遥かな空を目指して
はなな
第1話 遥かな宙を目指して
俺は今椅子の様な何かににガチガチのシートベルトをつけて座って……いや、寝ている。
背中のほうが下になっており、背もたれは多少クッション性は有るが座り心地はかなり悪いほうで、長時間この体制だと背中が痛くなるだろう。
着ている服も通気性が最悪で、ものすごく重いためものすごく過ごしにくい。
だが、こんな椅子でも服でも俺専用に特注で作られている。
そんな特殊な状態にあるのは、俺達がこれからこのスペースシャトルで地球を出ようとしているからだ。
『2103年に人類は人口200億人を超えましたが、その後は緩やかに人口の減少が進んでおります。
人口が増えすぎたがゆえに人は飢餓に陥り、資源の奪い合いが加速しています。
惑星に対する人類の成長の限界を迎えました。そう、今の人類に地球は狭すぎるのです』
宇宙服の無線から50代のおっさんのようなしわがれた声が聞こえる。声を聞くだけで脂ぎったハゲのデブのおっさんであることがわかるされるくらい不快な声だ。実物には何回も会っているからイメージするのは当然としても、できればもう会いたくない人物の一人だ。言っていることはまとものように聞こえるが、どうせ秘書AIが文書を作ったんだろう。
ちなみにこのムカつく声の持ち主は一応宇宙航空相長官であり、今回のプロジェクトの日本側のリーダーだ。どうやったらあんなに人のやったことを自分の成果だと思い込めるんだ?
手を前の方向、重力から逆らうように伸ばして、機器の状態を指差し確認しながらそのクソムカつく声を聞く。
『えー……この「オグンプロジェクト」は我が国やアメリカを始めとした10カ国から人員を集め、地球全体として、地球の人間の総意として行っております。
このような一大プロジェクトのはじめの出発地にこの日本が選ばれたのは大変光栄に思っております。
本日の天候も風は弱く、出発するにもこれ以上無い日かと思います。えー、この巡り合わせも偶然ならば神の思し召しではないでしょうか』
日本が最初になったのは単純に打ち上げ角度と時間の問題のせいであってこのハゲの成果じゃない。日本が今回のプロジェクト参加国で一番東に有るからって理由だけだ。この日この時間なのも風が弱い日を予測してやっている。神じゃなくて人が決めただけなのにどうしてそう誇れるんだ。
『この任務に就く20名はこれから新天地への調査を行うために出発します。彼らが結果を伝えるまで最低でも4年という長い時間がかかります。彼らが進む道が我々にとっての未来……未来……えー、彼らは未来を作るため彼らは命を賭しております。無論彼らだけではなく、私も命を賭す覚悟でございます』
「ヘイ、トーヤ。お前の国のやつがなんか言ってるぜ」
その声に重なるようにすこしくぐもった女の声がする。声の主自体はすぐ隣りにいるのだが、宇宙服越しではほとんど聞こえない為通信を使用している。
「ああ、あのクソハゲは俺らの代わりに命を賭けるなんて絶対やらないぞ。地球より自分の金と名誉が大事なんだからな。噛みやがったし」
俺の隣の席にいるティニーはこの調査船・アルファのもう一人のクルーだ。俺、トウヤ・カタギリとこのティニエル・テイラー、たった二人しかこの船には乗っていない。10隻20人の船でそれぞれの土地へ調査を行うためにそれぞれ乗り込んでいる。
「あたしらはこれから神聖なるお馬様の御御足を舐めに行くってのによ、好き勝手言ってくれるぜ」
「ま、俺らは人類初の太陽外惑星への進出っていう名誉を得るんだ。そのくらいくれてやろう」
俺たちがこれから向かうのはケンタウルス座α星b、通称リギル・ケント。ケンタウロスの足という意味だ。この星は昔は居住可能惑星の可能性があるとされていたが、現在では否定されている。そんな惑星に行く理由としてはテラフォーミング、つまり住める惑星に改造できる可能性が残っているからだ。
