第9話 大いなる業/マグヌム・カルマ
「俺は、どうなるんですか?
死刑? 幽閉? ちょっと痛いのは勘弁願いたいんですが」
『そう恐れる事じゃない。
つまり
「そう、ですか。ありがとうございます」
落ち込む俺に対し、レイヴンはフォローするように言葉を投げかけてくれた。
それで俺の過ちが無くなるわけではないが、年長者らしい温かい言葉に安心感を覚える。
『機関には
「ミスター・レイヴンはお優しいのですね。私としては、すぐ隔離するべきと考えますが」
『無辜の民の安全を考えるのならな。だがその場合、コイツ自身の自由はどうなる? 例え
どうやら安心するにはまだ早い状況のようだ。隔離と聞いて、再び不安が押し寄せる。もう2度と家に帰れない可能性が、俺にはまだあるんだ。
そんな不安の中、ふと姉に対して申し訳なさを覚えた。夜までに帰れなかったうえに、一生会えない可能性まで出来ました、などと言ったらどんな顔をするだろう。心配性な姉のことだ。きっと慌てふためくんだろうな。どうにかして、事情を説明出来れば────。
「待ってくれ。今俺が此処にいる事って、姉ちゃ……家族には?」
「ご心配なく。貴方が怪我をしていましたのでこちらで保護しました、と連絡済です」
『家族のことが、心配か?』
「むしろ、えーっと、そうだなぁ。家族に余り心配をかけたくない、の方が正しいですかね? 姉は俺の保護者代わりみたいなものでしたから、今まで何度も迷惑かけたので。
……あの、ロゴスや俺の現状について、姉にだけは全部話す事って──────」
『それは絶対に許容できない』
俺の言葉を遮るように、レイヴンの言葉が突き刺さる。今まで優しい声色だったレイヴンの口調が、途端に鋭利な刃物へと変わったような気がした。
それは絶対的な否定の意志。殺意と錯覚するほどの否定の言葉が、通話越しにこちらへ飛び込んできたのだ。
『ロゴス能力の存在、ひいては
「それは、世間を混乱させないため、ですか?」
「いえ、もっと根本的な理由なんです。……{ “大いなる炎、風に依りて強く在れ ”}
会話に割って入ったディアドラが立ち上がり、呟くように呪文を唱える。すると、指先にライターのように小さい炎が灯った。
「私がこのように、何もない場所から炎を生み出す。これは常識的でしょうか?」
「いや、それは、言っちゃ悪いが非常識な出来事だろ。ライターとかあるならまだしも」
「そう。常識的に考えて、人は道具を使わない限り炎を起こせないですよね。この常識という概念こそ、かつて全人類が扱えたロゴス能力の存在を、消滅させた確たる概念なのです」
『ロゴスは人間の意志を現実にする力だと言ったな? なら、そんなこと有り得ないって大勢の人間が考えたなら? 単純な多数決だ。一人の意志による世界改変なんざ、大勢の人間が抱く“常識”によって容易く潰されちまう。それこそ、ロゴスが現代に存在しない理由だ』
ディアドラとレイヴンの説明で、俺はハッとした。そうか、全人類が『ロゴスなんて非常識は存在しない』と思い込んでいるからこそ、この現代では大多数の人間が、こんな非常識な異能を扱う事が出来ないんだ。
ならば、ロゴスの存在が公になるという事は、その逆──────非常識な力が実在すると、大勢が受け入れてしまう事になる。
「じゃあ、その存在を知られちゃいけない理由って、そのロゴスを封じる常識が、揺らぐから?」
「そう。誰かに知られるという事は、その分だけロゴス能力が世界に許容される事になる。
私たちR.S.E.L.《ラジエル》機関の手の届く範囲も限界がありますし、そのような事態は絶対に避けたい。故に我々もまた、秘密裏に行動するのです。誰からの協力も得れず、孤独の中で……」
ディアドラが真剣な表情で、俺を真っ直ぐに見つめながら言った。俺はそんな彼女の視線にどう返せばいいのかもわからず、逃げるように窓の外に視線を移した。
