36 憑依スライム・アリス&カナタ07


 ドラゴンの背から懐古の森を見下ろす。

 見渡す限りの木々。ときどき池や湖があるのだけど、それもかなりの広さがある。


「……なんか、大きな亀がみえたんだけど?」


 湖の中で緑色の小島が動いていると思ったら、水面が透けて手足が見えた。


「島亀だな」


“あいつらが多いと水が汚れる。スライム殿、あそこに寄っていくか?”


 あれ、いつのまにか『殿』呼びされてる?


「いや、今回は社会見学だ。予定通り森の外まで運んでくれ」


“ふむ。あんなところに行っても楽しいことなどあるまいが”


「なにが楽しいかはそれぞれよ」


“まぁ、そういうものなのだろう”


 ドラゴンは興味なさげに口からぷかりと煙を吐いた。


 空の旅はあっという間に終わった。


“さて、そろそろ森の外だ。俺は外には出ないぞ。出るとうるさいのだ”


「わかった。ではここでな。感謝する」


“こちらこそ、気が向いたらまた頼む”


「ああ!」


 ぴょこぼん!


「へ?」


 アリスがドラゴンと話していたと思ったら、いきなり僕に体当たりした。

 いや、別にそれはいたくもなんともないんだけど……。

 体当たりされたから僕は跳ね飛ばされて、下が空になった。


「え?」

「ではな!」


 アリスも追いかけて来る。

 我に返った時には引力に掴まれて落下が始まっていた。


“また会おう!”


 ドラゴンは笑って旋回し、帰っていく。

 僕は悲鳴を上げる暇もなく気絶した。


 ドボボン!

 ピョコターン!

 ズボン!

 ピョコッターン!

 タンタン……タン…………。


「はっ!」


 気が付いたら地面にいた。


「わはは! やはり高所から落ちるのは刺激的だな」


 隣ではアリススライムが笑っている。


「生きてる?」


 空と地面を見比べながら呟いてしまう。


「あたりまえだぞ? 何度も言っているがスライムはそう簡単に死なん。空の果てだろうが極寒だろうが極熱だろうが真空だろうが高衝撃だろうが死なん」

「……なんだかどこぞのクマムシを思い出す謳い文句だね」

「だから安心して落ちれるぞ」

「うん、でもいきなりは止めてね」


 聞いてくれるかな?

 聞いてくれなかったら本気で甘味断ちの刑を実行しよう。そうしよう。


「さて、森の外はこっちだぞ」


 僕の視線に気付いたのかアリスが話を変えるように動き出す。


「うん?」

「どうしたの?」


 藪を突き抜けたアリスが変な声を出したので、僕もすぐに確認する。

 僕も見て、驚いた。


「自動車?」


 それは僕の世界でよく見る自動車だ。

 国産の乗用車。


「あれ?」


 ナンバープレートに書かれた地名が市内でよく見るそれだ。


「ていうかこれって? え? マジで?」


 遥さんと乗ったあの時の車?

 いや、違うかな?

 暗かったし自動車にあんまり詳しくないからわからないけど、これだったような気がする。

 自動車は傷だらけで落ち葉に埋もれそうになっている。

 パンクもしているようだから、ここで動かなくなって捨てたのか?

 いや、そうじゃなくって。


「ねぇ、こっちの世界に乗用車ってある?」

「こんなのはないな」

「だよねぇ」


 でも、その言い方だとこういうのではない車はあるんだ。

 馬車?

 いや、この言い方だとそういうのでもないかもしれない。


「これはカナタの世界の物だろうな」


 アリスがあっさりそんなことを言う。

 中を覗いてみるが、目印になりそうなものはない。

 でも、内装が記憶に引っかかるような気もする。


「ならこれって、遥さんと乗ってたあの車……なのかな?」


 だとしたら遥さんはここにいる?


「……スキルって、こっちでも使えるって言ってたよね?」

「ああ」


 それならと、前に教えてもらった通り生活魔法の失せもの探しと遠視を合わせて使ってみる。


「あ」


 反応があった。

 頭の中に浮かぶ映像に遥さんの姿がある。

 あの時とは違う恰好だ。

 ひらひらとしたローブっぽい格好。

 表情は暗くない。

 これって、リアルタイムの映像?


「いた」

「お、見つけたのか?」

「うん、場所はわからないけど」


 まったく知らない場所の映像が映ってるから何の判別もできない。


「あ、待って」


 いま、窓が見えた。ガラスの張られた立派な窓。その向こうに見えるのは青い塔?


「それほど立派な窓なら貴族か富豪の家だろうな。それに青い塔か」

「わかる?」

「心当たりはあるな。行ってみるか?」

「うん」


 行ってみよう。




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