07

 先の戦いでは、『B・リリー』は攻撃を仕掛けることは無かった。慣れない人質を抱えていたことで、攻撃に転じることが出来なかったのだろう。

 勿論桂十郎が動かした『影』も、『B・リリー』しか狙っていない。他に余計な被害は残さない。

 それなのに、去り行くアイスの左肩──いつもと同じ真っ白な和装には、血が滲んでいた。内側からじわりと滲み出たような紅い染み。

 そう言えば、ずっと気にはなっていた。両の腰に剣は差しているが、他の武器はどこから、どうやって出し入れしているのか。先程、彼女が手を翳しただけで菖蒲の傷が治ったのはどういうことなのか。

 今、彼女の服に血が滲んでいるその部位は──先程まで菖蒲が傷を負っていたのと同じ所ではないのか。

 特異な体質……ひわと同じ『魔法』と言うには詠唱も無い。どちらかと言えば、『彼ら』に近いような。だがそれも詳細を正確に知っているわけではないから何とも言えない。


「……さく」

「ぼくに聞かれても、何も分からないけど」

「だったら俺から話させていただきたい」

「!」


 一切の気配も無く現れた人物に、一瞬桂十郎は驚いた。「裏社会」の人間は皆こうなのか。心臓に悪いから勘弁して欲しい。

 そこに居たのは、先日一度だけ会った男。十年間、彼女の「師」であり「父親」をしていたという、金井聖。


「もう、俺では止められない。貴方だけが頼りです、閣下。どうか、あの子を救って下さい」


 深く、頭を下げる。彼の言葉の意味が、桂十郎には分からなかった。

 ただ、以前会った時、彼は桂十郎に対し「話したいことがある」と言っていた。それにも関係するのだろうか。


「さっきの、彼女が傷を負っていたことも説明してもらえるのか?」

「話せる限りは話します」

「……分かった」


 元々人気が無い道ではあるが、少し前の菖蒲の悲鳴のせいか、分かりやすく人の気配が近付いてきている。二人分の遺体もそのままだし、うち一方は政治家だ。もうじき野次馬でいっぱいになるだろう。

 場所を移すことになり、桂十郎は遊亜を一人先に帰らせた。




 話をする場所として選んだのは、悠仁の雑貨屋でなく、葵の喫茶店でもなく、聖の花屋。そのバックヤード。大人二人が何とか座って茶を飲みながら休憩出来る程度のスペース。

 目の前にコツンと途中の自動販売機で買った缶コーヒーを置かれる。


「エミル・クロードは偽名です」


 まず一番に聖が言ったのは、想像はついていた「事実」。

 十年前、一家全員を殺された少女。その時に一緒に殺されていたのが、本物の『エミル・クロード』だった。血の繋がりなど一切無い他人だったが、エミルと少女は驚くほど酷似していた。顔も、背格好も、髪と眼の色も。

 だから聖は、少女の家族を殺した者から少女を守るため、本物の『エミル』を影武者に仕立てあげた。少女を『エミル』として、エミル・クロードを虐待していたその両親から彼女を取り上げるという名目で皇へと連れ帰った。

 淡々と説明されることの一つ一つに、桂十郎は納得する。それなら理解出来る。やはりエミルは嘘をついてはおらず、同時にひわの情報に偽りは無かったということだ。


「あの子の本当の名は、セレン・フレスティアです。聞いたことありませんか……『フレスティアの女に手を出すな』と」

「……いや。生憎とそっちは専門外だ。ただ家名は知ってる。フランシカの特別貴族だったな」

「はい」


 普通の貴族とはまた別枠で、フランシカ王家からも重要視されている一族。


「フレスティアの直系は全員、特別な『能力ちから』を持っています。女系一族だから『女』と括られているだけで、直系として産まれてきた子なら男児でも同じなんです」


 一族の血を絶やさないように、フレスティアは何人もの子を産む。勿論その一族の後ろ盾欲しさに、フレスティアの子との結婚を望む貴族も多い。それは王家でさえもそうだ。だが不思議なことに、『フレスティア』から出た者は何人子を設けようが、その子に能力ちからが出現することは無いのだという。

 だからと言って彼女らは近親婚は決してしない。ほとんどが女しか産まれないので出来ないというのもあるが、それが一族の能力ちからに直接関係はしないからだ。婿養子として『フレスティア』にさえ入れば、問題なく能力ちからを持った子が産まれる。


能力ちからについての詳細は、弱点に繋がる部分もあるので話せません。ただ、『他者の傷を自分に移す』ことも、フレスティアの能力ちからのひとつです」

「だからさっき、菖蒲と同じ所を怪我してたのか」

「あの程度の傷なら心配は要りません。フレスティアはその能力ちからの影響で怪我の治りが早い。加えて毒もほとんど効果は無いし、病にもそうそうかかりません」


 そう、怪我も病も心配には及ばない。問題はそこではないのだ。

 手に握ったままの缶コーヒーを、聖は封も切らずに弄ぶ。

 彼女の能力ちからのことを聖が知っているのには、勿論理由がある。だがエミルはそれを知らず、故に聖は能力ちからのことを知らないと思っている。

 わざわざ教えて彼女の心労を増やすつもりも無い。


「問題のひとつとしては、あの子がその能力ちからを使いこなせていないということです」


 そういう能力ちからを持っているとただ知っているだけの聖では、その使い方まで教えてはやれない。故に彼女は能力ちからに関する部分がひどく未熟なのだ。

 フレスティアは知る者から「化け物」と呼ばれることもある。一定の年齢を超えると老いることがなくなり、そして常人よりも長生きする一族だからだ。上手く能力ちからをコントロール出来ていれば、二百年以上生きることになるという。

 その能力ちからの使い方が未熟ということは、爆弾を抱えているということにもなる。

 常軌を逸したその能力ちからがいつ暴走するか分からず、その暴走がどんな結果を招くかも分からない。人より長く生きられる筈の命もどんどん短くなっている。


「正確にあの子の命があとどれくらい残っているかは分からないが、もしかすると、成人も出来ないかも知れない」

「なっ……!?」


 まだ、高校生。十代も半ばでしかない。成人出来ないとなると、彼女の命はあと数年しか残っていないということになるのではないか。

 そんなことが、あって良いのか。

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