第151話 一年生の終わり

 ホワイトデーから一週間程度で、一年生が終わった。

 この一週間、蓮と美羽の三人で昼飯を摂ったり、美羽を迎えに行く際に哲也と顔を合わせたりと様々な事があった。

 とはいえ、哲也に関しては軽く挨拶する程度だったのだが。


「一年間、お疲れ様でした。二年生になっても頑張ってくださいね。それでは号令を」

「起立、礼!」

「「「ありがとうございました!」」」

 

 担任の先生への挨拶を終えて、教室内が騒がしくなる。

 ざわついた教室の中で帰り支度を終えると、ポンと肩を叩かれた。


「来年もよろしくな、悠」

「ああ。別のクラスになっても、同じクラスになってもよろしくな、蓮」


 この一年世話になった親友へと、例え離れても仲は変わらないと告げる。

 ただ、出来るのなら来年も蓮と同じクラスで過ごしたい。

 叶うかどうかも分からない願いを胸にしまうと、蓮が自信満々な笑みを浮かべた。


「絶対同じクラスになるから、二年生もよろしくな!」

「その根拠は何なんだよ」

「ない!」

「全く……」


 これから蓮は忙しくなり、約一週間の春休みであっても自由時間は僅かと聞いている。

 次に顔を合わせて話すのがいつになるか分からないというのに、こういう時でも蓮は変わらないようだ。

 とはいえ軽口の裏側に潜んだ思いが嬉しく、呆れた風な声を出しつつも悠斗の頬が緩む。


「まあ、これからもよろしくな」

「おうよ! それじゃあまたな!」


 蓮が強めに悠斗の背中を叩き、教室から出て行った。

 今日も今日とてバレーに明け暮れる姿が少しだけ眩しく思え、僅かに目を細める。

 蓮とのやりとりが終わったからか、この半年間で話すようになったクラスメイトが近寄ってきた。


「芦原、一年間ありがとな!」

「俺は何にもしてないんだけどな……。俺の方こそ、ありがとうだ」

「東雲さんとお幸せにね!」

「いや俺と美羽はまだそこまで行ってないから」

「おー? いつかはそこまで行くんだなー? 羨ましいやつめ!」

「ああもう、茶化すな!」


 たくさんのクラスメイトに弄られ、声を張り上げる。

 すると、周囲からもドッと笑い声が沸き上がった。

 普段はこんな会話などしないのだが、一年生の終わりという事でテンションが上がっているらしい。


(俺がこうして笑えるようになったんだな……)


 一年前には、悠斗の周りにこんなにも多くの人が集まるなど想像出来なかった。

 もちろん学校の中だけでの友人関係ではあるが、これも確かな絆だ。

 ジンと胸が痺れ、熱いものが込み上げてくる。


「……っ。帰る! じゃあな!」


 溢れ出しそうになる感情を抑えつつ、ぶっきらぼうに告げた。

 最後の最後で情けない事をしてしまったとすぐに後悔したが、クラスメイト達がにこやかに笑む。


「じゃあな、芦原。来年も、もしかしたらよろしくだ」

「またねー。芦原!」


 短い付き合いでも、先程の悠斗の態度が照れ隠しだと見破られてしまったらしい。

 暖か過ぎるクラスメイトに背を向け、教室の扉を勢いよく閉めた。


「……あんなの、狡いだろ」


 お人良しなクラスメイト達と、もう少しでも早く話せていたらという後悔が襲ってくる。

 同時に嬉しさも沸き上がってきたせいで心がぐちゃぐちゃになり、顔を俯けて呟いた。

 乱れた心のままに美羽の教室へ足を向けると、悠斗が教室を出るのが遅かったせいか、小柄な姿が反対側から歩いてくる。


「お疲れ様、美羽」

「お疲れ様、悠くん。……何か機嫌良さそうだね?」


 美羽がきょとんと首を傾げ、顔を覗き込んできた。

 自分では気付かなかったが、どうやら悠斗は小さく笑っていたらしい。

 美羽に指摘されて、ようやく悠斗の心が落ち着く。


「まあな。俺には勿体ないくらい良いクラスだったよ」

 

