69 GW騒動記19


 その瞬間の僕の行動はどう理由を付けていいのかわからない。

 だけどなにか、勘のようなものが働いて遠視の一つをそこに向かわせた。

 扇谷の奥。

 山に囲まれた扇状の土地の頂点に位置する山。

 神扇温泉の源泉が存在する山だと知ったのはこの後のこと。


 そこで僕はあの岩を見つけた。

 夢の中で見つけたあの岩だ。

 夢のように黒いモノをその下から吐き出させてはいなかったし、無数の骨も転がってはいなかったけれど、あの岩だってことはわかった。

 夢と同じなのは岩と……そして、女の子。

 巫女姿の女の子は夢と同じように岩の上にいた。

 硬い岩の上に正座して、虚ろな目を前に向けている。

 岩が震えているのに気にした様子もない。


 やがて、その岩が破裂した。

 雷が落ちたような音が響いたのではないかと思う。

 そこにあるのは視覚だけなので、他のことは想像でしかない。

 あの女の子はどうなったのだろう?

 わからないまま、心配する余裕もないまま、それが出現する様子を見てしまう。

 岩の下にあったのは古井戸のような穴。

 その穴の中から溢れ出てくるのは夢で見たようなコールタールのような黒い粘液。


 黒い粘液がある程度の量、穴から溢れ出ると、それは一つの姿を取る。

 それは四つん這いになった人のような、だけど人ではないなにか。

 奇怪な原色の仮面を顔に貼り付けた巨獣。


 見るだけでわかる。

 これが元凶だ。


 それが、僕たちのいる旅館にやって来ようとしている。



††???††


「おいおい、あいつらついに引っ張り出しちまったぞ」

「大丈夫なのか?」

「ふん。この国の霊的防衛力が高いのはすでに分かっていたことだ」

「だが……」

「だが?」

「……いや」

「どう足掻いたところでしょせんは島国の呪術だ。我らの前では小細工に過ぎない。我が国の仙術の粋を集めた人造神獣の前ではな」

「そうだな。ふふ……」

「そうだよね」

「そうとも」



†††††


 巨猿のような化け物はまっすぐにこちらに向かっている。

 僕は遠視に使っている五つをそれに集中させて魔力喰いを発動させる。

 その大きな体から黒い靄が溢れ出す。

 巨猿がびくりと体を震わせて一度だけこちらを見上げたけれど、すぐに旅館への侵攻を再開した。


「くそっ! 来たぞ!」


 大人たちがざわめき出す。


「若い連中は結界の維持に協力しなさい。年寄どもは迎撃。ビビるな」

「なんでお前が指図するんだ!」


 紅色さんに誰かが異議を叫ぶ。

 たしか、蓮たちの師匠だったような?

 そっか、蓮が一色に絡むのは師匠譲りなのかもしれない。


「私が一番戦えるからだけど?」

「ぐっ?」

「議論なら後でもできる。ほら、さっさと動け」

「くう……覚えてろよ」

「知らないよ。それよりかな君、昨日のあれはできる?」

「あ、はい」


 大人たちに祝福をかける。


「お、おお?」

「なんだこれ?」

「すごい。力が溢れるぞ」

「よし、この状態で負けてたら大人の面目丸つぶれだぞ」

「はっ! 言ってくれる!」

「見せてやろうじゃないか!」


 紅色さんに発破をかけられて大人たちが迎撃に出る。

 それからすぐにあの化け物が旅館に接近した。


 紅色さんが武霊傀儡や双白虎を生み出し、他の人達もそれぞれの得意な戦法でなにかをしているみたいだ。

 残念ながら、僕にはあの人たちが何をしているのかを理解する知識がない。


 ああ、アリスが僕を『まだ三流』と評したのはこういうところもあるからだろうなと思った。

 僕はまだまだなにも知らなすぎる。

 乱戦になると僕の魔力喰いは味方も巻き込むので使えない。


 なにか別の方法で手伝わないと。


 あ、そうだ。


 例の岩の辺りにもう一度遠視を飛ばす。

 あの女の子はどうなったのだろう?

 それに、あの穴はなんなのか?

 遠視に霊視をかけ合わせて周囲を警戒しつつ、一つを穴に近づけた。

 穴は周囲を石積みで覆われていて井戸の雰囲気がある。

 遠視を穴の奥へと向かわせる。

 思った以上の深い穴の底に辿り着くと、そこは広い空間だった。

 暗いのではと思ったけれど、霊視をしているおかげなのか、蛍のような小さな光がいくつかあって、それがうっすらと空間を視界可能な状態にしてくれている。


 こんな地下なのに石造りらしい大きな鳥居がある。

 その鳥居の先に、また大きな岩がある。

 上にあったのが卵を横にしたようなものだったとしたら、これは剣山のように荒々しい。

 その中央に大きな洞があって、そこになにかがある。


 鏡と骨だ。

 教科書で見たことのある銅鏡と小さな頭の骨。どちらも苔むしているけれど、不思議と嫌悪感というか恐怖はなかった。


 もしかしてこれって……あの女の子の骨?



 タスケテ……。



 え?

 なにか、声が頭に響いた。

 遠視越しに?

 女の子の声。

 もしかして、この骨が?

 やっぱりこの骨って……。



 アレヲタオシテ……。



 やっぱり聞こえる。

 アレって、もしかしてあの巨猿?

 大丈夫、あれなら紅色さんたちが倒してくれる。


 チガウ。



 アレヲタオシテモ……。



 ココニ……。



 ここに?

 ここにまだ、なにかが残っている?

 それは……。


 あ、これか。


 剣山のような岩の後ろにそれはあった。

 頑丈そうな壺。

 そこからはまだ、どす黒い粘液が溜まっている。

 この壺の中から、あの巨猿の化け物は産まれた?


 それなら、これをなんとかすれば。


「おっと、そこまでだ瞳術使い」


 暗い穴の中で、その声が反響した。

 遠視だけなのに、僕に声が届いた?

 そのことにゾッとした。

 骨の女の子とは違う。

 生きている人間の声なのに聞こえている。

 どういうことなんだ?


「もしやと思って来てみれば、お前だけは厄介だな」


 誰だ?

 蛍のような光にわずかに照らされているのは長身の男だ。

 暴力的な、近づきたくない雰囲気をさせている。

 なにより、僕の遠視が見えている?

 瞳術使いって言った。

 僕の魔眼に似たものがこちらの世界にもあって、それをこの男は知っている。

 声を届けさせることができているってことは、攻撃する方法も知っているってことなのか?


 いままさにあの穴から降りて来たのか、男の後ろにさらに二人、現れた。


「そいつを潰させるわけにはいかねぇんでな。ここでその目、潰させてもらうぞ」


 うっ。

 なにか、嫌な予感がする。

 だけど、どうやって逃げる?


 スキルを解けばいい?

 だけど、いま解いたらここに戻って来れなくなる気がする。


 でも、逃げなかったら……この男たちにはいまの僕になにか攻撃する手段を持っている雰囲気がある。


 どうすればいい?


「心配する必要などない」


 その声は現実の僕の耳に響いた。


「カナタには我がいる」


 そして次の声は、深い穴の中で響いた。


「誰だ⁉」


 男が動揺の声を上げた。


「我が夫に手を出そうとする愚か者どもを処分する者。……妻だ!」


 淡い光の中で、アリスがドヤった。





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