67 GW騒動記17


 散歩から帰って来ると旅館の中は深刻な雰囲気になっていた。

 受付カウンターの周辺で楢爪さんたち協会の人たちが難しい顔で話し合っている。


「あ、琴夜君」


 僕たちを見つけた楢爪さんが近づいてくる。


「大丈夫? どこか体調に異常はない?」

「どうかしたんですか?」

「他の人達に体調不良が現れててね。それもかなりの数で」

「え?」

「このままだと今夜の活動は無理だという話になりそうで……」


 確かに体調不良で無理を押して……なんてことをしたら命にかかわりそうだ。

 ラインを確認するとまだ一色からの返事が来てない。

 さすがにおかしい。


「あの、紅色さんと一色を見てますか?」

「いいえ」

「あの、様子を見に行きたいんですけど」

「はい。マスターキーはあります」


 楢爪さんの顔色も変わり、僕たちは急いで二人の部屋に向かった。


 部屋に入ると、二人とも布団の中で青い顔で眠っていた。


「一色! 紅色さん!」

「これは、霊障です!」

「霊障?」

「邪霊の気に汚染されているのです。いけない、お二人がこれでは他の人達も」

「あの、これどうすれば……」

「払わなければなりませんが……とにかく、待っていてください」


 楢爪さんは慌てて部屋を出て行ってしまう。


「どうしてこんなことに……」

「慌てるなカナタ」

「でも……」

「だから。慌てずにお前の目で見てみろ」

「目? あ」


 言われて、魔眼・霊視をオンにする。

 すると、二人の体のあちこちに黒い靄が張り付いているのが見えた。


「これが邪霊の気?」

「そうなのだろうな」


 黒い靄だというのは共通してるのか。

 でも、同じなら……。


 魔眼・魔力喰いを発動させる。

 二人の体に貼り付いていた黒い靄は、しばらく抵抗するように震えていたけれど、やがてずるりと粘着質な雰囲気を発して二人の体から抜け出し、僕の魔眼に吸い込まれていく。


「うっ……」

「くぅ……」


 きれいに吸い終わると、二人ともが苦しそうに声を発した。


「一色? 紅色さん?」

「彼方?」

「うぅ……やられたわね」


 頭が痛そうな様子で二人が身を起こした。


「かな君が助けてくれたんだね。ありがとう」


 僕は、楢爪さんが言っていたことを話す。


「なるほど。外に払いに行った連中に憑依して中に入ってきたか。結界には浄化効果があったはずなんだけど……ああ!」


 僕の言葉だけで他の人達が倒れた原因がわかったらしい紅色さんは頭を抱えた。


「ど、どうしたんです?」

「非常に聞きにくいけど、かな君の張ってくれた結界って、中に戻る際に浄化効果はあるのかな?」

「え?」


 僕はアリスを見た。


「ないな。あれはその時に中にいた術者が認識している生物を守る結界ではあるが、出入りした際に付着した物まではどうにもできん」


 アリスが代わりに答えてくれる。


「たぶんそれだね。いや、元の結界をちゃんと修復しなかった協会の連中の責任なんだけど」


 入られた原因はそれだと、紅色さんは言いにくそうな顔で言った。


「じゃあ、これは僕のせい?」

「違うよ。ここには私を含めて熟練者がたくさんいる。私たちが気付かなかったことを新人の責任にはしない」

「でも……僕ならなんとかできるから、手伝ってきます!」

「あ、かな君!」


 まだ体調が万全じゃないんだろう。

 紅色さんは追って来なかったし、一色も何も言わなかった。

 喋る体力がなかったという感じだ。


 それから生活魔法の失せもの探しで楢爪さんを探して紅色さんの言葉を伝え、他の人達の霊障を治すために魔眼・魔力喰いを使った。

 みんなそれで霊障は払えた。


 動ける人たちが食堂に集まって来たのは、もうすぐ陽が落ちるという時間だった。


「どうなるんだ? これ?」


 大人たちが一つのテーブルで疲れた顔を突き合わせている中、僕たちも一つのテーブルに集まっていた。

 一色と僕、それから蓮たち三人に、他のチームの若手たちも近くのテーブルにいる。

 食堂に来た時点で、みんな僕にお礼を言ってくれて自己紹介もしたので、みんなの名前もわかっている。


「さすがに今日は外に出れないぜ」

「今夜は結界の再構築だろ?」

「でも、今夜休んだらたぶん回復されちゃうぜ? GW中に終わらす気だったんだろ?」

「無理なもんは無理だろ」

「でもさ……」


 そんな風にやりとりしている。


「ねぇ……」

「カナタ」


 隣でホワイドデニッシュショコラを食べていたアリスに声をかける。

 それだけで、呆れた目で見られた。


「まだ何も言っていないよ」

「だが、余計なことを考えているだろう」

「余計……かなぁ?」

「紅色も言っていたがお前が責任を感じる必要はない。初心者の失敗を見抜けないのは同じチームの熟練者の失敗だ」

「そうかもだけど。でも、同じチームなら、いまの問題をどうするかを考えるのは、別におかしなことではないでしょ?」

「む……」


 みんなの霊障をどうにかしようと思ったのは、もちろん自分の結界がこの場に適していなかったっていう問題があったから、その責任感で突っ走ったっていうのはもちろんある。

 いま考えているのも、アリスが心配するようなその責任感がないかというの……それはもちろんあると思う。

 でも……。


「昼に考えたやり方を試せるし、それに……」

「それに?」

「成功したら、すごく美味しいよ?」


 貯蓄魔力値が。

 最後の部分を小声にして伝えるとアリスはちょっとだけ驚いて、そしてにやりと笑った。


「カナタもなかなか悪い奴だな」

「でも、ちゃんとみんなが幸せになれるでしょ」

「ふん。だがまぁ、失敗しても問題はなさそうだ。提案してみればいい」

「うん」


 アリスに背中を押されて、僕は大人たちのテーブルに向かった。




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