探偵しょうがないじゃない
三重野 創(みえのつくる)
第1話 故意はアホやね
「
ぷりぷり怒っているのは、助手の
ニカルが矛先を向けているのは、どんどん貧しくなる我が国の現状についてだ。主語が大きくなってしまうのは、プロミネンス騒動が始まってこのかた、火事場泥棒のような大混乱を呈しているためである。
良心にのっとっていようが、出来心だろうが、よりどころとするソースが欺かれていては、責任の所在もあやふやだ。統計がすべてだと宣った御仁もいたが、その統計すら改竄されているのだから。
「ま、お前がどこに怒りをぶつけていいのか分からないのも無理はない。プロミネンスのゴタゴタで対応がまずいのは、なにも日本政府だけじゃないしな」
世の中は、国単位で動いているように見えて、その実、ボーダーレスにコマを動かすplayerが存在する。
「神籬さん。わたし、ネット黎明期の掲示板には、とても可能性を感じたんです。核心を突いた書き込みと、上質のウィットに富んでいて、つい夜更かしをしたものです。テレビを見ただけでは分からない裏の事情が、事細かに解説されていました」
ニカルは重度のネラーである。
「言いたいことは分かるぜ。いまとなっては、そのネット世界の常識人たちが駆逐されてしまっている」
笑うポイントが分からない動画がバズったり、無益な争いを助長するつぶやきが大々的に取り上げられたりする。
「神籬さん、これはミステリーですよ。首謀者が誰か、まったく分かりません。表舞台に出て来ないわけですから」
強引にコンテストへ寄せて来やがったな。
「お前のその灰色の脳細胞で考えてみろよ。ロンドンインペリアルカレッジで主席だったんだろ?」
そんな才媛がウチのオンボロ事務所で助手をやってるってんだから、こっちのほうがよっぽどミステリーだぜ。
「あら、神籬さん。わたしの脳細胞は、ピンク色なんですよ?」
ニカルの年の頃なら、まだまだ可愛いモノに囲まれていたいのだろう。
「わかったわかった」
丁寧な口調だが、ニカルはおしゃべりが玉に瑕だ。
「そうですね。わたしの怒髪が天を衝く切っ掛けになったのは、セブンの商品がどれもこれも20%近く値上がりしたからなのですが」
「余計なおしゃべりはもういい」
ニカルも料理をやりだしたらハマりそうなんだがな。
「はい。国債を発行すれば経済危機を脱せられるという詭弁に、一刻もはやく気付かなければなりません」
ずいぶんと飛躍したな。
「上出来だ。お前もそうした正論がことごとくつぶされるから、華やかな世界に嫌気が差したんだろう?」
ニカルは妙に正義感が強いところがある。
「ええと、それだけではないんですけれど・・・」
あいつは何を恥ずかしそうにしてるんだ?
「そんなことを言ってたら、俺もお前も盤上から消されるのは必定だ。コマがplayer様に楯突こうだなんて、もってのほかだ。謀反は死刑だからな」
「わたしは、そんなどこの誰とも知らないplayerに忠誠を誓った覚えはありません!」
「落ち着けって。欺く方法が巧妙なだけで、カラクリは三文小説以下だぜ」
自分で言ってて、俺もだんだん腹が立ってくるな。
「話すのも馬鹿馬鹿しいですが、国債を発行すればするほど、どんどん国民の暮らしは貧しくなります。返済に国税の40%以上がつぎ込まれているんですからね」
国債は国民の負債である。
「借金漬けにされたら、いいようにこき使われるだけだ。恐ろしいぜ」
ニカルも嫌悪感をしめしたが、ハッと何かを思い出した。
「神籬さん。えと、ミステリー小説でしたよね? これではエコノミー小説では?」
主席だけにさかしいな。
「いや。ミステリーだぜ。反旗をふりかざした人物が、ある日、忽然と姿を消したりするんだからな」
ゆったりと紫煙をくゆらした。
「神籬さんは、大丈夫ですか?」
要らぬ心配を。
「俺の調査はまったく評価されないし、取り上げられることもない。だが、だからこそ自由に発言できる部分がある」
有名税があるなら、無名配当という言葉があってもおかしくない。
「神籬さん、隠しても無駄ですよ。迷宮入りの難事件をいくつも解決してきたのは、存じあげています」
刑事や探偵の名前が公にされないのは、今後の捜査にさしつかるためだろう。
「俺は歴史が嫌いでね」
ジョークではなく、本当に興味がない。
「歴史と言うほど昔ではないですけれど」
ニカルの母親の件は、触れないでおこう。
「名探偵・神籬さん。しかして、この難事件はいかように解決されますか?」
マジな目をしやがって。
「カラクリは単純。欺く方法が巧妙といったが」
ニカルは耳を澄まして聞いている。
「お前の出番じゃないか。真実情報がヒットされやすくなるように、OSを書き換えればいい」
日本国民のスマホは、海外産に占領されてしまっている。
「簡単に言ってくれますね、ボス」
なんでそこだけボスなんだ。
「了解です。3日ください」
こいつが地球生まれかどうか、別のミステリーが生まれてきたな。
ピンク基調のデスクに向かって、目にも留まらぬ早技で打鍵しているニカル。作業が進むにつれ、心なしかテレビから明るいニュースが増えていく。
「なあ、ニカル」
「なんですか? いま手が離せないのですが」
振り向かずも手の速度を変えない若き助手。
「お前なら、タイムマシンも創れるんじゃないか?」
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