第61話 カップル襲来
「もうすぐなんだよね?」
「ああ。でも、本当にいいのか?」
日曜日の昼過ぎとなり、蓮と綾香が来る時間が近付いてきた。
蓮と約束した際には美羽がもう来ないと思っていたので許可したのだが、この場には美羽もいる。
昨日の時点で美羽には伝えており、今日は自分の家で過ごすと思っていた。しかし、悠斗の予想に反して会いたいと言われたのだ。
いくら美羽が望んだとはいえ、突然の提案には変わりない。今更ではあるが念の為に確認を取ると、大きく頷かれた。
「いいよ。というかちゃんと話したかったから、私がお願いしたいくらいだよ」
美羽はこれからもあまり遊ばず、悠斗の家に来るのを優先してくれるらしい。
悠斗の為というのもあるだろうが、友達付き合いが面倒くさいというのもあるはずだ。
そう考えると、悠斗の数少ない友人とはいえ、わざわざ会わなくてもいいのではないか。
「それならいいんだが。でもあんまり友達付き合いって好きじゃなかっただろ?」
「そうだけどね。悠くんの友達なら悪い人じゃないし、別にいいかなって思ってるの」
全幅の信頼を向けられ、呻きそうになる。
悠斗とて蓮と綾香を信用しているが、美羽と性格が合うかどうかは分からない。
とはいえあの二人なら大丈夫だとも思うので、美羽が会いたいのであれば悠斗があれこれ言えはしない。
「……まあ、そこらへんは自分で判断してくれ」
「うん。それに、元宮くんの彼女と会うのは初めてだから、単純に楽しみなんだ」
「その結果張り切り過ぎたと」
「えへへ、やる気が出ちゃって……」
頬を緩ませ、はにかむ美羽は午前中には悠斗の家に来ていた。
曰く「精一杯おもてなししなきゃね!」との事らしく、クッキーにマドレーヌ、その他にも多めにお菓子を作っていたのだ。
気合が入り過ぎだろうと若干呆れるが、当の美羽が充実してそうなので止めはしなかった。
「程々にな」
「大丈夫、これくらいへっちゃらだよ」
にこにこと満面の笑みの美羽に苦笑を落とす。
特にやる事もないのでリビングでのんびりしていると、玄関の呼び鈴が鳴った。
すぐに玄関に向かうが、美羽も後ろを付いてくる。どうやら蓮達を迎えたいらしい。
蓮の驚く顔が目に浮かぶなと小さく笑みつつ玄関の扉を開けると、まさしく美男美女のカップルがいた。
「こんにちはだ、悠」
「こんにちは、悠斗さん」
「こんにちは、蓮、綾香さん」
三人で挨拶を交わすと、すっと悠斗は脇に逸れる。ここにはあと一人挨拶をしていない人がいるのだから。
おそらく蓮と綾香からは、扉を開けた悠斗の後ろが見えていなかったのだろう。
小柄な美少女の姿を見て、二人の――特に蓮の顔が驚愕に染まった。
「えっと、こんにちは。東雲美羽です」
「……」
「あら、ごめんなさい。風峰綾香です」
綾香は学校すら違うので、初対面の人に驚いていただけのようだ。
すぐに硬直が解け、美しい笑顔で自己紹介した。
しかしその隣の彼氏が完全に固まっているので、すぐに責めるような目つきになる。
「蓮、どうして固まっているんですか? ちゃんと挨拶しないと駄目ですよ?」
「……いやいや、待て待て。おかしいだろ」
蓮が頭痛を覚えたかのように、こめかみに指を当てた。
一応もう一人追加だと事前に連絡していたが、名前までは教えていなかったので、美羽が居る事は予想外だったのだろう。
「とりあえず説明するから上がってくれ」
完全に予想通りの反応に笑みを零しつつ、蓮と綾香に背を向けた。
リビングに上がり、自己紹介も含めて蓮達には美羽の家が近い事、実は友人関係だった事を伝えた。
綾香は納得がいったように頷いているが、蓮は感嘆の声を漏らしている。
「なるほど。にしても凄い事になってんなぁ……」
「他言無用で頼むぞ。東雲の学校での生活を脅かしたくはないからな」
「私は知られてもいいんだけど。悠くんと学校でも一緒に居られるからね」
「……俺が大変な事になりたくないから、黙っててくれないか?」
美羽がいくら良いと言っても苦労はするだろうし、学校で嫉妬の視線を向けられたくはない。
引き攣った顔のまま訂正を入れつつ懇願すると、美羽が不満そうにほんのりと唇を尖らせたが無視した。
