09
確認すべき事がある。話の続きはそれからでも良いだろうかと、またセレンは口を開いた。
「〔私が陛下の娘であることを一番に話そうとしたのは、私を王家に入れようとしてのことと判断してよろしいですか?〕」
「〔あ、ああ。フランシカ王家として、血を繋がなくてはと〕」
「〔でしょうね。けれどそれは、陛下が身の回りを『整理』すれば解決可能な話と分かっていただけたかと存じます。私は王家に入ることを望みません〕」
どちらにせよ、王家の者として跡を継ぐことなど出来はしない。そもそも命の残量が足りないのだから。そしてそれは、フレスティアの当主となるよう求められたとしてもそうだ。
王家に入ることを望まない理由としてはもう一つ。大勢の前に顔と名前を、情報を晒すことが恐ろしいからだ。王は民の関心を買い、事ある毎にメディアに追われる。
歴代のフレスティアも、人前に顔を晒すことを拒んできた。そうでなくてもずっと裏社会で生きてきたセレンにとって、表に顔と名前を出すのは好ましいことではない。
ただ、フレスティア家当主となることを求められた時、迷わず断る自信もセレンには無い。自身の生まれたフレスティアという故郷を、自分が継がなければ絶やしてしまうことになるのだから。シンディの代までずっと守られてきた一族を終わらせるには、独断で結論を出すにはあまりに重すぎた。
その為に桂十郎を引っ張ってきた。もしそういう話になった時、フレスティアを絶やさないようにしながらも桂十郎の傍に居られる術を、彼なら見付けてくれるような気がしたから。
そのことを、ここに来る前に既に桂十郎には伝えてある。
「〔私はどうすれば良い。その手にある物を、全て見せては貰えないのか〕」
「〔情報には対価が必要です。安易に手に入れられるものだと思わないでいただきたい。これだけの情報を仕入れるにも、情報屋は危険な橋を渡っているのです〕」
「〔対価……〕」
「〔優秀な情報屋を見付けて抱え込むのも、主君たる器の見せ所だと思いますが〕」
出していた情報をセレンはまた封筒の中に仕舞い込む。それからチラリと桂十郎に視線を向けた。
それだけで何か納得したように、彼は口角を上げる。
「〔まずはセレンを納得させてみると良い。その場合に限り情報屋の紹介くらいは許そう。紹介された情報屋がフランシカ王家に着くかどうかは本人次第だがな〕」
なるほど。ならば紹介するとすればセディアあたりか。流石に悠仁程の者はこちらが手放せない。
王としての器を示せと、国王を試す言葉。少なくとも今日見た姿ではとても情報屋の紹介なんて出来ない。
簡単に崩れてしまうような足元に、赤子のような拙さでただ立っているだけ。そんな状況で紹介したところで、情報屋を危険に晒すだけでしかない。何より事が起こった時の一番の被害者は国民となるだろう。
ぐ、と国王が膝の上で拳を握る。悔しくはあるが、言い返す言葉も無いと分かっている、といったところか。
その隣では王妃がずっと言葉を無くしている様子で状況をただ見ている。無慈悲だとでも思っているのだろうか。だとすればとんだ甘さ、平和ボケにも程がある。
「その情報をどうするかはセレンが決めればいい。それはセレンがセディから買ったものだからな」
「うん。話の雲行き次第では渡しても良いかなって思ってる」
「だと思った」
笑って、桂十郎がセレンの頭を撫でた。いつも通り優しいその手付きに頬が緩む。
甘い選択だと分かってはいるが、今この手の中にある情報を、状況次第で渡そうと思っている。王家に深く関わる者のうち、不穏因子となる存在のリスト。
どう転ぶにしても、まずはその者達を処理しなければ進まない。どんなに良いように動こうとしても、それら不穏因子は邪魔にしかならないのだから。
今の国王が自力でこの情報を得るのはまず不可能だろう。生まれ持った権力以外何の力も無い彼を助けようと思うのは、これまでの歴代の王やフレスティア当主達が守ってきた国民の為だ。
「〔私に、学ぶ機会をくれないか〕」
ふいに、国王が頭を下げて言った。
「〔仮にも国王たる私にここまで物申す者はこれまで居なかった。この立場上、それが可能なのは閣下くらいのものだというところもあるだろう。だが今日という日、まだ幼いとも言えるセレンにまで言い負ける程の自分の無力さと浅慮さに気付かされた〕」
気付けて良かったのだ、と彼は続ける。自分には、民を守る責任がある、と。
その責任を、彼はどこまで負いきれるだろうか。どうにかしたい、どうにかしなければという姿勢は認めることが出来るが、まだまだ他人任せなところがある。そういうところが浅慮なのだという自覚は無いのだろう。
彼はまだ若く経験も少ない。恐らくだが政治面でも軍事面でも、重鎮達に利用されている部分が少なからずあるだろう。
「どうする? 甘いとは思うが、セレンが望むなら
「うーん……やっぱり甘いかな?」
「甘いな」
頼ることは、悪いことだとは思わない。だけど一国の王ともなれば、自身で判断しなければならないことも多い。頼るべき相手を見誤れば大事だ。
考え無しの発言は許されない。その一言で国を揺るがすこともあるのだから。
「陛下にとっては初めての機会だろうし、一回くらい用意してあげても良いんじゃないかと思ったんだけど」
「分かった」
ひとつ頷く桂十郎の様子を確認して、国王に向き直る。この件を含めていくつかの話をすると、国王は存外素直に聞き入れた。
逆に国王からの話もありやり取りをして、やがてセレンが気にしていた話題へと移る。
「〔セレンは……王家に入るつもりは無いと聞いたが、フレスティアに戻るつもりはあるのか? 跡継ぎが必要という点ではこちらも同じだろう〕」
「〔……それは、〕」
言葉を詰まらせて俯く。まだ、悩んでいる。すぐに決めることは出来ない。
隣の桂十郎を上目見て、袖をちょこんと摘んだ。その手をすっと動かしたと思うとセレンの背を抱き寄せ、ポンポンと軽く叩く。大丈夫だとでも言うように。
「〔その件については俺が話そう。本人の意思も聞いてる〕」
やはり桂十郎はセレンに甘い。正直甘やかし過ぎだとも思う。これに慣れてしまったら、もう彼無しでは居られない。
そんな二人の様子が気になったのか、それまでずっと黙っていた王妃が口を開いた。
「〔あの……二人はそういう関係なの?〕」
ん? と桂十郎が顔を上げる。その腕の中でセレンも目を上げて王妃を見た。
チラリと桂十郎を見上げると、彼は口元に人差し指を当てる。
「〔まだ公表前だから、内密に頼む〕」
公然とイチャついて、内密も何も無いだろうが。当人達にその自覚が無いのでこれはこれで問題なのかも知れない。
ゆっくりセレンが離れて姿勢を正すのを、桂十郎は残念そうに見送った。それからまっすぐ国王に視線を向ける。
「〔話を戻そうか〕」
セレンの望みを叶える為の相談をしよう。
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