第173話 縁の切れた隣人

 直哉と桜の邪魔をしたくないと全員が納得し、二人とはすぐに別れた。

 その後は六人でクレープを食べたり単に見回ったり等、賑やかな時間を過ごす。

 そして、あっという間にお開きとなった。


「それじゃあ悠、東雲。ゴールデンウイーク明けな!」

「ああ、またな!」

「またね、みんな!」


 家が近いので送ってもらうのは遠慮し、いかにもな高級車を美羽とともに見送る。

 車が去る直前に手を振れば、皆が手を振り返してくれた。

 二名ほど顔が引き攣っていたが、気にしない事にする。


「それじゃあ帰るか」

「うん。でも、帰りにスーパーへ寄らないとね」

「なら、最後に一仕事といきますか」


 美羽と付き合ってから、帰りにスーパーへ寄り、一緒に買い物をするのが悠斗達の日常になった。

 もちろんゴールデンウイークだからと家で待っていたりはせず、一緒に買い物に行っている。

 そして、美羽に食材は完全に任せてしまっているので、悠斗の役割は荷物持ちだ。

 とはいえ、手を繋ぐ為に、両手に買い物袋を持つのは禁止されているのだが。

 意気込む悠斗を見て、美羽がくすりと笑みを零す。


「いつもありがとね」

「いいや。俺の方こそありがとうだ。食材を選ぶのは完全に美羽に任せてるからな」


 一応、随分前に美羽から新鮮な食材の選び方を教えてもらったが、あれはほんの少しだけだった。

 なので、もっと役に立ちたいと思って、以前美羽に教わろうとした事がある。

 しかし、美羽は一切教えてくれなかったのだ。

 ちくりと言葉で突くと、美羽は嬉しそうに顔を綻ばせる。


「任せてくれていいんだよ。だって、私がご飯を作るんだもん」

「……俺が駄目男にされてないか?」


 そんな知識は必要ないと断言され、頬を引き攣らせた。

 このままでは、美羽に駄目にされそうな気がする。

 おそるおそる尋ねれば、美羽が余裕すら見える態度で笑みを濃くした。


「ふふっ、どうだろうね?」

「甘やかし過ぎるのも考え物だぞ」

「しーらない」

「……まあ、いいか」


 悠斗を駄目人間にしてもロクな事にならない。おそらく、美羽が居なければ何も出来なくなってしまうだろう。

 なので苦言を呈したのだが、美羽はどこ吹く風だ。

 溺れすぎないようにしようと決意しつつ、スーパーへゆっくりと歩く。


「皆で出掛けるの、楽しかったな」

「うん。付き合いで出掛けるのとは全然違ったよ」


 今日はずっと笑顔だったので、楽しんでいたのは分かっていた。

 美羽が上機嫌に頬を緩め、繋いだ手を楽しそうに振る。


「他の人と遊びに行く事なんてもう無いから、気にしてないんだけどね」

「……そうかもしれないな」


 今の美羽は腫れ物扱いなので、今日遊んだ友人以外に遊びに誘われる事はない。

 外で遊ぶ人が限られている悠斗が言えた事ではないが、今の美羽とクラスメイトの距離感は少し残念だ。

 とはいえ、余計な事を言って負担を掛けたくはないし、美羽が嫌がる事を強要したくもない。

 言葉を飲み込み、ぽつりと零した。


「そうだ。全然話せなかったけど、平原くんは元気だった?」


 美羽はあっさりと直哉へ話題を変える。

 悩み続ける事でもないので、悠斗も気持ちを切り替えた。


「学校で孤立させられたみたいだけど、篠崎と一緒に居た時より元気だったぞ」

「なら良かった。……犯人は篠崎さんだよね。多分、あの人は誰も止められないよ」

「……みたいだな。篠崎がとんでもない奴だってのが、よく分かったよ」


 最後に茉莉と会った時点で、美羽は匙を投げていた。

 あの時は考え方の違いで済ませていたが、直哉から聞いた話からすると、そんな次元ではない。

 平気で直哉を貶めた茉莉に、恐怖すら抱く。

 頬を引き攣らせて肯定すると、美羽がホッと胸を撫で下ろした。