正直な話、信じきれないという感覚が頭にあったが、同時にどこか納得する感情もあった。
焼けた鉄と伝えて常温の鉄を人の肌に当てると火傷した、という事例を聞いた事がある。これは人の意志が世界に対して影響を与えた、ロゴス能力の実例と言えるのだろう。知らないだけで俺たち人類は、みんな揃ってロゴス能力……意志で世界を変える力を持っているんだ。
もしロゴス能力の存在が公になれば、昨日のような異能を扱う人間が当たり前になる。そうなれば一体、誰が治安を保証できる? 行きつくのは、神々の闘争という過去の繰り返しだ。考えに考えた結果、俺は姉に事情が話せないという現実を受け入れざるを得なかった。
ただ、一つだけ疑問が残った。
「貴方たちの目的はなんなんですか? どうして危険を冒してまで、
何故俺たちを無償で守ってくれるのか? どうして
まさか
『そうだな。過去の俺達みたいな悲劇を生み出さないため、とでも言っておくか』
そう自嘲するように一息置いて、レイヴンはその顔の半分を覆う仮面を外した。
「ッ! それ、は……ッ!」
俺はその内側に隠された素顔を直視し、息を呑み驚愕する。仮面の下には、無造作に機械化が施された顔があった。肉と機械が混ざり合う姿は、見る側にすら痛々しさを感じさせる。怯える俺に対し、レイヴンはどこか申し訳なさそうな顔をした。なんで、こんなことに。そう問おうとした時、ディアドラが説明を挟んでくれた。
「元々R.S.E.L.《ラジエル》機関は、某国の秘密機関なのです。今はレイヴンの主導で変わりましたが。ロゴス能力を軍事利用するべく、ありとあらゆる非道な実験が行われていたそうです。レイヴンはその時代に機関に囚われ、ロゴス能力者の兵器化実験を施されたと聞いております」
『昔の話だ。今は恨みもない。ただ、二度とこんな惨状を生み出したくないという思いはある。だから今の機関は、ロゴス能力者や
「……理解しました。そんな覚悟も知らず、疑うような発言をして申し訳ありません」
俺は、彼らを疑った事を強く恥じた。そんな事情も知らずに、なにか裏があるんじゃないかと疑っていたなんて。そして同時に俺の中には、彼らの固い信念に協力したい思いが強く生じていた。
「問題ないですわ。疑われるのは慣れっこです。こちらこそ、拘束して申し訳ありませんわ」
「ああ、それは良いよ。それだけの事をしたのは、俺なんだから」
『信用はしてもらえたか?』
「はい。ありがとうございます。話してくれて」
『良いって良いって。で、これからだが、お前さんには今後は監視がつく事になると思う。能力者の人権を尊重したいのはやまやまなんだが、
「分かりました。この力が危険なものだと分かった上で、細心の注意を払います」
「そういえば、貴方が力を得た
「え、何で分かるんだ? 確か全面鏡張りみたいな、神殿っぽい荘厳な剣だった」
「我々が探していた
なるほど、そうやって
「はい。ですのでこうなると、私はもうお役御免ですわね。もうここにいれないというのは、残念な話ですが」
『あー。それなんだがー、その。悪いんだけどさ』
レイヴンは頬を掻きながら、申し訳なさそうに言い淀む。年齢に似合わぬ軽いノリだ。
『あのさぁ。まだ美術館から
「へ? いや、あれ? ですが、彼の持っている力は確かに
『いや、でもまだ“予見者”の見る未来では、解決してないって出てるから』
「そ、それじゃあ、まさか……」
レイヴンは申し訳なさそうに頷く。そのまま震える声のディアドラ対して彼は言い放った。
『ああ。
……本当にスマン、人手不足で。文句は後で、存分に受け付けるから』
「ええ? ちょっ。マジですの!? まだ解決じゃない上に、問題まで増えるのですかぁああああああああ!?」
全く取り繕わない、一切隠しようのない本音の悲痛な叫びが、ホテルの一室に響き渡った。
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