07
桂十郎の帰国を明日に控えた、フランシカ滞在三日目。この日は朝から訪れた客人が持ち込んだ「招待」の話で、予定を随分と狂わされることとなった。
その客人はフランシカ王家からの者で、「フレスティアの生き残りに今日中に王城へ来て欲しい」というものだった。形式上は「招待」だが、実質「命令」のようなものだ。
本来、フレスティア家当主の立場ならば、例え命令であろうとも拝謁を断ることも可能だ。だがセレンはただの「生き残り」であり、「当主」ではない。呼ばれてしまえば行く他なくなる。
一方で
彼には彼の仕事があるのは分かっているが、頼らなければ分が悪い。言われることはある程度予測が出来ている。
無理を言って桂十郎にも同行してもらうことにして、セレンはアイシアに手伝って貰って着替えた。ドレスの着方なんてまともに覚えていない。
皇に居た時、フランシカへ来ることが分かった時点で桂十郎が用意させた正装用のドレス。母のものがあるから大丈夫だと言ったが、サイズが合わないかも知れないからとフルオーダーで買ってしまった。
一緒に行く桂十郎の方は、どうやら式典用の正装があるらしい。
甘やかされ過ぎだ、と思う。買ったドレスは正装用だけではないし、そもそもドレスだけではなく、ピアスやネックレスも沢山買ってくれた。どれも高価なものばかりだ。
迎えに来ていた車に桂十郎と二人で乗って、城へ向かう。その道中、隣に座っていた桂十郎とはずっと手を握っていた。
レースで編まれた手袋はそのまま体温を通して伝え、いつもと変わらぬ温もりを感じる。それが不思議と安心感を生んだ。自分は図太い方だとセレンは思っていたが、そうでもなかったようだ。どうやら緊張しているらしい。
城に着くと、そう長く待たされることなく奥へと呼ばれた。謁見の間への扉が開かれ、桂十郎にエスコートされながら中へ入る。
扉をくぐって国王へ挨拶をする場所まではしばらく歩く必要がある。そこまで、王家の使用人なり重鎮なりと思われる顔ぶれが、中央通路の両脇に並んでいた。
上座にある王座に人影が見える。国王と王妃だろう。
視線をまっすぐ上げて進んでいく。
「〔フレスティアの生き残り! 世界大総統! 諸共死ね!!〕」
突然声が上がり、脇から一人の男が飛び出して来た。手には短剣を握っている。
するりと桂十郎の腕から自分の手を抜き、セレンはその場でふわりと身を翻した。両手を振り動かすのは斬鋼線。
「〔ドレスを汚したくはないの〕」
近寄らせもせず、男の首は胴と分かれた。
「〔低レベルね。『黙って奇襲』は暗殺の基本中の基本よ〕」
男が血を噴き出して倒れるのを見送ることもなく、斬鋼線を仕舞ってまた桂十郎の腕に手を添える。
用が済んだものに構うことは無く二人はそのまま進むが、謁見の間内部の空気が凍ったことには気付いていた。
何て平和ボケしているんだろう。それだけ安寧秩序が守られていたということだろうが、裏で動いているものに気付いてもいなかったということでもある。
上座の段のしばらく手前で立ち止まり、セレンはドレスの端を摘んで頭を下げる。
「〔フランシカ国王陛下、並びに王妃殿下にご挨拶致します。フレスティア家は第二子、セレン・フレスティアでございます〕」
隣で、桂十郎が頭を下げることはない。ここは礼を通す場だからこそ、彼が垂れてはいけないのだ。
短いセレンの挨拶に我に帰った様子で、国王が慌てて立ち上がった。
「〔良い。顔を上げよ〕」
「〔へ、陛下、何を……〕」
「〔閣下がおられるのだ。降りるべきは我らだろう〕」
短い言葉にセレンが顔を上げると、国王は王妃とそんなやり取りをしてから段を降りた。そのまま流れるように片膝をつき頭を下げる。
後から慌てて追いかけてきた王妃も同じようにドレスを摘んで頭を下げた。
「〔世界大総統閣下にご挨拶申し上げる〕」
一国の王が当然のこととして頭を垂れる。これが世界大総統という立場だ。命を狙われやすいのも、仕事量が尋常でないのも頷ける。
今日はただのセレンの付き添いだと彼が言えば、二人は安心したように顔を上げた。それから、先程の襲撃者の方に目を向ける。
「〔大変申し訳無かった。まさかあのようなことになろうとは〕」
「〔でも、何も殺さなくても……〕」
「〔殺らなければ殺られるのです。躊躇う理由などありません。私はこの十一年、そのようなセカイに身を置いていました〕」
眉尻を下げる王妃にも、セレンはそう言い放った。平和ボケした者達と一緒にしないで欲しい。
十一年、と国王が呟く。その間一体何をしていたのかという問いに、セレンは「裏仕事」と答えた。表には出て来ない、出て来られない、安易に口にすることも出来ない。そんな仕事だと。
それから、ご心配なく、と続ける。今は堂々と表に立つ、世界大総統の護衛だ。隠れる必要など無くなっている。
相変わらず命のやり取りは当然のようにあるが、それを大きく問題とされることは無い。
「〔それよりも、このまま立ち話を続けるおつもりですか?〕」
「〔おお、そうだな。客室を空けよう〕」
「〔だったら人払いも頼む〕」
「〔承知しました、閣下〕」
サッと国王が合図をすると、脇に控えていた者達のうちの数名が動いた。部屋と飲み物の準備にでも向かったのだろう。
今のように大勢が居る場所でする話ではないこともある。人の居ない状況で座ってするのが良い。
案内すると先を歩き出した国王を、王妃を含めた三人で追った。
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