詰まった。

 だが、味はしっかりとしている。このお粥もどきも美味しく感じる。


 そして、両親が喋っている言葉が何を意味しているものなのか少しずつ分かってくるようになっていた。

 所々聞き取れないところもあるが、意味の分かる単語同士を繋ぎ合わせていけば、大抵の話の内容は聞き取る事ができると言った具合だ。

 僕は再び食卓の前で神妙な顔で何やら話し合ってる両親の会話へと注意を向ける。


「──が活動を始めた──。──は他の世界から──を呼び出して──に攻撃しているらしい。このままでは世界の危機だ。俺たちの──は、今この国のどこかに居るって──の勇者に──ているのかもしれない」


 恐らく他国との戦争か何かの話だろうか。いや、それでは世界の危機ではないはずだ。

 活動を再開、世界から呼び出して攻撃、世界の危機、国のどこかに居る勇者──。頭の中でそこまで施行を巡らせ、僕はハッとなった。

 もしかして何者かが僕のような異世界の人間を召喚し、その知識を悪用していたりするのだろうか。いや、世界の危機だ。そんな小さな事ではないはず。


「世界の危機……勇者……。もしかして……魔王か?」


 頭の中に浮かんだ単語を先ほどの両親の言葉に当てはめてみる。


「魔王が活動を始めた。魔王は配下を異界より召喚して──に攻撃しているらしい。このままでは世界の危機だ。俺達の命運は、今この国のどこかに居るって噂の勇者に託されているのかもしれない」


 こんなところだろうか。

 もし本当に魔王が異世界から人間、もしかすると地球人を召喚して悪事を働こうとしているのならば、僕も無関係だとは言えないだろう。

 むしろ、こうやって前世の記憶を持ったまま生まれてきた事にだって意味があるはずだ。

 しかし無力すぎる今の自分に出来る事と言えば、せめて魔王や勇者の知識を集め、同じような境遇の人と接触する方法を模索する……くらいだろう。


「あらら、機嫌を悪くしてしまったのかしら……?」


 年相応に見えない難しい顔をしていたのだろうか、そう言って心配そうに僕の顔を眺める両親に可能な限り赤子っぽい笑顔を向けながら僕は一つ決心をした。


「もし魔王のような存在が僕みたいな異世界人を使って悪事を働こうとしているなら、同じ異世界人として止めてやる」

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