109 憑依スライム・アリス&カナタ31
薄青い髪に生気の抜けた白い肌。
棺桶を覗いた時の記憶を思い出して、いまはない首を振ってそのイメージを捨てた。
その記憶は思い出したくない。
それにこの少女はまだ生きている。
わずかに上下する胸と、糸のように細い息の音がその証拠だ。
「さあ」
その声に促されて網からベッドに降ろされた。
スライムがベッドに乗ったことで姫様の世話をしているのだろう侍女さんたちが声を上げたが、神官たちがそれを押しとどめた。
僕たちは姫様というその少女に近づいていく。
「さてカナタよ、わかるか?」
「ちょっと待って」
魔眼・解析をオン。
回復魔法と呪術、そして神聖魔法が反応して情報が明示される。
《呪病:石腐呪》
と、出た。
「石腐呪ってなに?」
「石化と腐食の呪いということだ。さて……事態は深刻だな」
「そうなの?」
「うむ。呪いは足から発している。そして徐々に上へ」
「上……」
少女の体のほとんどは立派な布団に覆われていて見えない。
「ねぇ……石化と腐食って」
それに事態は深刻って。
「ふん。小さなトラブルに追われるあまり、全体の能力を高めることを忘れたか。まぁ、それもまた……」
アリスが小さく呟く。
「この娘の命はいま呪病によって支えられている」
「え?」
「奇妙に聞こえるかもしれないが、呪病はこの娘を壊しながら、呪病としての役目を全うするために娘の命を繋げている」
「呪病の役目って」
わかっていることのような気がしたが、あえて聞いた。
「それはもちろん、足の先から頭の先まで石にして腐らせてボロボロの粉々にしてやることだな」
僕はゾッとした。
つまりその瞬間がやってくるまで、呪いはこの子を生かすということなのだろうか。
心臓が石になろうが脳が腐り落ちようが……それ以外の全ての内臓や肉がなくなろうが、呪いが頭の先に辿り着くその日までこの子は生きていないといけないのだ。
「ひどい」
「うん、ひどいな」
アリスも同調した。
「だが、今回は遥に手柄を譲らねばならん」
「それなら、どうするの?」
「治し方を見つけろ、そしてそれをお前が遥に伝えるのだ」
「僕が?」
「そうだ」
「…………わかった」
アリスがすればいいじゃないかという言葉が浮かばなかったわけじゃない。
だけど、アリスは基本的に矢面に立とうとはしない。
だから僕がやらないといけない。
アリスに任せるということは、僕自身が無理だと思ったということだ。
そしてたぶんだけど、僕がそう決めたからといってアリスがこの子を助けることはないのではないかと思った。
助けないのか、助けたくてもできないのか、それはよくわからない。
だけどアリスはアリスの中のルールに従っている。
僕にできるのは、彼女が自分のルールを汚さないようにすることだけだ。
いまここで感じた正義感は僕のものなんだから、僕がなんとかしないといけない。
きっとアリスは、そのために必要なものは用意してくれているはずだから。
改めて魔眼・解析を使う。
《呪病:石腐呪》
とさっきと同じ文字が現れた。
解決方法を心に念じながらさらに魔眼・解析を使う。
《呪病:石腐呪》
の文字は変わらない。
違う。こうじょうない。
癒す方法だ。
この子の呪いを解き、ボロボロになった体を戻す方法を探しているんだ。
《…………………………………………不可能》
まるで躊躇うようにその文字が現れた。
それは、僕では無理ということだろうか?
違う。
そうじゃない。
僕が解決するんじゃない。
アリスは言っていた。
遥さんに治し方を伝えろと。
手柄を遥さんに譲れと。
アリスはきっと答えを知っている。
僕に不可能なことをしろと言うはずがない。
だけど、遥さんは神聖魔法で僕より上だろうけど、回復魔法は得意ではないと言っていた。
そんな彼女にどうやって治し方を?
いや、違う。
魔法応用と魔法陣学のスキルが答えを導き出す。
僕と遥さんで協力して魔法を行う。
合体技?
二人で行えば二人のスキルレベルを加算した結果を導き出せる。
それなら例えば……回復魔法lv10の人が百人揃えば、lv1000の結果が出せるの?
答えはある意味ではイエス。
だけどそれはlv10で使える魔法でlv1000の効果を生むというだけ。
Lv10以上の魔法が使えるわけではない。
だけど、僕の回復魔法では、失われた体を再生するような魔法は使えない。
そこで魔法陣学が活きてくる。
しかし、導き出された結果に僕は怖くなった。
その結果はあまりに残酷ではないだろうか。
彼女に待ち受けているのは漫画の主人公のような未来ではないだろうか。
手塚治虫の漫画にそんな主人公がいたはずだ。
だけど、それ以外に思いつく方法がない。
回復魔法をもっとレベルアップをと思ったけど、欠損した部分を取り戻すための魔法だと最低でもlv50は必要だとスキルが訴えている。
残念だけどいまの貯蓄魔力値ではそこまでレベルは上げられない。
それに、少女を助けるのに必要なのは回復魔法だけではない。
アリスが呪術を獲得させた理由もわかる。
彼女の指摘に無駄はない。
つまり、いまの僕たちにできる最善の策はそれしかない。
僕なら、あるいはすぐにレベルを上げる方法がある。
近くにダンジョンでもあれば、あるいは……。
そう思っていたのだけど……。
「姫様!」
侍女の悲鳴が響く。
見れば、彼女の見えている肌の部分……首の近くの鎖骨の辺りが、明らかに肌その者とは違う白さに変わり、そして……ヒビが走った。
「くそ、だめか!」
バザール司祭が叫び、神官たちに命じて僕たちを鉄の網に入れた。
それから神官たちが回復魔法を使っている。
見た感じ、みんな僕よりレベルが低そうだ。
「カナタ、時間はないぞ」
僕の考えていることなどわかっているとばかりに、アリスは言う。
「思いついていることをやるだけだ。救われたと思うかどうかなど、当人にしかわからないのだからな」
「……わかった」
なんだか、今日は素直に頷きたくないなと思った。
けど、アリスだって現状を考えた上で出した答えなんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。