「構いませんよ。とはいえ私の場合は学校が違うのであまり意味は無さそうですがね」
「俺も構わないぞ。でも、へえ……」
「……何だよ」
とりあえず一安心だとホッとしたのだが、蓮がニヤニヤとした笑みを向けてくる。
からかわれるのは覚悟していても、素直に弄られるつもりはない。
思いきり睨んでも蓮の笑みが変わらないだけでなく、隣の綾香までニコニコと機嫌が良さそうだ。
「東雲が悠を呼ぶ時は『悠くん』なんだな」
「……」
美羽からそう呼ばれるのに慣れきってしまったからか、先程の美羽の発言に全く違和感を抱かなかった。
頭の回転が速い美羽なら、名前呼びが余計な火種だというのが分かっていたはずだ。
どうして名前呼びをしたのかと隣にじっとりとした目を向けても、美羽は穏やかな笑みを浮かべている。
「そうだよ。変かな?」
「いや、いいと思うぜ。俺から言うのも何だが、悠斗をよろしくな」
「任されました。ばっちりお世話するよ」
「……お前ら」
悠斗を置き去りにして、蓮と美羽が話を進めていく。
おかしな会話に釘を刺そうとしても、二人の会話は止まらない。
「お世話と来たか。じゃあ悠斗は実質的に一人暮らしだから、そこも頼む」
「もうそれは大丈夫。毎日ご飯を作って一緒に食べてるし」
「おい、しのの――」
「おお、そこまでか! いやー、なら安心だ」
余計な情報を出すなと美羽を睨んでも、美羽はどこ吹く風だ。
げんなりとしていると、蓮がからからと笑い声を上げて、ようやく悠斗を見る。
「良かったじゃねえか。それに、俺に相談した時の大切にしてる人が東雲なんだろ?」
「お前まで余計な事を言うんじゃねえ!」
次から次へと悠斗の情報が漏れていくので、声を張り上げてしまった。
そんな悠斗の慌てっぷりがおかしいのか、美羽がくすくすと喉を鳴らして悠斗を見る。
はしばみ色の瞳は潤んでおり、期待が揺らめいている気がした。
「私は悠くんにとって大切な人なんだね」
「……そう、だけ、ど」
想い人をどうでもいいとは例え嘘でも言えない。
あまりに恥ずかしすぎてしどろもどろになりながら告げると、美羽が分かりやすく頬を緩めた。
「えへへ。ありがと、悠くん」
「それで、大切なくせにお前は苗字呼びなのか?」
「どうなんですか、悠斗さん?」
微笑ましいものを見るような目で蓮と綾香が催促してくる。
この様子だと悠斗が何を言っても無駄だと思うので、何もかも諦めて肩を落とした。
「……美羽」
「ようやくいつも通りに呼んでくれたねぇ。最初から呼んでくれたら良かったのに」
「そんな事出来たら苦労はしない。というか、美羽は油断し過ぎだ」
ゆるゆるになった頬からは、喜びがこれでもかと溢れている。
いくら悠斗にとって信用出来る友人の前だとしても、あまりに警戒心が無さすぎるのではないか。
ほんのりと注意しても、美羽はゆっくりと首を振る。
「そんな事ないよ。悠くんが信用してるんだし、私から見てもこの二人なら大丈夫だと思う。それに――」
「それに?」
美羽から見ても、蓮と綾香は信頼に値する人らしい。
言葉を切ったのが気になって尋ねれば、美羽が余裕すら見える態度で笑みを濃くする。
「アピール、かな」
「アピールって、誰にするんだよ。俺達の事情を知ってるのは蓮と綾香さんだけなんだぞ」
「悠、もういいんだ。俺達は全部分かったから」
訳が分からないと首を捻ると、蓮が生暖かい目で悠斗を見た。
「これは楽しくなりそうだなぁ」
「いいですねぇ、ずっと見てられます」
「綾香、我慢しろよ?」
「当然です。流石にそこまではしたなくはありません」
「ならよし」
殆ど会話していないにも関わらず、なぜか蓮と綾香が意気投合する。
これが恋人同士の息の合い方なのかと感心するが、どうしてそんなに楽しそうなのか分からない。
「じゃあ東雲はいつ悠と知り合ったんだ?」
「知り合ったのは――」
悠斗を置いて、再び蓮と美羽が盛り上がる。
詳細まで話し始めた美羽を見ながら、もうどうにでもなれと悠斗は大きく息を吐き出すのだった。
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