しかし、このアメリカンジョークは中々ついていけないな。普通に話すだけで国の違いを感じるよ。
人類は火星テラフォーミングは成功したが、豊富な地球のバックアップを前提とする計画はうまくいくはずもなく、計画は放棄された。2188年、俺たちは新しい技術、虚数空間概念圧縮型疑似超光速超長距離航行システム、通称ワープシステムを使用した航行と移住可能惑星の調査を行うプロジェクト「オグンプロジェクト」の任務へ就いた。
『えー、彼らが向かう先には数多くの冒険、苦難……えー、そして新たな喜びが待ち構えているでしょう。
これからの彼らのため、皆様盛大な拍手をお願いいたします』
ぱちぱちと無線越しに音が聞こえる。心なしか拍手も少ない気がする。きっとこんなスピーチ誰も聞いてないんだろな。ってかえーえーうるせえよ、カンペ見てるのが聞いているだけでモロバレだっての。
その拍手の音がプツリと途切れて通信が入る。通信の割り込みだ。
『こちらHQ、シップアルファ聞こえますか』
聞こえるのはスッキリとハキハキした女性の声、本部からの通信だ。先程の聞きたくもない声が聞こえなくなってスッキリする。
「こちらシップアルファ。オールグリーン。ファーストエンジン、セカンドエンジン、ハッチ、コフィン、ラジエータ、アンテ、ナその他もすべて問題なし。デュプリケータ用の環境値も正常値圏内にある」
『こちらモニタ上もオールグリーン。クレードルは出発後に起動します。発射まであと300。前90からカウントダウンを行う。しばらく戻れない地球を感じてください』
「ラジャー。ご配慮痛み入るよ。アウト」
HQとの事務的な通信が切れるとすぐにあのハゲの声がする。
『―――というのです。彼らは我々を導く一番星となるべく進んでいくのです』
「トーヤ、この通信切ったらだめなのか?こいつ私たちが星になるとか言ってるよ」
「確かに縁起でもねぇな。よし、聞きたくもないし切っちまおうか」
ボタンを操作し、ササッと対象のチャンネルをオフにする。
『えー、私は彼らのために』ブチッ
通信は途絶え、雑音が消える。聞こえるのは自分たちの宇宙服の擦れる音くらいだ。なまじ宇宙服は気密性があるだけに外からの音はほとんど聞こえなく、否応なしに日常との違いを感じる。いや、日常とはこれでお別れなんだ。
少しするとティニーから通信が声がしてくる。なんだか声はいつもよりもハリがない。
「練習で何十回も発射演習やったとはいえ、本番は緊張するね」
「そうか?ティニーはあんまり変わらないように見えるけどな」
ティニーといえば俺には勝ち気でどこか乱暴なイメージしか無いが……ティニーの声もまるでいつもどおり威勢が良いように聞こえる。
すこし声にハリはないが……朝の寝ぼけたティニーよりはよっぽど元気だ。
「そりゃ宇宙服着てればほとんど見えないから。これでも手も足も震えてるんだぜ」
「はは、そりゃ残念だ。そんなティニーは人生で中々見れないだろうに」
「トーヤは平気そうだね。うらやましいぜ」
正直なところ俺だって怖い。
まず有り得ない話だが、今この瞬間燃料が爆発して死ぬ可能性だって有るわけだし、たどり着いて戻れる保証だって無い。
宇宙飛行士になって必要なことはたくさん有るが、その一つが死への覚悟だった。俺が地球戻れなかった時用に遺書も書いている。
「そりゃティニーが居るからな。死ぬときは一緒」
「あら、うれしいこと言ってくれるじゃないか」
「死なば諸共ってね」
「そんなことだと思ったよ」
ティニーはため息を付きながら苦笑いのように笑っている。
その笑いが終わると会話することもなくなり、また静寂が訪れる。
しばらく地球に戻ることなど無い。論理上はウラシマ効果は発生しないはずだが、実際に起こることには不安は感じる。
もしかしたら戻ったときにはイルカや猿、もしかしたらイカなんかがこの星を支配しているかもしれない。
俺も地球を離れることを考えるが……正直そんなに未練はないな。
