第68話 王太子視点6 婚約者が隣国の奴らに襲われたと聞いてどれだけ好きだったか理解しました
「あなたがアンと仲良くするということは、それだけブルーノを刺激するということよ。ブルーノはあっさりとアンネを殺したのよ。当然アンを危険に晒すことにもなるわ」
俺は母の言葉を何回も反復した。
俺は今までアンがアンネローゼだったとしたら、元王族なのだから、当然俺の隣に立てると思っていた。そうすることがどういう結果を招くか理解していなかったのだ。
俺がアンと親しくすることがブルーノを刺激して、アンを危険に晒すことになるのならば、できるだけアンから離れようと思ったのだ。
しかし、学園に登校すると、そこに何故かクリスティーンがいたのだ。
俺の3年先輩の伝説の生徒会長、別名『女ボス』、陰では猿山の大将というあだ名もあったが、誰も怖くてそのことを本人に向けて言えたものはいなかった。
何しろイェルドもクリストフもクリスティーンには顎でこき使われていたのだ。
「あのときほど大変なことはなかった」
あの沈着冷静なイェルドが、ボソリと言ったくらいなのだ。
あの公爵に騎士になると言って反対されたにも関わらず、毎日の鍛錬をかかさずにして、アルフの父の騎士団長に勝ったとか惜敗したとか・・・・。
確かしばらく前はその怒った公爵に言われて、礼儀作法見習いで、王宮に来ていたのだ。確か、アンの看護をお願いしていたはずなのに、何故王宮ではなくて、ここにいるのだろう?
いや違う。昨日は怒り狂ったクリスティーンに襲撃されて側近諸共、2、3発殴られたのだ。
その後「こんな王宮辞めてやる」と宣って出て行ったのだ。ホッとしていたのだが、それが何故俺の席に座っている?
俺は嫌な予感しかしなかった。
クリスティーンに顎で私の席は教壇の脇机だと指示されてしまった。
アルフたち側近は全員知らん顔であっさりと見捨ててくれた。
そして、女性陣の俺を見る目が怖い。みんな俺のアンに対する態度に怒っているのだ。
完全に四面楚歌の状態だった。
国のために、自分の心を封印したはずなのに、仲間は完全にアンの味方だった。
まあ、アンが孤立するよりは良いだろうと思った。
アンだけが心配そうな顔で俺を見てくれたが・・・・。
俺の席は先生の横の脇机になってしまった。
ちょっと待った・・・・。これって下手したら延々と言われ続けることになるのでは・・・・。若い時に悪いことをした国王は脇机で勉強させられたと・・・・。
絶対にクリスティーンやエルダ、イングリッド達は子供達に言い伝えるはずだ。俺の威厳が無くなるではないか!
俺は下らないことを考えながらぎょっとする先生方や面白そうに見てくるイングリッドらの視線に耐えた。
昼時も俺は完全に俺はアウェー化したクラスの中で孤立した。国民のために自分の心を封印したのに何故皆は冷たいのか・・・・俺が下らないことを考えていると馬鹿な聖女が寄ってきたのだ。
そして、馬鹿な聖女は猿山のボスに逆らって100叩きの刑を受けていた。
しかし、それが原因でクリスティーンもエルダもイングリッドも謹慎になったのだ。
それを見て、俺はホッとしてしまった。
俺は本当に馬鹿だ。
それによってアンが危険にさらされるなんて思ってもいなかったのだ。
クラスでエルダらがいなくなってもアンは孤立はしていなかった。女性陣が皆、アンを構ってくれていた。俺はそれでこれからもアンがうまくいくと思ったのだ。
「今までいろいろとありがとうございました」
俺は帰り際にアンが何故こんな事を言ったのか、どんな気持ちで言ったのか、理解していなかったのだ。
俺はアンと話せるようにしてほしいと母に掛け合いに行った。
しかし、母は頑なだった。
「あなたがそんなに言うなら、アンをBクラスにする」と言い出したのだ。
「そこまで言われるなら私がBクラスになります」
俺は言い切った。
「な、何を言っているのです。フィリップ。王族のあなたがBクラスなど、前代未聞です。そんなの許されるわけ無いでしょう」
母は慌てた。
「良いのです。隣国のスカンディーナを恐れて婚約者守れない王太子なのです。罰としてBクラスにクラス替えしても問題ないでしょう」
「そのようなことが許されるわけはありません」
俺と母が言い合っている時だ。
「も、申し訳ありません」
アルフが飛び込んできた。
「どうしんだ」
「アンの母が行方不明だそうです」
「何だと」
「守ろうとしたアベニウス男爵が半死半生の重症で見つかったそうです」
「判ったすぐに行く」
「ヤーコブが襲われたの」
「そのようです。私はこれで」
俺は母の部屋を出て慌てて執務室に行った。
男爵が襲われたということはこそ泥やゴロツキ共の仕業ではないだろう。絶対に大きな組織がかんでいるはずだ。狙いはアン、いやアンネローゼか。
「直ちに学園に戻る」
「殿下、先程学園から知らせが来て、アンが馬車ターミナルで見知らぬ馬車に連れ込まれたそうです」
そこにいた騎士団長に言われた。
えっ、アンが拐われた・・・・。
俺はそれを聞いて慌てた。
「何だと。何故アンが学園を出たんだ」
「現在、確認中だ」
俺のつぶやきにアルフが言う。
「クッソーーー」
俺はアンが最後に言った言葉を思い出していた。
「今までいろいろとありがとうございました」
アンは母が拐われたのを知っていたのかもしれない。そして、自ら進んでその場に行ったのかも・・・・。下手したらもう生きて帰れないと思って俺に挨拶したのかも・・・・。
何故その時に気付いてやれになかったんだ。そもそも、俺が母の言うことを聞いてアンから距離を取ったせいだ。全て俺の責任だ。俺が馬鹿だったんだ。
俺はその時、やっとアンをどれだけ愛しているか知った。
元々アンと距離を取るなんて無理だったのだ。国民のためにアンを諦めるだ。そんなの絶対に無理だ。
俺はもう心配でいても立ってもいられなかった。
もう俺の地位などどうなっても良かった。
アンが無事でいてくれさえいれば。
俺は直ちに居場所がわかるであろうガーブリエルの所に向かった。
土下座してでも何としてでもアンの所に連れて行ってもらうために。
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