第52話 腕相撲強要

「ゔゔゔゔっ~‼︎」

「お父、エリックさん‼︎」


 カノンは口を縛られて、椅子に縛られているエリックを見つけた。

 お父様と呼ぼうとして呼び直したが、前に娘だと言っているのを忘れている。

 コソ泥父の被害者で、金を貰った冒険者は覚えている。


「俺の留守中に好き勝手に暴れたらしいな。冒険者は完全な実力社会だ。金と装備の力で上級冒険者になれるような生温い世界じゃない。見習いに戻るか、辞めるか選べ」


 冒険者達の中から代表するように、褐色の肌に逆立った灰青色と口髭の男が前に出て来た。

 40代後半の中級冒険者ベクトル・リングベルト。レベルは45で、この街一番の実力派冒険者だ。

 身長も身体も他の冒険者よりも一回り大きい。


「ちょっ、ベクトルさん⁉︎ これは誤解なんです! 戦闘能力じゃなくて、配達能力で選ばれたんです!」

「誰だ、お前は? この女の仲間か?」

「ま、まぁ、そうです……」


 ウェインがカノンを庇おうとしたが、拳で釘を打てる鋼の肉体の前にビビッている。

 軽く睨まれただけで、小声になって、身体を縮こませている。

 そんなウェインの目の前に、ベクトルは握った右拳を向けた。


「だったら殴られるか、退くか、さっさと選べ」

「す、すみません!」

「ふんっ」


 ウェインが脅されて、素早く横に移動して道を開けた。

 立ち塞がっても、殴り飛ばされて退かされるだけだ。

 だったら自主的に退いた方がいいと、賢く判断した。

 無事に仲間を見捨てる、腰抜け冒険者の称号を獲得した。


「見習いに戻りますから、エリックさんを離してください」

「駄目だ。アイツは辞めさせる。嫌なら腕相撲で俺に勝ってみろ。もしも勝てたらお前達を認めてやる」


 か弱い女性に腕相撲勝負だ。最初から勝たせるつもりがない。


「本当ですね? 勝ったら離してくださいよ」

「勝てたらな。だが、その前に装備を外してもらう。ステータスを上げる装備を付けているだろ」

「そんなのズルいです! 装備も実力です!」


 カノンは勝つつもりだったが、装備を外したら勝てない。

 ルール変更に抗議しているが、当然ベクトルは抗議を受け付けない。


「お前がいつもやっていることと一緒だ。装備を使いたいなら、俺に同じ装備を渡せ。嫌ならお前の負けだ」

「むぅー! 分かりました! 後悔させてやります!」


 ムカツク態度にカノンは怒った。勝負するみたいだが、腕相撲を知らない。

 腕相撲とは力、瞬発力、持久力、耐久力を競い合う過激な格闘技だ。

 握り合った相手の手の甲をテーブルにつけるか、もう片方の手で相手の顔面を殴って気絶させれば勝ちだ。

 大抵の勝負は相手を気絶させて勝負が決まる。


「ふにゃー!」


 殴る価値もなかった。勝負は一瞬で決まった。

 カノンの右手の甲がテーブルについた。


「流石はベクトルさんだ! 勝負にならねぇぜ!」

「よぉーし! 次は俺の番だ!」

「ふにゃー!」

 

 勝負に負けたカノンに、冒険者達が次々に腕相撲を強要する。

 無理矢理に手を握っては、テーブルに倒していく。

 酒場の冒険者全員に倒されて、カノンは冒険者ギルドから解放された。

 一回も殴る価値がないほどに弱かった。


 ♢

 

「くぅぅぅ! アイツら許さんぞ! 嫁入り前の大事な娘を傷ものにするなんて!」


 娘と一緒に解放された父親が家の中で怒っている。怒るだけで結局は何もしない。

 娘の方は極上回復薬を飲んで、傷ついた腕は回復済みだ。


「仕方ないですよ。私が弱かっただけです」

「弱いなら強くなればいいんだ! カノン、お前は悔しくないのか!」

「悔しくないです。女性が男性に勝てないのは当たり前ですよ」

「私は悔しいんだ‼︎ 何とかして、アイツらをギャフンと言わせてやりたい!」


 だったら身体を鍛えればいいが、エリックは口だけで何もやらない。

 カノンはどうでもよさそうだ。

 怒っているエリックに、お土産の海老の尻尾の唐揚げを出している。

 本体は別の人が美味しくいただいた後だ。


「はぁー。無職になってしまいました」


 父娘で冒険者ギルドを辞めさせられた。

 カノンは自分の部屋に入ると、万能伝説図鑑を読み始めた。

 世界の伝説が色々と書かれている図鑑だ。

 お金も時間もあるから伝説を探すみたいだ。


「伝説の実ですか……凄いお酒が作れそうですね」


 パラパラと本を捲って、カノンは面白そうな伝説の実を見つけた。

 丁寧に図鑑に、伝説の実がある場所への行き方が書かれている。

 配達はウェインとルセフ兄妹がいるから問題ない。

 気分転換にちょっとした伝説探し旅行に行くことした。

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