そもそも未練を残すほど思い入れがある物を残していない。
我ながら薄情だと思う。悪いな父さん、母さん。
『こちらHQ、あと2分だ。機器の再チェックを行ってください』
先ほどと同じ女性の声がする。どうやらシップアルファの着火シーケンスはこの人が行うようだ。
「こちらアルファ。もう10回目のチェックになるが問題ない。ちょっとチェックが多すぎるんじゃないか?」
『こちらでも問題なし。チェックと乾杯は何回やってもいいのよ。それではカウント90から始めるわ』
「ラジャー。しばらく乾杯できそうなのが残念だ。アウト」
「ま、宇宙船で酒はだめだもんな。消毒用ならあるぜ」
「アルファ・ケンタウリまで着いたらデュプリケータで作るのもありだな。何か資源あることをホントに望んでいるよ」
「規則違反……ま、叱られるのは戻ってからだし気にしなくていいよな」
30秒ほど時間がたってから放送でカウントダウンが聞こえてくる。
すべての手順はすでに終わっている。
着火は俺達の手元を離れて、すでに俺たちにできることは神に祈ることだけだ。
『カウント30で着火を行います。耐衝撃用意してください』
「ラジャー。アウト」
カウントが30を迎えると機体が大きく揺れる。
「システム異常なし、機体角度基準値内」
ティニーと俺で機器のチェックを行っていく。
特に姿勢制御システムの状態は常に要監視だ。これが駄目なら間違いなく墜落して宇宙の藻屑どころか魚の餌になる。
『カウント10・9・8・7・6』
しっかりと自分の体制を整えてGがくる準備をする。
『5・4・3・2・1・0!』
訓練の比較にならないほどの音を上げながらすさまじいGを受け、宇宙服の対衝撃機能が働き服が硬化する。
エンジンの轟音に包まれながら、俺たちは地表を、地球を離れていった。
~
それぞれの話の後はここで用語説明します。基本的に主人公たちが知っている言葉は説明を載せます。
これを読まなくても本編に大きな影響はありませんが、疑問の一部は晴らすことができるかと思います。
・虚数
2乗した値がゼロを超えない実数になる複素数。
※以下オリジナル設定
2053年アメリカの某大学にて「磁気制御における反物質の定着」という研究が発表された。これにより反物質の生成および維持が比較的簡単に行えるようになり、反物質の研究が進んだ。
その後エネルギー量測定の結果、反物質の対消滅のエネルギーの一部が消失していることが判明した。対消滅時に生成されるエネルギー(素粒子)には通常の素粒子外、つまり観測を行うことが出来ないエネルギーもあるのではないかという意見が生まれた。それは素粒子でも反素粒子でもない素粒子であり、虚数の電荷をもつ素粒子、虚素粒子と定義された。
研究の結果2109年、特定条件下における虚素粒子の観測に成功した。別宇宙、5次元目とも呼べる虚数域というものが存在し、虚素粒子は虚数域に保存されることが判明した。虚素粒子は非常に不安定であり、非常に強い磁気の制御下でのみ観測が成功している。
その後アルファ崩壊などの際にも発生していることが判明してからは研究は加速し、不安定な虚数域への干渉ができるようになり虚数域へのエネルギー保存という利用用途への研究が行われた。虚数エネルギー保存装置、通称虚数電池といわれる装置の開発に成功し、宇宙開発や兵器開発などの一部の事業に使用されるようになった。虚数エネルギーから通常のエネルギーへの変換は本来は虚数域で分散した後に通常のエネルギーへ変換(対消滅反応)するため、エネルギーとして利用できなかったが、虚数域の拡散を防いだ結果エネルギーの収束にも成功。
虚数空間では擬似的に光速を超えることが可能なため、超高速通信にも用いられているほか、様々な用途で使用されている。
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