第65話 母を取り戻すために馬車ターミナルに行きました
母が拐われた。
私には何故母が拐われなければならないのか、意味が判らなかった。平民の母を拐ってどうしようというのだ? 私の家は平民で身代金を払うお金など殆どない。
皆の嫌がらせで、母を拐ったのだろうか? でも、わざわざアベニウスまで人を派遣して拐うとなると、とんでもない手間と時間がかかる。そんな事するくらいなら、私を拐かしたほうが早いだろう。
聖女がやったみたいに、人に頼んでも良いのだ。
この前私を襲わせて上手くいかなかったから、今度は母を拐ったというのだろうか?
私にはこの意味は良く判らなかった。
私は取り敢えず、着換えて教室に戻った。
「どうしたの? アン。授業に遅刻して」
授業の後にドーソンが聞いてきた。
「ちょっと部屋に忘れ物をしてしまって、取りに行ったのよ」
「それなら良いけれど、B組の奴ら、動きが怪しいのよね。何だったら絞めるから、酷いことされたら、ちゃんと言ってよ。男どもは当てにならないから」
ドーソンが言ってくれた。うーん、ドーソンに絞められたら、クリスティーン様ほどではないにしても、大変なことになるのは目に見えていた。まあ、まだ我慢出来るから、取りあえずは黙っていてあげようと思った。
「いや、そんなことはないぞ」
「ルンド先生が席変えのことを言ったときも、アンを庇わなかったじゃない」
アルフが言い訳するが、ドーソンはそれを一刀両断した。
「・・・・」
「あのう、アンさん。俺は母にはっきりと言うよ」
その後ろからフィル様が乗り出してこられた。
「あのう、殿下」
「フィル!」
「何言っているんですか。王妃様に殿下とは話すなとアンは言われているんですよ。そんなの言えるわけ無いでしょう」
ドーソンがはっきりと言ってくれた。
「判った。その点も含めてはっきりと言ってくる」
フィル様はそう言って、立ち去ろうとされた。
「で、殿下!」
私は思わずフィル様に頼ろうとしてしまった。
「どうかした? アンさん」
フィル様は私を心配そうに見てくれた。私はその姿を心の中に焼き付けることにした。
そう、ここはフィル様を巻き込んではいけない。私は心の中で首を振ったのだ。
「なんでもありません。今までいろいろとありがとうございました」
私はフィル様に頭を下げた。
「えっ、ちょっと待って。俺は君を諦めたわけではないからね」
「すいません。何を仰っていらっしゃるか良く判らないのですが」
諦めたわけないって何をだ?
「殿下。そう言うことは王妃様を納得させてから言ってもらえますか」
「本当に最低ですよ」
ドーソンやメリーがなにか言っているけれど・・・・。
まあ、私がフィル様を見るのが最後になるかもしれないから、一応お礼を言っておいただけなのだ。
「俺は必ず、母を納得させてくるから」
殿下はそう言って慌てて出て行かれた。
殿下のきれいな金髪を靡かせて・・・・。
私は教室もグルッと見た。
3ヶ月弱ここで授業を受けたのだ。
もう見納めかもしれない。
部屋に帰るとエルダとイングリッドに置き手紙を残した。
彼女らが帰ってくるのは3日後だ。
でも、私がもし授業に出なかったら誰かが見てくれるだろう。
私は脅迫状も同じように置いておいた。
そして、私は部屋に鍵をかけると馬車ターミナルに向かった。
本来なら、ガーブリエル様に相談するのが筋かもしれないし、最善の策かもしれないけれど、敵はどこから見ているか判らなかった。何しろ女子寮の中にも平気で入れるくらいなのだから。
母の命はなんにも増して大切だった。
私はスクール馬車で待ち合わせの所まで行こうとした。
「やあ、お嬢ちゃん。今日はどうしたんだい?」
顔見知りになった御者さんが私を見て聞いてきたくれた。
「田舎から母が出てくるの。それを迎えに行くのよ」
私は御者さんに嘘をついた。でも、私がいなくなったと知れば皆調べるだろう。その時にこう言っておけば、母のことも調べくれるだろう。
「そうか。良かったね。お母さんと会うのは久しぶりだろう」
御者さんが言ってくれた。
「まあねこの前の球技大会を見に来てくれたんだけど、その時色々話す暇もなくて」
「そうなんだ。お母さんは王都内のホテルにでも泊まられるのかい」
「多分そう」
「多分そうって、外泊届は出してきたんだろう。書くところがあったはずだけど」
えっ、そうなんだ。知らなかった。
「今日は遅くに帰るから大丈夫よ」
「そうなのかい。せっかく会えるのに」
「母も忙しい人だから」
「残念だな。最終は20時だからね。遅れないようにするんだよ」
御者さんは親切に言ってくれた。
「着いたよ。お嬢ちゃん。馬車はもう着いているんじゃないかな?」
親切にも御者さんが言ってくれた。
母は実際はその馬車には乗っていないのだが。
「ありがとう。探してみるわ」
私は御者さんにお礼を言って馬車を降りた。
ゆっくりとターミナルを歩く。
母を連れて相手はこんなところに来るだろうか?
おそらく母を何処かに監禁して、私だけを連れ去ろうとするはずだった。
ここに連れてきてくれればまだやりようはあるが・・・・。
私は周りを見回した。
私と一緒に降りた、上級生が私の後ろに来た。
「右手の馬車に何も言わすに乗れ」
そして、囁いたのだ。
右手の馬車の扉が開いた。
私は後ろの男に押し込められるように中に乗せられたのだ。
中にはにこやかに笑うベントソン商会会長がいた。
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