63 GW騒動記13
紅色さんの戦いだけを見ているわけにもいかない。
巨顔との戦いが契機になったのか、周囲の空気が変わった。
黒い靄に塗れた夜の空気がざわめき、あちこちから手や足が生え、目が瞬く。不気味な黒い人型が姿を現し、こちらに近づいてくる。
それを一色から飛び出した武霊傀儡の太刀が薙ぐ。
「彼方、守るから!」
「あ、うん!」
やる気に満ちた一色の声に押されて我に返る。
ちょっと戦いの雰囲気にのまれていたかも。
「ええと、このままだとなにも見えなくなるから」
慌てて魔眼・魔力喰いを発動させたりしないように自制し、さっき考えた段取りで行う。
魔眼・遠視を発動させて少し上から自分を見下ろすようにして……うん、視界が二つになる。魔法応用と総合制御のおかげで視界が二つになっても混乱しない。
そして遠視の方の視界で魔眼・魔力喰いを発動……成功した。
一色の武霊傀儡を巻き込まないようにして周囲の黒い靄を吸い込んでいく。
「彼方! これは?」
「大丈夫。ちょっとやり方を変えたんだ」
一見すれば黒い靄が空に吸い込まれていっているような光景に一色が驚いている。
こちらに向かって来ていた人型の動きは鈍るけど、消し去るには黒い靄の量が多いのか、魔力喰いのレベルが足りなくて吸い込み速度がまだ足りないのか……ともかくこのままだと接近される。
一色の武霊傀儡は頑張ってくれているけど、数が数だから倒しきれていない。何体かが僕に迫って来る。
でも、今回はこっちの目が見えている。
山の時に使った神聖魔法の攻撃、聖光弾を使う。
放たれた強い光がまとめて消し去る。
一発で個人魔力が10消費している。とりあえず百発は撃てるってことだよね。
とはいえ個人魔力の全部を聖光弾で使う前提でいるわけにはいかない。
なにかあった時は三人まとめて神聖魔法・聖砦で守って朝を待つつもりでいるなら半分は残しておきたい。
「彼方!」
「そこまで数は撃てないからよろしくね」
「任せろ!」
一色のやる気が凄い。
それに呼応するかのように武霊傀儡もなにかパワーアップしたような?
源平武者みたいな鎧のあちこちの装飾が派手になって太刀の刃に光がまとわれたような?
いや、これはようなじゃなくて、確実にそうなってる。
一色のやる気、あるいは霊力的なものがより強く注がれることで武霊傀儡は強くなるのかもしれない。
強くなる。
そうだ。神聖魔法には補助的な魔法もある。
使っていこう。
「ええと……神聖魔法・祝福」
消費魔力がわからないので最初の方で覚える者から使っていく。
一色と武霊傀儡、どっちに使うべきかわからなかったので、まずは一色。消費魔力が5と少なかったので武霊傀儡にも使う。
「お、おお!」
なにか一色が嬉しそうな声を上げた。
「力が満ちる? これは彼方だな? 彼方の愛だな!」
いや、違うけど。
「彼方の愛が私を強くした!」
「いや、違うけど!」
ただの補助魔法だよ。
「なにそれ私も欲しい!」
紅色さん、こっちを見てる余裕があるんだね。
「かな君! 私も! 私も!」
「ああもう……」
そういうわけで紅色さんに祝福をかける。
「本当だ! かな君の愛を感じる!」
だから違うって。
時間差で紅色さんの武霊傀儡三体にも祝福を飛ばす。
動きがよくなった。
その後で、試しに一色の武霊傀儡にももう一度。
「うん」
それぞれの戦いを見てて、わかったことがある。
祝福を普通に重ね掛けしても、能力上昇の効果は一度目だけ。
術者と武霊傀儡の両方に効果を示す。しかも武霊傀儡の能力は術者の能力に比例している部分があるらしく、術者にかけるだけで武霊傀儡は強くなる。
そこから武霊傀儡に祝福をかけたら、その上で効果を発揮する。
つまり、こういう形なら重ね掛けも可能。
うん、面白いことがわかった。
とはいえ、この経験が他で活かせられるのかはわからないけれど。
ともあれ、一色の武霊傀儡の動きがよくなったこともあって、僕たち周辺の安全は確保できた。
遠視の位置を高くして、俯瞰的な視界をもっと広くする。
こうすれば、もっと広い範囲から黒い靄を吸い取ることができないかと思ったんだけど……。
成功。
視界はずっとまっ黒だけれど、ステータスに表示される貯蓄魔力値の増え方がさらに早くなったから、うまくいったんだとわかった。
すでに昼に旅館で吸い取った数値を越えている。
このままいけば一晩でどれだけ貯まることになるのだろう?
ちょっと、楽しみだ。
そんなことを考える余裕さえもあった。
そして、その余裕が形になる。
「よし、橋を渡るよ」
紅色さんが門の前にいた付喪神みたいな化け物たちを駆逐することに成功した。
黒い靄はまだあるし、新たな形を作ろうしているけれど、紅色さんの武霊傀儡たちの殲滅速度の方が上回っている。
僕たちは橋を渡り、旅館の前まで辿り着いた。
「そういえば」
と、僕は二人に質問する。
「こいつらって名前はあるんですか?」
いつまでも黒い靄とか化け物だけだとなんとなく呼びづらい。
「ああ……」
「当たり前すぎて説明するのを忘れてた」
二人してそんなことを言う。
「魍魎だよ」
なるほど。
旅館の玄関。紅色さんの結界が張られていない穴からは濃密な黒い靄が発生している。
「かな君、あれを食べれるかい?」
「やってみます」
指示に従い、僕は遠視を近づけてその濃密な黒に焦点を当てた。
オオオオオオ!
その途端、凄まじい雄叫びが扇谷の地を駆け巡った。
「どこから?」
山からのこだまがすごくてどこから聞こえたのかわからない。
タイミング的に旅館からだとしてもおかしくないけれど、なにか変化が起きたということもない。
「効いてるってことだよ。かな君、どんどんやって」
「わかりました」
「一色、周囲の警戒を強めなさい。来るぞ」
「わかってる!」
紅色の言う通り、しばらくすると旅館の外側、川の向こう側から黒い靄が流れ込んできて、僕たちに近づくと魍魎の形を取って襲いかかって来た。
戦いが激しくなる中、紅色さんは「双白虎」と呟いて、前にも見た。双子の白い虎も呼んだ。
一色は武霊傀儡の数は増えなかったけれど、その姿がちょっとずつ変化していく。ソシャゲでキャラクターのランクが上がるごとに装備が豪華になるかのような、そんな変化をしていく。
それは祝福の効果時間が切れるタイミングで、追加で放つ度に起きている。
「ふふふ、彼方の愛を感じる。感じるよ!」
一色がそんな妄言を吐いているけれど、僕は知らない。
祝福の効果は上がっていないはずなんだけど。なにがどうなっているのやら。
途中でスタミナ切れにならなければいいけどって思ったけれど、その心配は杞憂で終わった。
騒々しい夜は体感的には早く過ぎていった。
その頃には旅館の中に詰まっていた黒い靄は薄まっていき、陽が差し始めた頃にはもうなにもなくなっていた。
その時……。
キャアアアアアアアアアア!
甲高い悲鳴が辺りに響いた。
そしてそれ以後、どれだけ待っても旅館の中が黒い靄に埋もれることなかった。
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