第56話 再戦腕相撲

「……ドラゴンって遅いんですね」


 街近くの森までの競争は、クリスタル飛行船が余裕で勝ってしまった。

 相手は元トカゲだ。最初から勝てる勝負じゃなかった。

 遠くの空に飛んで来る茶色いドラゴンが見える。


「街に行くので、もう山に帰っていいですよ」

「カゲッー‼︎」


 トカゲの仕事は終わった。

 街に一緒に連れて行って、襲撃させるつもりはない。

 誰かに見つかる前に山に戻るように言った。

 ドラゴン素材は貴重でお金になる。


「さあ、パトラッシュ。酒場に行きますよ!」

「ワフゥ!」


 大きな白犬の背中に乗ると、カノンは街に向かった。

 前よりもスピードが上がっている。


「よぉーし、今度こそ勝ちますよ! 全員倒して、お父様の再々就職です」


 街中を素早く走り抜けて、冒険者ギルドの前に到着した。

 建物一階の酒場に入ると、冒険者達がエリック酒で盛り上がっていた。

 酒には罪がないのか、酒の販売はやめさせられなかった。


「ん? 何だ、お前! 辞めたんだから、酒場なら他所に行けよ!」

「そうだ! それともまた痛い目に遭いたいのか!」

 

 二日振りにやって来たカノンに冒険者達が気づいた。

 酒の力を借りて、強気に出て行けと言っている。


「修業して来ました! もう一度腕相撲してください!」


 だけど、今日はカノンも強気だ。頑張って食べて修業した。

 誰でもいいから、かかって来いよ。そんな無敵状態だ。


「がっははは♪ 修業だって⁉︎ たった二日の修業で勝てるってか? コイツは凄えぇ!」

「誰か相手してやれよぉ~♪ 腕折るんじゃないぞぉ~」


 でも、見た目が変化したわけでも、傷だらけにもなっていない。

 二日前と何も変わらないカノンを見て、冒険者達は舐めまくっている。


「指二本で十分だ。俺が瞬殺してやるよ。さあ、来いや!」

「望むところです! 怪我しても知りませんよ!」


 一人の冒険者がカノンに挑戦した。人差し指と中指だけで相手するようだ。

 テーブルの皿を退かせて、右腕の肘をドンとテーブルに置いた。

 短い茶髪の四角顔の男の指を、カノンがしっかり握った。


「エイッ!」

「ぎゃああああ~‼︎ ぎゃああああ~‼︎」


 ——ボキィ、ゴキィ。

 勝負は男が言う通り、瞬殺で終わった。

 指二本が曲げ折られ、手首まで曲げ折られた。

 男が床を転げ回って絶叫している。


「女ぁー! 汚いぞ! 装備を隠し持っているだろう!」

「持ってないです。嘘だと思うなら、そこの女性に調べさせてください」


 反則したと冒険者が騒いでいるが、装備を使った反則技は使っていない。

 純粋にレベルの違いだ。酒場の女給に頼んで、足の指まで調べても何も出てこなかった。


「何も隠していません」

「チッ。手加減する必要はねえぞ! 誰か男の強さを教えてやれ!」

「俺がやってやるよ。それで終わりだ」


 さっきの男よりも強そうな、巨漢の丸坊主が現れた。

 左目に大きな傷が縦に伸びている。丸々と太った右腕をテーブルに堂々と乗せた。


「ぎゃああああ~‼︎ ぎゃああああ~‼︎」

「ジャ、ジャクソンがやられたぁー‼︎」


 ——ボキィ、ゴキィ。

 さっきと同じだった。男の大絶叫が酒場に響き渡る。

 親指以外の指四本を折られて、手首を折られて、床を転げ回っている。


「次は誰ですか? 雑魚はもういいですから、一番強い人を出してください」

「くそぉー、調子に乗りやがって! 誰か隣の宿屋からベクトルさんを呼んで来い! 後悔させてやる!」


 自分では後悔させられないらしい。

 冒険者三人が建物から走って出て行った。


 だけど、悪巧みを考える冒険者がいた。

 コソコソ話して、反則で倒そうとしている。


「おい……勝負が始まる前に殴れ」

「何言ってんだよ、女だぞ」

「女だからだ。女に舐められたまま終われるか」

「分かった……よし、次は俺がやる。ベクトルさんが相手する必要ねえよ!」


 顔の赤い男がカノンの前に現れた。

 少し酔っているせいか、冷静な判断が出来ないようだ。

 テーブルに右腕を置いて握り合うと、始めの合図を無視して、左拳で顔を殴った。


「はぐっ!」

「悪い悪い手が滑ってしま——こはあんっ‼︎」


 少し痛かったけど、カノンは我慢した。

 男は軽く笑って謝ろうとしたが、カノンの凄まじい左手の平手打ちに顔を打たれた。

 手を握ったまま、意識を失って、テーブルに顔面を叩きつけた。


「今の反則です! 少し痛かったです!」

「おい、マジかよ。本物の上級冒険者なんじゃないのか?」


 平手一撃で気絶させられた冒険者を見て、やっと冒険者達が気づいたようだ。

 自分達がとんでもない相手に喧嘩を売ってしまったことに。

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