第114話 デート終わり

「本当に部屋着は俺が選ばなくて良かったのか?」


 美羽の私服を選んだ後、悠斗は服屋を追い出された。

 なので、美羽がどんな部屋着を選んだのか悠斗には分からない。

 店を出る前にも確認したが、もう一度尋ねると美羽が悪戯っぽく目を細めた。


「いいよ。最初は選んでもらうつもりだったけど、後のお楽しみにしようと思ったの」

「変なものじゃないよな?」


 いくら悠斗の家で気を抜けるからといって、あまりにも肌が見える服をされては困る。

 美羽の性格上まず有り得ないが、念には念を入れておきたい。

 訝し気に美羽を見つめると、くすくすと軽やかな笑みが返ってきた。


「大丈夫だよ。普通の服だから」

「……こういう場合は大抵普通じゃないんだよなぁ」


 はしばみ色の瞳の奥には、からかいの色が浮かんでいる。間違いなく普通のものではないはずだ。

 理性を削られる覚悟をしなければと溜息交じりに呟けば、にっこりと満面の笑みが向けられた。


「きっと喜んでもらえると思うから、期待しててね」

「はいはい、分かったよ。それで、他に買う物はないか?」


 期待半分、恐怖半分で話を流し、この後の予定を尋ねる。

 デートで行きたい場所は既に回ってしまったが、まだ三時前だ。

 帰るには早いので、もう少しショッピングモールをうろついてもいい。

 悠斗の提案に美羽が穏やかに笑む。


「特にはないけど、回ってみて気に入ったものが見つかったら買いたいな」

「ならそうするか」


 買う物がなくとも、美羽とならうろつくだけで楽しめるはずだ。

 手を繋いであちこち見て回ると、小腹が空いたのか美羽の視線が一つの店に引きつけられた。


「クレープか。確かにいいな」

「でしょう? 折角のデートなんだし、楽しまないとね」


 美羽の力なら手作りも出来るだろうが、やはりデートに甘いものは定番だ。

 お互いに甘いものは好みなので、何にしようかと相談しつつ並ぶ。

 クレープ店に並ぶ人は女性客やカップルが多いが、悠斗達も人の事は言えない。

 幸いな事に悠斗達に向けられる視線の多くは、微笑ましいものを見るような視線だ。

 気楽に待ちつつ、注文を終えて店を出る。


「んー! 甘くておいひいー!」

「クレープなんていつぶりかな。……ん、美味い」


 チョコとバナナが入ったクレープは文句なしの絶品だ。

 クッキー等の焼き菓子は美羽が偶に作ってくれているが、クレープは前に食べた時が思い出せない。

 美羽も苺の入ったクレープを食べて顔を綻ばせている。


「そうだ。折角だし、悠くんのもちょーだい?」


 クレープを数口食べると、美羽がコテンと首を傾げながら提案してきた。

 うっすらと頬が赤らんでいるので、食べさせ合いの結果何が起こるかなど分かりきっているはずだ。

  

