第115話 デートの次は何をする?

「おかえり、悠くん」


 デートから帰ってきたのが夕方だったので、日課のランニングはいつも通り行った。

 美羽が迎えてくれるのもこれまでと同じなのだが、服装が違っている。

 無防備で少々危険な姿に、悠斗の心臓が騒ぎ立てた。


(やっぱり普通の部屋着じゃなかったな……)


 悪戯っぽく笑んでいる美羽は、一見すると大きめのシャツのみを着ているように見える。

 流石にそれはないと思うが、薄着をしているのは変わらない。

 すぐに玄関の扉を閉めて寒気が入らないようにしつつ、改めて美羽を眺めた。


「ただいま。……それ、寒くないか?」


 間違いなく美羽の背丈に合っていないシャツの首元からは、綺麗な鎖骨が曝け出されている。

 それよりも目を引くのが、シミ一つない真っ白で柔らかそうな太腿だ。

 普段見えない位置までしっかりと視界に収めてしまい、ごくりと悠斗の喉が鳴る。

 魅力的な姿だと断言出来るが、いくら家の中であっても寒いのではないか。

 心配になって尋ねると、美羽がほんのりと苦笑した。

 

「実はそうなの。でもリビングや悠くんの部屋は温かいからいいかなって。どうかな?」


 瞳を可愛らしく細め、美羽がくるりと一回転する。

 大きめのシャツのすそがひらりと舞い、あまりにも短いズボンがはっきりと見えた。

 しかし、悠斗の視線は眩し過ぎる太腿へ再び引き付けられてしまう。

 そんな場所の感想を言う訳にはいかないので、無難な言葉を必死に考えた。

 

「……可愛いぞ」

「でも、悠くんはこっちが気になるんだよね?」


 ジッと見つめ過ぎてバレてしまったのだろう。

 美羽が茶目っ気たっぷりに笑みながら、シャツを摘まんで持ち上げた。

 回った時よりも白い面積が広くなり、目がそこから離れない。


「そりゃあ気になるだろ。出し過ぎだ」

「でも、悠くんが喜んでくれるならやろうと思ったの。大成功だったね」


 とろりと蕩けるような笑みで、美羽が喜びを露わにする。

 太腿が好きだなどと言った覚えはないのだが、どこから悠斗が喜ぶと判断したのだろうか。


「なんでそう思ったんだよ」

「だって部屋の中とか、温泉とかで私の太腿を見てたでしょ? 好きなんだろうなって」

「……なぜバレた」


 自室で美羽の太腿について一悶着あったのは確かだ。温泉で見ていたのも間違いはない。

 それでも悠斗の好みが把握されていた事実に、がっくりと肩を落とした。

 落ち込む悠斗を、美羽がくすくすと軽やかに笑う。


「女の子って男の子の視線に敏感なんだよ? 悠くんが見てるの、バレバレだからね?」

「情けないな……」


 悠斗の視線が分かっていたのなら、普通は隠すはずだ。

 しかし悠斗になら見られても構わないと態度や言葉で示されて、頬が緩みそうになる。

 必死に堪(こら)えて胸をくすぐるような笑みに大きな溜息をつくと、美羽の口からくすりと小さな笑いが零れた。


「はしたないって言われたらどうしようかと思ったけどね。大丈夫かな?」

「そんな事思う訳ないだろ。むしろ嬉しいくらいだ」


 はしたないなどとは欠片も思っていない。今の美羽の姿は悠斗にとってご褒美でしかないのだから。

 恥ずかしくはあるが美羽の不安を取り除く為に正直に告げると、蕩けたような満面の笑みが返ってきた。


「ならいいよね。さあ悠くん、お風呂に入ってきて」

「はいはい、分かったよ」


 散々見惚れておいて、今更止めろとは言えない。

 そもそも美羽に視線がバレていた時点で、悠斗の負けが決まっていたようなものだ。

 溜息をつきつつ、美羽に促されて風呂の準備をしにいくのだった。





「はぁ……」


 美羽を東雲家に送り届け、ベッドへと体を預けた。

 何度も美羽が乗っていたからか、既に甘い香りが染みついている。

 もう毎日身近に感じているので、ある程度は慣れたつもりだ。

 とはいえ美羽が瑞々しい太股が見える服装でだらけていたせいで、先程まで悠斗の心臓が虐められていたのだが。

 あんな服装をずっとされては、美羽を求めてしまいそうになる。


「まだ付き合ってすらいないんだ。そんなの駄目だっての」


 大きく息を吐き出して心を落ち着かせつつ、今日を振り返る。

 デートは楽しかったし、自信にも繋がった。

 中学校の知り合いとは鉢合わせしていないが、決して折れないという覚悟はある。

 しかし、これだけで美羽の隣に立てるとは思えない。


「となると、次は高校の方か」


 美羽とはクラスが違うだけでなく、学校での接点もないのだ。

 そんな悠斗と人の輪の中心にいる美羽が急に話すようになれば、間違いなく話題になってしまう。

 今更話題になるのが嫌だと言うつもりはないし、美羽も話題になってもいいと言ってくれている。

 ただ、根掘り葉掘り聞かれるのは間違いない。実は友人でしたという言い分など誰も信じないだろう。

 おそらく、美羽と話し始めた時点でなし崩し的に想いを伝える事になるはずだ。


「……そんなの、駄目だろ。美羽は待ってくれてるんだ。その時間に応えるようなものじゃないといけない」


 かなりの時間待たせておきながら、周囲への説明を含めての告白など有り得ない。

 それは、情けない悠斗が前に進むのを待ってくれている美羽への侮辱ぶじょくだ。

 ではどんな告白が良いかと考えても、残念ながら悠斗の頭では思いつかない。


「せめてクラスが一緒ならなぁ……。それか同じ委員会とかだったら、まだやりようはあったんだけど」


 ほんの少しでも切っ掛けがあれば、そこから話を広げられたはずだ。

 とはいえ悔やんでもどうしようもない事だし、むしろ学校で何もなかったからこそ、あの公園で知り合えた。

 そう頭で理解していても、次の手がない今の状況では愚痴の一つも零したくなる。


「……駄目だな。取り敢えず、勉強しよう」


 ここで文句を言い続けても変わらないと、思考を切り替えて身を起こす。

 運動は置いておいて、まだまだ悠斗にはやらなければならない事があるのだ。

 美羽も自主的に勉強しているはずだし、成績を向上させるのなら自習は欠かせない。

 どうにもならない問題を放り投げ、机に向かうのだった。

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