 あんなにも快く送り出してくれたのだから、悠斗がずっと引き摺っていては駄目だ。 

 答えになってない答えを返したからか、美羽が頭に疑問符を浮かべる。


「う、うん? そうなんだ?」

「そうなんだよ。じゃあ行こうか」


 僅かな後悔を糧にする為に、苦い思いを飲み込んで手を差し出した。

 美羽は明らかに戸惑っていたが、悠斗が悩んでいないのを感じ取ったのか、朗らかな笑みになる。


「うん。じゃあ、一年生最後の下校を楽しもうね」

「もちろんだ」


 小さな手が悠斗の手と繋がり、甘いミルクのような匂いが悠斗の傍へと来た。

 終業式とはいえ、下校時に何か変化が起きる訳がない。

 それでも、美羽の言う通り楽しめる気がしたのだった。





「……美羽は何をしてるんですかね」


 ある意味では慣れ親しんだ家の中で、目の前の老人へと尋ねた。

 女性のプライベートを祖父に尋ねるという危険な行為だが、何も知らされていないのだから仕方ない。

 悠斗の問いに、普段よりも険しい顔になっている気がする丈一郎がゆっくりと口を開く。


「春休みについてだ」

「は、はぁ……」


 確かに終業式が終わったのでもう春休みなのだが、丈一郎の発言はあまりにも抽象的過ぎる。

 言いたい事がさっぱり分からず呆けたような声を出すと、丈一郎がふんと鼻を鳴らした。


「週末に悠斗の家に泊まるのを許可したが、儂とて美羽の祖父だ。今日から孫の顔を暫く見れないとなれば、こうもなろう」

「暫く顔が見れない? それってもしかして……」


 春休み、顔が見れない、丈一郎が不機嫌になるというキーワードから一つの事実が導き出される。

 悠斗としては嬉しいのだが、丈一郎からすれば複雑なはずだ。

 ようやく先程からの要点の掴めない会話が腑に落ちると、丈一郎の鋭い眼光が悠斗を射抜く。

 パッと見では縮こまりそうな程に瞳が冷たいのだが、どうにもからかいの色を含んでいる気がした。


「どんどん美羽との時間が多くなりおって。生意気な」

「いや、丈一郎さんには悪いんですが、元々そうでしょうに……」


 美羽が家に帰る頃には夜が更けており、丈一郎はとっくに寝てしまっている。

 そうなると、丈一郎が美羽と会話出来るのは朝だけだ。

 非常に申し訳ないものの、今の状態ですら悠斗の方が美羽と居る時間が多い。

 丈一郎が分からないはずはないので、明らかに茶化されたのが分かる。

 仕返しとばかりに言葉で突けば、赤茶色の瞳に挑戦的な色が宿った。


「ほう。合計の時間なら、美羽の幼い頃を知っている儂の――。そういえば、ほぼ会っていなかったな」

「なんかもう、色々と台無しですよ」


 墓穴を掘る丈一郎に、少し前までの緊張感が完全に吹き飛ぶ。

 妙な疲れにがっくりと肩を落とすと、丈一郎がこほんと咳払いした。


「まあ、そういう事だ。長期休暇だから許可したが、くれぐれも危ない事はするなよ」

「分かってますよ。本当にありがとうございます」


 以前に休日のお泊りを許可してくれた事も含め、悠斗を信用してくれているからというのは十分に理解している。

 それどころか、美羽だけでなく悠斗をも心配してくれるのだ。

 優しい老人に深く頭を下げると、リビングの扉が開く。

 そこには、悠斗の予想通り旅行鞄を持った美羽がいた。


「春休みは悠くんの家にお泊りだよ!」

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