第20話 初めてのゲーム
「さてと、それじゃあ遊ぶか」
昼食の片付けを終え、美羽が来る前に自室から移していたゲーム機の電源を入れる。
やるのはアイテムを使って他のプレイヤーを妨害出来る有名なレースゲームだ。
難しい操作が必要ないので、初心者の美羽も楽しめるだろう。
コントローラーを渡すと、美羽がおっかなびっくりという風に受け取った。
「まずは操作からだな。軽く説明するから、後はやりながら覚えた方が良い」
「う、うん」
あまり説明が得意ではないというのもあるのだが、こういうのは言われるより自分で経験した方が覚えやすいはずだ。
そもそも、今まで聞いた事のない用語をいきなり話されても普通は理解出来ない。
なので本当に基本の事だけを教えると、一応分かったようで美羽が頷いた。
「それじゃあいくぞ」
「お手柔らかにね」
とりあえず開始し、時折美羽の様子を見ながらゲームを進める。
「わ、えっと、こっちかな?」
「そうそう、そんな感じだ」
少しの事に驚き、目を輝かせる美羽は無邪気な子供にも見えて、悠斗の顔に小さな笑みが浮かんだ。
それだけでなく、美羽がカーブを曲がろうとする度に小さな体が左右に揺れるので微笑ましさが増す。
体が引っ張られる人がいるのは知識として知ってはいたが、ここまで愛らしいとは思わなかった。
ただ、美羽は自分の体に気付いていないのか、熱中していくうちに体の揺れが大きくなっていく。
美羽に操作を教えていた事もあって互いの距離が近く、ついに肩が触れてしまった。
「あ、ごめんね」
ようやく自分の体が動いている事を自覚したのか、美羽が頬をほんのりと染めて悠斗から離れる。
一瞬だけ香ったミルクのような甘い匂いに、心臓の鼓動が僅かに速くなった。
動揺を表に出せば折角楽しんでくれている美羽を緊張させてしまうので、必死に平静を取り繕う。
「……大丈夫だ」
どうやら美羽はゲームに夢中のようで、悠斗の態度を変に思わなかったらしい。
そしてレースを終えて美羽は十位、悠斗が一位となった。
「どうだった?」
「上手くいかなかったけど面白いよ」
感想を尋ねれば、美羽が普段よりも
初めてで目新しいというのもあるのだろうが、ちゃんと楽しんでもらえたようだ。
「最初から上手かったら驚くって。まあこのゲームは結構運もあるから、仕方ない所もあるけどな」
「そういう割には一位だよね」
「慣れだ慣れ」
極めるところまではいかなかったが、このゲームは一人でも出来るのでそれなりにはやり込んだ。初心者の美羽に負けるほど苦手ではない。
しかし美羽は納得がいかないのか、僅かに唇を尖らせた。
「むぅ……。私も慣れたら芦原くんみたいに出来るようになるかな?」
「なるさ。上を見るとキリがないけど、俺くらいならすぐに並べると思うぞ」
「なら頑張る。続きやろう?」
「ああ」
負けっ放しは嫌なのか美羽が
それから数回こなすと操作に慣れてきたのか、美羽の順位が上がりだした。
ただ体が揺れるのは直っておらず、先程よりも集中しているからか余計に酷くなっている。
そして急カーブを曲がる際、ついに美羽が横に倒れた。
「あ、あれ?」
悠斗と反対方向に倒れたので体が接触するような事はなかったが、美羽はソファに沈み込んできょとんとした顔を浮かべている。
「……」
あまりにも愛らしい姿に、悠斗の頬が笑みを形作った。声を我慢出来た事に関してだけは自分を褒めていいだろう。
何も見ていないフリをして視線をゲーム画面に戻そうとしたが、手遅れだった。
ばっちりと目が合ってしまい、美羽の顔が真っ赤になる。
「もう、笑わなくてもいいでしょ!」
「悪い。馬鹿にした訳じゃないんだ」
「でも笑ってた!」
「それは……」
決して美羽を悪く思っていた訳ではないのだが、言葉にはしたくない。
つい言い淀むと、美羽が眉を吊り上げて睨んでくる。
「ほら、やっぱり馬鹿にしてる!」
「そうじゃなくて……。ああもう!」
このままでは埒が明かない。正直に伝えなければ美羽は納得しないだろう。
問い詰める為か悠斗の方に近寄ってきているのも非常にまずい。
おそらく美羽は悠斗の事を全く意識していないと思うが、悠斗は違う。
いくら恋愛感情がないとはいえ、美少女が近くに来て動揺しない男はいない。いるとすれば悠斗とは違って恋人がいる人だ。
覚悟を決めるが気恥ずかしさで目を逸らし、頭をがしがしと掻く。
「その……。可愛くて」
「え?」
「もういいだろ? ほら、続きをやるぞ」
二度言うつもりはないと話を打ち切り、一時停止をしていたゲームを再開した。
「あぁ、待って待って!」
大慌てで美羽が再開するが動きはフラフラで、ましてや悠斗に近い位置で座りなおしている。
その状態でゲームに再び集中して体を揺らすのだから、悠斗は気が気でなかった。
休憩を入れつつゲームを楽しんでいると、気付けば夕日が差し込んできていた。
これから悠斗の晩飯を作るとの事でお開きとなり、美羽が思いきり背を伸ばす。
何だか見てはいけない気がして目を逸らした。
「んー! 楽しかったぁ!」
「なら良かった。最後の方はだいぶ上手かったな」
頭が良いからか、美羽は飲み込みが早かった。終わり際になると上位に入り込んでいたので、悠斗も結構真面目にやったほどだ。
なので正直に褒めると、なぜかじっとりとした目を向けられた。
「でも、芦原くんに勝てなかった」
「ひやひやした時は何回もあったぞ。これならすぐに抜かれそうだ」
「むぅ……。なら、今度またやってもいい?」
「ああ、やりたい時はいつでも言ってくれ」
美羽の瞳が真剣な色を帯びたので、近いうちにもう一度お願いされるかもしれない。
そうして回数をこなしていくうちに、悠斗に勝つ時が来るのだろう。
その時の美羽の喜びようも可愛いと思うので、それはそれで見てみたい。
もちろんワザと負けるつもりはなく、全力を出した上でだが。
「うん。本当にありがと。ゲームってこんなに楽しいんだねぇ」
しみじみと呟きつつ遠くを見る美羽が、儚い笑みを浮かべる。
「そこまで楽しんでくれたなら誘ったかいがあるな」
「ふふ。楽しかったし、悔しかった。だからもっと練習していつか芦原くんに勝つからね、覚悟してて?」
美羽は先程までの薄い笑みを引っ込め、悪戯っぽく笑んだ。
負けず嫌いな一面もあるのだなと感心するが、そう簡単にはいかないだろう。
「その前に、体が揺れるのを何とかしてくれよ?」
「う……」
揺れ幅は小さくなったものの、最後まで美羽が体が揺らすのは直らなかった。
悠斗に当たる事は減ったので安心ではあるが、美羽と接触するのは落ち着かないので改善して欲しい。
ばつが悪そうに美羽が顔を
「ああいう所も東雲っぽくていいと思うけどな」
「子供っぽいってまた馬鹿にして!」
「子供っぽいなんて思ってない。それじゃあランニングの準備をしてくる」
「逃げるなー!」
頬を朱に染めて美羽が怒りだしたので、悠斗はすぐに自室へ逃げ出すのだった。
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