51 GW騒動記01
それからしばらく、異世界に行くこともなくまじめに現代の生活を満喫した。
学校にもバイトにも馴染み、空間魔法に溜め込んでいたヤマザキパンは朝ご飯として順調に消化されて残りも少なくなった。
異世界にも行かず、学校とバイトと部屋を行き来する生活を繰り返す。
ときどき、アリスと一緒に夜に周辺を散歩したりした。
目的があったわけではなくて本当にぶらぶらと歩くだけ。
それでも普通に生活しているだけなら行かなそうな場所を見たりするのは楽しかった。
「もう少し遠くも見てみたいな」
「そうだね、旅行とか行ってみたいね」
とっくに就業時間を迎えたフェリー乗り場の側にある小さなベンチに座ってそんなことを話す。
「温泉とか行ってみたい」
「温泉? なぜわざわざ風呂に入りに遠くに行く? それよりも遊園地だろう。ディズニーやらUSJやら」
「ええ、なんでわざわざ疲れに行くのさ」
「若くないことを言うな。もうすぐ長い休みがあるんだろう?」
「ああ、GWね」
「クラスの連中は旅行だとかなんとか話していたぞ」
「そうだねぇ」
家族旅行だね。
うちも小さいときは行ってたかな。
でも小学校高学年くらいから行かなくなった気がする。
父親が仕事が忙しくなったとかなんとか言っていた。
本当かどうかはわからない。
だけどその頃から母に対して壁を作り始めていたような気がする。
気がする気がする気がする。
子供の目線から見た親たちのわずかな変化なんて、そんな風にしかわからない。
いや。
そんな風にしかわからない程度の不幸だったのだから、あるいは僕は幸せだったのかもしれない。
世の中にはもっと不幸な人がいる。
だけど、地獄の釜の底を見つめてもっと深いところに誰かいるぞと喜ぶその精神状態がすでにして不幸だ。
「我といればどんなところでも天国だろうが、それでもたまには景色を変えてみるべきだな」
「…………」
「なんだ?」
「アリスがいるだけで幸せだね」
「むっ、そんな言葉では誤魔化されんぞ。まだ金はあるだろう。ほら、旅行の予約を入れるのだ」
「いまからだと良い部屋なんてないよ」
「そんなのはやってみないとわからないだろう。ほら、まずはディズニーだ。あの自信満々なネズミの王国へ連れて行くのだ」
「うええ……」
アリスの勢いに負けてスマホでホテルを調べたりする。
ぜんぜん予約は取れませんでした。
というか移動のための新幹線も予約取れなかった。
ぎゅうぎゅう詰めの自由席は嫌だよと抵抗したらアリスは怒ってしまった。
「どこだ⁉ どこであろうと我ならばひとっ飛びできるぞ!」
「目立つことは止めようよ」
「目立たなければよいのだろう。任せろ!」
「普通に行きたいってことだよ」
アリスには生きづらいかもだけどこちらの世界に合わせた交通手段を使いたいし、アリスにも使えるようになってもらいたい。
「むううう!」
そうしているとアリスがぷっくりと頬を膨らませたかと思うと黙り込んでしまった。
「アリス?」
「…………」
「おおい?」
「…………」
「どうしたの?」
「…………」
これは本気で怒っているみたいだ。
どうしたものかわからないまま、その日は大人しく部屋に戻ることにした。
結局、アリスの機嫌は直らなかった。
朝、いつものホワイドデニッシュショコラを二つほど置いておいたけどだめだった。
だめ押しでダダ甘なココアも付けたというのにだ。
ううん、これはどうしたらいいんだろう?
甘いもの尽くしでも機嫌が直らないとなるとどうしらいいのかわからない。
なんだか気まずい気分のまま学校に行くことになった。
「おっ! もしかして夫婦喧嘩かふげごっ!」
なんだか妙にテンション高くそう言った掛井君が吹っ飛んでいった。
掛井君。どうして地雷を踏んだ?
さすがに警察沙汰レベルのナックルは放たれなかったけれど、女子からの「最低~」という追加口撃の方が効いているようで本気でへこんでいた。
「生きててごめんなさい」
「ええと、いや……うん、まぁ、こっちこそごめん」
そんな口は禍の元を体現した掛井君が教訓となり、男子も女子もアリスには近寄らない。何人かが興味本位で僕に喧嘩の理由を聞きに来たけれど、曖昧にごかますしかなかった。
そして昼休憩。
怒っていてもアリスが僕と別行動するということはなかった。
むっつりと僕の後ろに付いて来る。
ただ、いつものように会話できないから気まずい。
購買でいつものようにパンを買い、いつものベンチで食べる。
「ちょっといい?」
もそもそと気まずい昼食を過ごしていると、一色(ひいろ)がやってきた。
「一色? どうしたの?」
「いや、どうしたのって……」
ちらりと隣のアリスに視線をやる。
彼女も聞きたいようだけれど、ため息一つで止めたみたいだ。
「母さんが仕事の誘い。泊まり込みの仕事になるんだけど」
「泊まり込み?」
「GWって予定があったりする?」
「うっ……」
厳しい質問。
「ない!」
答えに迷っているとアリスが言った。
「ない! まったくない! 甲斐性なしのせいでまったくない!」
「アリス……」
「ああ……」
一色はなにかを察したかのように俺を見た。
そしてまたため息?
いや、ちょっと俯いた。
なんだろ?
わからないけど、顔を上げた時にはいつもの一色だった。
「それなら、今回の仕事はちょうどいいかもしれないわね。旅行代わりにもなるんじゃない」
一色は明るくそう言った。
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