「いいんだな?」

「うん。こんなの当たり前だよ、当たり前」

「……そうだな」


 カップルが食べさせ合うなど普通だし、悠斗達も既にやった事がある。今更否定したところで説得力の欠片もない。

 とはいえ当然ながら間接キスには慣れておらず、緊張と恥ずかしさで悠斗の頰にも熱が灯った。

 ただ、こういう事を人前で自信を持って出来なければ、美羽の隣には居られない。

 呻きそうになるのをぐっと堪え、美羽へクレープを差し出した。


「ほら、あーん」

「あーん」


 美羽とて恥ずかしい気持ちを抑えているようで、先程よりも頬を朱に染めながら悠斗のクレープに口を付ける。

 すぐに顔を離した美羽は数回咀嚼そしゃくすると、甘さを帯びた笑顔になった。


「んー、チョコもおいひいね」

「なら良かった。そうだ、美羽のもくれないか?」

「いいよ。あーん」

「あーん」


 やはり、いざ口を付けるとなると一段と恥ずかしい。

 しかし、美羽がやったのに悠斗がやらないのはおかしな話だ。

 美羽のクレープへと顔を近付け、一口かじる。

 すぐに苺の酸味とクリームの甘さが口の中に広がった。


「こっちも美味しいな」

「ふふ、良かった」


 流石に二回目の食べさせ合いはせず、クレープを食べ終えて美羽と歩き出す。

 周囲の生暖かい視線は、もう気にならなかった。





「楽しかったねぇ」


 ショッピングモールを再びうろついて五時過ぎとなり、美羽と手を繋いで帰っている。

 既に薄暗い寒空の中、美羽がぽつりと呟いた。


「そうだな。本当に、楽しかった」


 服以外には何も買わず、ゆっくりとショッピングモールを散策しただけだが、自信を持って言える。

 昔の知り合いに絡まれるかと思ったが、全く出会わなかったのも大きいだろう。


「もっと嫌な目をされるかと思ったけど、そんな事なかったな」


 もちろん、悠斗を見る人の中にはいぶかし気に見つめる人や顔をしかめる人もいた。

 けれど、負けてたまるかという意地を貫き通せたと思う。

 安堵を混ぜた呟きに、美羽がくすりと小さく笑む。


「名前も知らない人達のやりとりなんて、殆どの人は気にしないよ」

「それが分かっただけでも収穫だ」


 学校とは違い、知り合いがいなかったからというのは分かっている。

 それでも、堂々と美羽の隣に居られたのは確かな誇りだ。

 少しずつ前に進めている気がして、悠斗の胸が喜びに弾む。


「また、ああやって買い物しような」

「うん。今度は悠くんの服を見てもいいかもね」

「なら今日の逆で、美羽に選んでもらおうかな」


 別に悠斗の服のセンスが悪い訳でないが、無難な物しか選んでいない。

 美羽の服のセンスはいいので、きっと良い物を見繕ってくれるだろう。

 断られたらどうしようかと少しだけ不安に思いつつも尋ねれば、嬉しさが溢れたような笑みが向けられた。


「任せて! かっこいい悠くんをもっとかっこよくするからね!」

「俺がかっこいいかは分からないけど、ありがとな」


 美羽を僅かでも疑った自分自身に呆れ、悠斗の顔に苦笑が浮かぶ。

 出掛ける前に美羽に容姿で辱められたので、否定しては二の舞だ。

 玉虫色の返答をすると、なぜか美羽が頬を膨らませた。


「悠くんは卑下しすぎだよ。本当にかっこいいんだからね?」

「とは言っても、美羽以外に顔を褒められた事なんて殆どないからなぁ……」


 強いて挙げるなら、以前美羽と学校ですれ違った際に、美羽の周囲の女子が多少褒めていたくらいだろうか。

 呆れ気味に呟けば、美羽が満面の笑みになる。

 細められた瞳の奥には、僅かにからかいの色が混ざっていた。


「この人かっこいい! みたいにはならないけど、悠くんの顔は結構整ってるんだよ?」

「そうか? そんな事は――」

「ゲームしてる時の真剣な顔とか、私を気遣ってくれる時の優しい笑顔とか、ずっと見ていたいくらい」

「もういい、分かった。それ以上は止めてくれ」


 結局出掛ける前と変わらず褒められてしまい、悠斗の頬が一気に熱くなる。

 これ以上は堪らないと美羽の言葉を遮れば、美羽の頬が不満そうに膨らんだ。


「まだまだあるのに……」

「それでもだ。美羽が気に入ってくれてるのは十分理解したから」

「なら、もう自分の見た目を卑下しない?」

「……努力します」


 美羽の前で見た目を貶める事は止めるつもりだが、他人から言われた場合は分からない。

 悠斗自身の評価で全てが決まる訳ではないのだから。

 明確な返答を渋ると、綺麗な眉が少しだけ吊り上がる。


「そんな事を言う悠くんには、もっと褒めなきゃいけないね?」

「勘弁してくれ……」


 僅かに低くなった美羽の声からは、絶対にするという意気込みを感じた。

 情けない声を出して懇願すると、美羽が大きな溜息をついて肩を落とす。


「人の意見なんて気にしたら駄目だよ。私のは気にして欲しいけど」

「凄い意見だな」


 美羽にしては珍しい理不尽な意見に、呆れた風な言葉を零した。

 とはいえ言わんとしている事は理解出来るので、悠斗の胸には怒りではなく嬉しさが沸き上がる。

 言葉とは裏腹に唇に弧を描かせると、美羽が華やかな笑顔を浮かべた。


「当然だよ。悠くんに我儘を言っていいのは私だけなんだからね!」

「美羽の我儘なら喜んでだな」


 こんなに可愛らしい我儘ならいくらでも聞ける。

 独占欲がありありと込められた発言に笑みを返し、家へと帰るのだった。

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