17
最近は時間を作ってはエミルに会いに行っている。今のところアイスと桂十郎を繋ぐ唯一の人物だ。
正確には、アイスとの関わりがあると言うなら悠仁もそうだろうが、彼は桂十郎に対してあまり優しくない。何が不満なのか最低限のやり取りしかしてくれないから、アイスについて聞こうにも聞けない。
書類の束と睨めっこしながら、ふとため息をつく。扉の開く音に、桂十郎は振り返ることなく問いかけた。
「何かさ、最近ある子を思うと胸が苦しいんだけど、何だと思う?」
「病院行けば? はい、次の仕事」
「風邪かなぁ、心筋梗塞かなぁ……何だろうなぁ」
首を捻りながらうんうんと唸る桂十郎の様子はお構い無しに遊亜が仕事を増やすのは、最早いつものことだ。
だが勿論遊亜も、毎回というわけでは無い。どんなに多くても、人間の仕事量じゃ無いと言われても、桂十郎が倒れない程度の加減くらいは出来る。それが有能な秘書たる所以だ。
その部分をちゃんと分かっているからこそ、ごくたまに愚痴を言ったりサボったりはしても桂十郎は最終的に出されたもの全てをちゃんとこなしていくのだ。何よりそれが、自分のすべきことだから。
とにかく、今回は体調不良というわけでは無さそうだという遊亜の判断で仕事は増やされている。残念な天然かつ鈍感馬鹿な発言に付き合うほど秘書という仕事も暇ではない。
今日何度目になるか分からないため息をつきながら書類に向かう桂十郎を横目見て、遊亜は密かに呆れた視線を送った。本気で分かっていないのだろうか、この馬鹿は。だけど、わざわざ教えてやることでも無い。それに、放っておいた方が面白そうだ。
問題は、相手が高校生ということだろうか。表沙汰になれば流石に世界大総統の名に響く。今後どうなるにしても、その点は気を付けて欲しいところだ、と遊亜は思った。
一方で桂十郎は手を休めないながら、まだうんうんと考えている。相手は正直素性が知れない。『羊』に調べてもらうのも良いが、それも違うような気がしている。
気になっている人物であるアイスは、面白い女だと思う。冷酷な殺し屋を演じながらも、その奥にある人間味と優しさを隠しきれていないところがある。俗にツンデレと呼ばれる類いだろうが、葵とはまた違っていた。
これまで桂十郎が見てきたのは冷たく笑いながらゆっくり相手をいたぶるような殺し方をするアイスだが、その一方でスケッチブックを広げて柔らかく微笑む横顔も見ている。言葉は辛辣なことが多いが、時折思いやりのようなものが感じられる。
たったの二度しか会っていないのに、これほど心を奪われるのは初めてだ。
考え事のせいで全く集中出来ていないのを分かっていながら、桂十郎は思考を切り替えられずにいた。
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