52 GW騒動記02


 GW一日目。

 バイトの予定を全部キャンセルにすることを店長に告げる時が一番しんどかった。

 とにかく平謝りに謝った。

 そんな苦労の末に一色たち母娘と合流して駅までタクシーで向かい、そこで渡された切符を持って新幹線に乗り込む。

 この時期ののぞみのグリーン席を四つ並びで確保できているって凄いことではないのだろうか。


「ところで、これからなにするんですか?」


 切符にあった駅名を見る。

 こんな遠くまで行く仕事があるということは、退魔師協会っていうのはそんなに人がいないのだろうか。


「うん、ちょっと規模の大きい仕事をね」


 通路を挟んで隣にいる紅色さんが答える。

 一色は窓側でアイマスクをして寝ている。

 僕の隣にはアリス。窓に顔を向けているのでどんな表情をしているのかわからない。


「規模の大きい?」

「そうそう。それこそ猫の手も借りたいぐらいの大仕事をね。そういうわけでいろんなところから人を集めようとスケジュールを調整していたらなぜかGWになったっていうわけ」


 乾いた笑いを浮かべる紅色さんの手にはビールの缶がある。

 すでに三本目。

 ペースが速い。


「まぁでも、やることはこの前と同じ。掃除だから」

「掃除って……」


 あの黒いのを消すことが掃除?

 だとしたら僕は掃除機か。


 ……まぁ、確かにそれっぽい感じではあるけれど。


「ちょっとうるさいだろうけど。かな君たちはあまり気にせずに仕事に集中してくれたらいいよ」

「はぁ」

「大仕事だからギャラも高いしね!」


 カラカラと笑う紅色さんは四本目を開けた。


 目的の駅に到着し、そこからさらにタクシーで運ばれる。

 辿り着いたのは山の中。

 建ち並ぶのは、いまにも山に呑まれそうな旅館群。

 静かな川の流れだけが、癒しをくれる。


「ここは?」

「神扇温泉って知らない?」


 僕は黙って首を振った。


「まぁね。賑わってたのって私が子供の頃だからね。仕方ないね」


 あ、ちょっとショックを受けている。


「この辺りが扇谷って土地なんだけど、そこから温泉が出ててね。それで観光地として興して、温泉がよく効いたものだから当時はすごく人気だったんだよね」


 その温泉の効能はどんな病気も癒すとさえ言われた。

 そのために神扇温泉と呼ばれるようになった。


「そんなわけだから全国から人が押し寄せる。人を迎えるために宿をたくさん作る。お湯をたくさん引く。……そんなことを繰り返していたある日、温泉はピタリと止まる」


 そうなったらもうおしまい。

 唯一の観光資源である治癒の湯が失われてしまえば、もうだれも見向きもしない。

 神扇温泉はあっという間に誰も訪れない土地となってしまった。


 タクシーが止まったのはその神扇温泉の入り口近い場所にある旅館。

 一番山からの侵蝕の影響を受けてなさそう。

 というよりも、庭は放置されているけど、旅館そのものは誰かが管理していたのか、足を踏み入れても埃臭かったりはしなかった。


「そんなところになんの用なんですか?」

「この温泉地をね、復活させたいんだってさ」


 旅館の広いロビーにはそこかしこに人がいた。

 三人から五人ぐらいの小集団が、ぞれぞれに荷物を寄せて島を作っている。


 一瞬、旅館に入って来た僕たちに視線が集まった。


「気にしなくていいよう」


 ちょっと身構えた僕にそう声をかけつつ紅色さんは受付カウンターに向かっていく。

 だけど、無視するっていうのは難しい。

 視線の中の、僕たちと同じぐらいの年齢っぽい男女からの視線がことさら厳しい気がした。


「一色、わかる?」


 隣に残った一色に聞いてみる。


「ああ、あいつらは附属校の連中」

「附属校?」

「高天神大学附属高校。退魔師を養成する学校」

「え? そんなのあるの?」

「あるのよ」


 学校があるぐらいに退魔師っているのか。

 驚きだ。


「よう、境衣一色」


 話している間に近づいて来てる集団がいるなと思ったら、話しかけて来た。

 三人の僕らと同い年ぐらいの男女だ。

 その中で話しかけて来ているのは気の強そうな顔の男子だ。


「お前、なんでうちに入学しなかったんだよ」

「…………」

「おい」

「…………」

「無視すんなよ!」

「ていうか、あんた誰?」

「はっ⁉」

「初対面の癖に気安く話しかけるの止めて欲しい」


 一色に言われて、男子は顔を真っ赤にした。付いて来ていた男女も「うわぁ」という顔でその男子と一色を見ている。


「二年前! ●×マンション! 忘れたとは言わせねぇぞ!」

「ごめん。覚えてない」


 どきっぱりと言われて、男子は再び撃沈する。


「え? 本気で覚えてないわけ?」

「私、仕事のことってあんまり覚えないようにしてるのよね」

「なんで?」

「母さんからも顧客のプライバシーなんて覚えてるだけ無駄って。だからじゃあ仕事そのものも覚えてなくていいやって」

「思い切りすごいね」

「反省点だけ覚えてればいいかなって。で、あんた誰なの?」

「ぐう」


 なんだかかわいそうになって来た。

 ああなる前の一色は僕に対してはフレンドリーだったし、クラスメートには凛々しいと人気だったのだけれど、親しくない人にはとことん冷たかったりする。


「ごめんね、一色ってちょっと人見知りなところがあるから」

「人見知りでそうなるってなんだよ!」

「とりあえず自己紹介する? 僕は……」

「お前の名前なんて興味ねぇよ。野良野郎!」


 言葉を止められたうえ、そんな風に吐き捨てられてしまった。


「はっ? なにそれ?」


 僕じゃなくて一色が怒った。

 いや、怒ったのは彼女だけじゃなくて……。

 ゾワッと、背後で寒気がした。

 振り返ると、こっちから背を向けているアリスがいる。

 こっちを見ていない。

 でも、スゴクゴキゲンワルイデスネ?


「他人にいきなり話しかけて来る無礼野郎の癖になに生意気言ってるんだ?」

「なっ、なっ、なんだよ……」


 ぶちギレ一色(+アリス)の迫力にやられるいまだに名前も知らない男子。

 左右のお友達ももう言葉もない。


「みなさまお待たせしました!」


 どうやって止めようかと頭を悩ませていると、ロビー全体に女性の声が響いた。




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