第1話 彼の身に起きたこと

1年前当時付き合っていた彼玲衣と旅行に行く約束をしていた

その旅行で伝えたいことがあると玲衣に言われて

幸せ一杯で待ち合わせ場所に向かった


でも約束の10時を回っても玲衣が現れることはなく

『もう少し・・・』

それを何度も繰り返し夜の10時を過ぎたとき絶望に襲われた


あの日から李砂は誰を信じることも出来ずただ仕事だけに打ち込んできた

なのに彼の双子の弟である嵐は玲衣が約束を楽しみにしていたと言う


「あの日・・・あいつがウチを出てちょっとした時に事故があったんだ」

「え・・・?」

李砂は鼓動が早くなるのがわかった


「居眠り運転のトラックが突っ込んで来たらしくてあいつはトラックに吹っ飛ばされた」

「・・・ウ・・・ソでしょ?」

「・・・」

「ねぇ嘘だって言ってよ?!嵐?!」

思わず嵐につかみかかっていた


「落ち着け。一応生きてるから」

「一応って・・・?」

言葉は理解できているはずなのに意味が分からない


「記憶と感情が欠落してるんだ」

「・・・ウソ・・・」

「嘘じゃない」

「信じない。だって・・・」

「信じたくない気持ちはわかるよ。でも事実だ」

嵐はそう言って李砂をじっと見ていた


「李砂、あいつに会ってくれないか?」

「え・・・?」

「意識はあるんだ。毎日寝起きて食事して仕事して・・・普通に生活はしてる。

 でも大半の感情失ったあいつを見るのはもう疲れたんだ・・・」

嵐は落胆の色を浮かべた


「親父もお袋も参りきってて施設に入れる話も決った」

「そんな・・・」

「仕方ないんだ・・・あいつの中で俺らは赤の他人で四六時中警戒してるのが分かる。

 人一倍感受性が強くて喜怒哀楽が豊かだったあいつの今の姿はもう・・・」

嵐と玲衣は性格が全く違うのに気が合い仲もよかった


「どうして施設なの?一人暮らしでも・・・」

「後遺症がひどくて頻繁に意識が飛ぶんだ。

 それが収まらないうちは一人暮らしは危険すぎる」

心配で寄り添おうとするが玲衣自身がそれを拒んでいるという


「玲衣は・・・?」

「納得はしてる。あいつにとっても家族と思えない人間に

 気を使いながらすごすより他人と割り切れる場所にいた方が・・・」

李砂は嵐の言葉を最後まで聞かずに階段を上り始めた


「李砂?」

「・・・部屋は・・・前のまま?」

「あ、あぁ」

嵐が頷くのを聞いて李砂はローカの奥の部屋の扉の前で立ち止まる

しばらく扉を凝視していた李砂は意を決したかのようにノックした


「どうぞ」

懐かしい静かな声がした

李砂はゆっくり扉を開ける

その先には出窓に腰掛けて外を見ている玲衣がいた

焼けていた肌が驚くほど白い

その白さはひどい傷跡を必要以上に目立つものにしていた


「玲衣・・・」

李砂は真っ直ぐ玲衣の姿を捉えて名前を呼んだ

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