「悪口だからあんまり良くないけど、平原くんは篠崎さんと離れて正解だったね」

「だな。それに松藤だっけ。あの子ってさ、直哉の事が好きなんじゃないのか?」


 茉莉の事はもういい。それよりも気になるのは、直哉と桜の関係だ。

 直哉に告げるつもりはなかったものの、美羽になら話してもいいだろう。

 桜の気持ちを察すると、はしばみ色の瞳が意地悪そうに細まる。


「あれ、鈍感な悠くんが気付いたんだ?」

「うっ」


 美羽の言葉が鋭い棘となって、悠斗の心に刺さった。

 悠斗達と細部は違うものの、卑屈な男をフォローする女の図なのは変わらない。

 反論が出来ずに喉を詰まらせ、頬を掻く。


「……まあ、なんだ。他人から見ると、あんなにバレバレなんだな」

「そうだよ、鈍感さん。結構分かりやすいのに、見て見ぬフリするんだもんね?」

「悪かったって」

「ふふ、いいよー」


 単にからかっているだけなのは分かっている。

 苦笑しつつ頭を下げると、美羽はあっさりと許してくれた。


「それにしても、平原くんはいつ気付くかなぁ?」

「こればっかりは分からないな。でも、いつになっても大丈夫だろ。周囲を気にせず接してくれる人が、簡単に離れる訳がないからな」


 周囲からの評価を気にするのなら、桜は直哉に親身に接しなかったはずだ。

 そして、周りに流されずに接してくれる人の強さを、悠斗はよく知っている。

 頼りになる恋人を見つめれば、くすぐったそうに美羽が頬を緩めた。


「うん。恋する女の子は強いんだから」

「違いない」


 時間は掛かるかもしれないが、桜は直哉とずっと一緒に居るだろう。

 そして直哉の傷が癒えた時に、桜の気持ちに応えてあげればいい。

 直哉の行く末が明るい事を確信し、美羽と共に笑う。

 そして普段と同じく買い物を終え、芦原家に着いた。

 すると、隣の家から見覚えのある女子と見知らぬ男子が出て来る。


「今日はありがとね」

「いやいや、何でも言ってくれ。俺は茉莉の力になるよ」

「わぁ、頼りになるー」


 茉莉は悠斗達を一瞥いちべつし、けれど何も言わず男子との会話に移った。

 嬉しそうな茉莉の笑顔を受けて、男子の表情が緩む。

 それは仲睦まじい光景のはずなのに、吐き気が込み上げてきた。


(……本当に、変わってしまったんだな)


 直哉を貶めておきながら、自分は平気で他の男子へと甘い言葉をささやき、家にすら上げる。

 あれほど一途に直哉を想っていた茉莉が消えた事を、これで確信した。

 もう二人を見る気が起きず、家の鍵を開けて美羽を中に招く。

 美羽はというと、茉莉が視界に入っていないかのように家へ入りつつ、悠斗へ微笑を向けた。


「ありがとう、悠くん。それとおかえり」

「ただいま。美羽もおかえりだ」

「うん、ただいま」


 バタリと玄関の扉が閉まり、茉莉達が見えなくなる。

 茉莉の毒牙に掛かった事で、彼はいつか直哉のようになるかもしれない。

 注意くらいした方が良いのかもしれないが、悠斗達は聖人ではないし、もう茉莉と関わりたくないのだ。

 美羽と共にリビングへ向かい、冷蔵庫の前に荷物を下ろす。


(あんな事をして、何になるんだろうな……)


 色んな人と付き合うのを悪だとは言わない。他人には他人の人生があるのだから。

 しかし他人を貶め、自分の地位を上げた先に何が残るのだろうか。

 可能性としては、茉莉が納得のいく男を捕まえるか、大きいしっぺ返しを食らうかだろう。


(気にしても仕方ないな)


 今更何を考えたところで、茉莉との縁が交わる事はない。

 少しだけ残念に思いつつ元幼馴染を頭から消し、荷物の整理を美羽にお願いするのだった。

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